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一歩、世界に近づくブログ

どんな国へも、まずは興味から!

言葉や食べ物やその他の文化など、
自分が直接触れた「面白い!」と思った
”外国に関わること”を、力を抜いて書いていきます。

1記事あたり、約2分で読めます!

↓サイドバーから、気になる国をご覧ください!

これまで、英語だのフランス語だのスペイン語だのと書いてきましたが、僕は日本人、やはり日本語がもっとも心地よく、1番好きな言語であることには変わりありません。

外国に行くと日本語で書かれた活字が恋しくなるのは以前からの傾向で、普段あまり読まない「時代モノ」なんかも耽るように読んでしまうことになります。

この時にどこの国で手に取った本か、もう忘れてしまいましたが、とにかく武士が出てくる「時代モノ」を読んで、いたく古い日本語に魅せられたのか、現在はあまり使わないシブい日本語もまたメモ帳に書いてありましたので、日本語のお勉強のためにもここに記しておきます。

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・「ならぬ堪忍するが堪忍」:意味はそのまま。

・難儀(なんぎ):
 難しいこと。面倒な事柄。

・草莽(そうもう):
 くさむら。民間。在野。

・貪婪(どんらん):
 たいそう欲が深いこと。

・差料(さしりょう):
 腰に差す刀剣。

・徒士(かち):
 徒歩で行列の先導をつとめた侍。

・了簡(りょうけん):
 思案。所存。

・眉月(まゆづき):
 女性の眉に似た細い月。新月。

・研ぎ師は、息で刀にさびができないよう、懐紙を口にくわえて、さらにその前に敬意を表して「拝見いたします」と言ってから刀剣を見ていた。

・「蕎麦でもたぐってゆこう」

・胡乱(うろん)な目:
 乱雑、いいかげん。疑わしい。うさんくさい。

・惣領
 家名を継ぐべき子。

・「二」人の「人」間が互いを慈しみ思いやる心がけを仁と書く。


うーむ、やはり古めかしい。
なかなか使わない言葉が多い。

しかし、いつか使ってみたい。
こうして折に触れて頭の中に繰り返し登場させると、言葉というのは、ふとした拍子に出てきたりする。

昔の日本も、日本であることには変わりない。
クラシックな単語を覚えて、自分自身の
日本語の奥行きを広げたい。

多くの日本語を知り、使いこなす。
それが出来るようになれば、さらに、外国語もより尊重し、ますます好きになれるような気がします。

前号のフランス語編と同様、現地で出会ったり、

使ってみたスペイン語の単語などを

メモ帳に書いておいたものをこちらにも転記します。

あくまでもメモであり、例えば、

女性名詞・男性名詞によって変わる冠詞が付いていないなどの

不足はありますがご了承ください。

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・Que aproveche!(ケ アプロヴェーチェ):みのり多かれ!

・la cuenta(ラクエンタ):お勘定

・Quien?(キエン):誰?

・caro(カロ):高い

・Oiga.(オイガ):もしもし、ちょっと

・barato(バラート):価格が安い

・azucar(アスーカル):砂糖

・sal(サル):塩

・hoy(オイ):今日

・esperar(エスペラール):待つ

・esperar un momento(エスペラールウンモメント):少し待って下さい

・tengo(テンゴ):私は持っている

・como(コモ):私は食べる

・un poco(ウンポコ):少し

・Que bonita!(ケボニータ):かわいい!

・pulpo(プルポ):たこ

・sabor(サボール):味

・tomar(トマール):飲む

・cuchara(クチャーラ):スプーン

・arroz(アロス):米

・la carta(ラカルタ):メニュー

・estoy content(エストイコンテント):満足しています

・estacion(エスタシオン):駅

・mucho gusto!(ムーチョグスト):おいしい!

・Hasta la proxima!(アスタラプロキシマ):またいつか!

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スペイン語はイタリア語と似ているとよく言われるが、

お隣ポルトガル語ともよく似ており、それでいて数字などですら

微妙に違ったりするので、一気に3つとも覚えやすい半面、

頭の中がこんがらがりそうな気がするのだが、実際はどうなのだろうか。


英語は主語が非常に重要視されるけど、スペイン語は動詞が

話し手によって変化するので主語が見た目には無かったりする。

変化する動詞をすべて覚えるのが一番なのだろうが、最低限って

ことで考えると、「私」と「あなた」の活用を覚えておけばいいのかな?



言語って本当に、難しくて、面白い。


前回のフランス語と今回のスペイン語は、

英語と並行して、少しずつ身に付けていきたい。

それがきっとこの世を2重3重に楽しむことになると思う。


次回は、まさかの日本語編、です。


続く。



世界一周するためには、難しく考えすぎず、

カンタンな英語ができれば大丈夫だと思いますが、

やはり多くの地域に行くので英語以外の他の言語も

ほんのすこーしだけ知っていると、そして実際に使ってみると、

さらに楽しくなります。


なぜって、そのわずかだけ知っている単語が実際に街角で

聴き取れたり、自分の口から発せられたそれがその国の人に

伝わったときの感動というのは、計り知れないものだから。


今回の世界一周では移動時間もちょこちょこあったので、

小さな時間を見つけてはそうした英語以外の言語も

メモ帳に書きつけておきました。


フランス語はそのうちのひとつ。

フランスやスイス、そしてモロッコなど、フランス語圏も行ったので

役に立った。

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本当に些細なものだけど、そのメモ帳に記してあったものを

こちらにも書いておきます。


なお、あくまでもメモであり、文字表記などは100パーセント正確ではないので、

その点はご容赦願います。



・midi(ミディ):正午

・demain(ドゥマン):明日

・ici(イシ):ここ

・la-bas(ラバ):あそこ

・droite(ドロワ):右

・gauche(ゴーシュ):左

・Avez-vous une chambre ce soir?(アヴェヴ―ユヌシャンブルスソワ):今晩、部屋は1つ空いてますか?

