寒い話(第2話)その3 | eba-igoyaraのブログ

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趣味の多さに目眩がする・・・

前回の薪に字が出てきた事件の前後どちらか分かりません。
近所の奥さんから「おへぎ」(餅を薄く切って煎餅のようにしたもの)を貰ったので、母は居間の1室に広げて陰干しにしていました。夜になって、陰干ししたおへぎを良く乾くように1枚1枚裏返しておりました。8畳ほどの居間全体に広がっているので、こちらの隅からあちらの隅へと移動しながらの作業です。
すると、先ほど居た隅のあたりで「ド~ンっ」という地響きがしたそうです。変だなと思ったけれど気のせいかと、さらに向こうの隅まで裏返す作業を続けていたら、また、こんどは先ほどまでいた隅で「どんっ」と同様な音がしました。
「??」と疑心暗鬼であたりを見回しても何もありません。さらに「どんっ」と3度目の音が3つ目の角で起きたとき、母は4隅で音がしたら自分がこの部屋に閉じこめられてしまうように思い、あわてて部屋を飛び出し、私たち子供の居る部屋まで逃げ帰ってきました。
話はこれだけです。
これは私も知らなかったので、この話を聞いた時にどういう現象だったのか、母に確かめたところ、まるで重いものをそこに落としたような音と共に地響きのような振動が身体に伝わったそうです。

この話も理由を探そうとすれば何でも考えられます。2階があるのでそこで何かを落とした音かも知れません。
ただし、この2階というのが問題です。

母が住んでいた家はかなり大きい旧家で、旧館と新館に別れており、旧館には姑さんたちが住んで、新館に母(と子供たち)が住んでいました。この新館の2階は母が嫁ぐ前(昭和以前)から物置というのか、いわゆる開かずの間のようになっていて、階段の登り口に扉が付けられ、ふだんはカギがかかっていたそうです。母も嫁いでから2階に行ったことはほとんど無いと言ってました。
(実際、私はここにある扉を壁のように思っていました)、しかし誰でもカギを開けて上がろうとすれば行けるのです。当時旧館に住んでいた、母の義理の弟がよくいたずらをしていたそうですから、そんなことかもしれません。または姉の話で「夕方になるといつもキュルキュルというような音が2階から聞こえていた」と言います。これは屋根裏に住みついていた蛇が雨樋などを伝う音で、そんな音が大きく聞こえたのかも知れません。
 

そういえば、2階の開かずの間に私も1回だけ母について行ったことがあります。母の嫁入り道具が置いてあったので、母はその中から売れるものを選別するために行ったのでしょう(当時は収入が無いので売り喰いの生活だったらしい)。
2階は4部屋あって、階段を上った最初の部屋に母の道具が置いてあったのですが、ふすま続きの奥の部屋にはそれ以前からの道具類が山のように置かれていたようです。「ようです」というのは、母が決してそのふすまを開けなかったからです。普段使ってないところなので雨戸が閉めてあり、昼間といっても暗い中で、雨戸の隙間からうっすらと差し込む日の光に浮かび上がる部屋の中はしんと静まり返っておりました。
実は旧館に住むお姑さんや、昔からこの家に出入りしていた近所の年寄りが、この2階の奥で道具類を調べていた時、幽霊を見たという話があったのです。それでいつの頃からか2階の、それも奥の部屋には誰も入らなくなって何年も経ったというわけです。母が自分の嫁入り道具を必要に迫られて取りに行ったことを聞いたお姑さんが、「あなたは気が強い」と驚いていたそうです。(あとから母に聞いたら、さすがに恐いのでまだ小さい私でも居ないよりは安心と連れて行ったのだそうです)
そういうことを私は見聞きしていたせいか、2階に上がって恐いものに追いかけられる夢をその頃よくみました。

なお、この家に母は長く住まず、その後まもなく、ある宗教法人に家を売って引っ越しをしました。その後はこのような現象は体験してないようです。
あの家はいまでも建っていますが、宗教関係の方が住むようになってかえって良かったのかもしれません。
やはりこの家には何かあったのでしょうか?

母の異常体験は母から聞いた限りではこれだけです。
今にして思えば、
夫を戦争で亡くし子供2人をかかえて収入も無く、旧館に住んでいる姑たちとは折り合いが悪く、誰に相談することもできない精神的な苦労が幻視・幻聴を起こした可能性はあります。
字の書かれた薪を燃やした夜の暴風を姉が覚えていたというのも母が怖がっていることで起きる集団幻覚だったのかもしれません。
その後に母は自分の実家に誘われて引っ越ししたので、何も起きなくなりました。私と姉は知多半島の海に面した家で育つことになります。