昨日、久々に友人と会って話をした。
彼とは、20代のころにローマの安宿で知り合って以来の付き合いなのだが、
いまは出版の世界に身を置いており、言わば本のプロ。
また、心底本を愛しているので、読み手のプロとも言えるような人間である。
その彼が、今回の僕のスペイン巡礼のブログも読んでいてくれたようで、
感想のひとつとして、こう言ってくれた。
「いやぁ、あの巡礼の最後の、服を燃やすところで、僕は涙が出ちゃいました」
彼は嘘を言うような人間ではないし、話を誇張したりオーバーに表現するようなタイプではない。
その人間が、僕のブログを読んで、その尊い涙を流してくれたというのだ。
僕は文章を読むのも書くのも好きなので、こういうのを書いて
「こないだのあれ、笑わせてもらったよ」とか「シーンが目に浮かんだよ」などの
お褒めの言葉をいただくことがたまにある。
非常に光栄なことで、そういうのを聞くたびにヨシッ、今後も楽しみながら頑張ろう!と
思うのですが、「涙が出た」というのは、今回言われたのが初めてのような気がする。
彼曰く、「日常というのは、明確な”終わり”というものが無い。例えば仕事も、今日やっていることの
続きを明日やる、というように。でも、あの巡礼の旅には明確な”終わり”があり、その区切りの際に
あのような行動をするというのが、なんだか素晴らしいことのように思える」とのことだ。
たしかに、我々巡礼者にとって最後のフィステ―ラという場所は非常に意味を持つ場所で、
そこで服を焼くというのは一周の儀式のようなものになっている。
どうやら彼は、そんな巡礼者たちの心境に一歩近づき、寄り添ったのではないか。
より深く感情移入できたからこそ、涙という貴重なものを流したのではないか。
昨日、その場ではそこまでこの件に関して会話をしなかったのだが、
真実がどうであるにせよ、あまり涙というものを流すことがない自分のような存在にとっては、
書き手冥利に尽きる一件だったなあと、改めて思いました。
参考までに、下記にその日のブログを貼っておきます。
良かったら読んでください。あなたがどう感じるかは分かりません。感想など戴けたら最高です。
http://ameblo.jp/eatrip/entry-12090019820.html
今日も、ありがとうございます。
続く。