・bon marche(ボンマルシェ):良い買い物

・un peu moin cher!(アンプーモワンシェール):もっと安くして!

・Je voudrais acheter ceci(ジュブードレアシェテスシ).:これを買いたいです

・Je suis japonais.(ジュシジャポネ):私は日本人です

・combien?(コンビヤン):いくら?

・Excusez-moi.(エクスキュゼモワ):すみません

・Je ne comprends pas.(ジュヌコンプランパ):分かりません

・Qui s'appel common?(キサペルコモン):なんて名前ですか?

・L'addition S.V.P.(ラディシオンシュルヴプレ):お会計お願いします

・Pourriez-vous parler plus lentement?(プリエヴ―パルレプリュラントマン):もう少しゆっくり話して下さい


うん、こうして書くと、自分の復習にもなっていいかもしれない。

次回はスペイン語編、そしてまさかの日本語編もメモ帳から

ここに記しておきたいと思います。


続く。


今回訪れた国、またその国に含まれる訪れた世界遺産

(訪れた順に表記)


1.カナダ

  今回訪れた世界遺産は無し

  ※ナイアガラの滝は世界遺産ではない


2.ペルー

  「ナスカとフマーナ平原の地上絵」

  「マチュ・ピチュ」

  「リマの歴史地区」

  「クスコの市街」


3.アメリカ

 今回訪れた世界遺産は無し


4.ドイツ

 今回訪れた世界遺産は無し


5.モロッコ

  「マラケシュの旧市街」

  「要塞村アイット・ベン・ハドゥ」


6..ポルトガル

  「シントラの文化的景観」

  「リスボンのジェロニモス修道院とべレンの塔」


7.スペイン

  「アント二・ガウディの作品群」

  「要塞都市クエンカ」


8.フランス

  「リヨンの歴史地区」


9.スイス

 今回訪れた世界遺産は無し

  

10.イタリア

「ヴェネツィアとその潟」

  「ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ修道院と最後の晩餐」

  

11.ハンガリー

  「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区及びアンドラーシ通り」


12.チェコ

  「プラハの歴史地区」


13.オーストリア

  「ウィーンの歴史地区」

  「シェーンブルン宮殿と庭園」


14.ギリシャ

  「アテネのアクロポリス」

  「メテオラの修道院群」


15.トルコ

  「イスタンブルの歴史地区」

  「ギョレメ国立公園とカッパドキアの奇石群」


16.タイ

  今回訪れた世界遺産は無し


17.マレーシア

  「メラカとジョージ・タウン:マラッカ海峡の歴史都市」


18.ネパール

  「カトマンズの谷」


今回訪れた国・・・計18ヶ国

今回訪れた世界遺産・・・計23か所

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・こうして振り返ってみると、出発前に行き先を選ぶにあたって

重要視したのは「親日国」「食べ物がおいしい」「古都」などを

基準にしたので、結果的にはやはり、どうしても古い街が多くなり、

世界遺産の街が多く含まれていた。


・行く前にその場所が世界遺産かどうかは特に調べたりはしなかったので

その先々で「ここも世界遺産なのか!」とか「ここは選ばれそうなのに違うんだ?」など

驚くことがあった。その後『世界遺産検定』の勉強をし始めてから、

選ばれるには厳格なルールがあることを知り、興味の度合いが増した。


・上記の世界遺産はどこも観光地としても非常に面白い場所であり、

 そして比較的行きやすいところばかりなので、旅先として胸を張って

 オススメできます。上記から特にリンクは貼っていませんが、

 僕が行った時はどうだったのか過去記事から読んでいただくとヒントになるかもしれません。

 (ブログ脇から国別に選べるようになっています)



次回、振り返りまとめ②に続きます!

2010年2月28日


ついにと言うべきか、とうとうと言うべきか、

いよいよ、日本に帰る日が来てしまった。

嬉しいような、かなしいような。


昨年の11月に日本を出て、丸3カ月、母国を留守にし、

よその国にお邪魔した。


そう、まさに世界のいろんな国の方々が少しの間、

僕を受け入れてくれたおかげで多くの場所に行けたのであり、

謙遜でも控えめでもなく、お邪魔した、と言っても何ら

差し支えないような気がする。


もちろん、お金を払って航空券やビザを買って入国し、

現地の店や宿にお金を払って旅を続けてきたわけだけど、

外国人である僕が彼らの国に労働力として貢献したわけでもないし、

生活を著しく向上させるような何かをしたわけでもない。


初めての世界一周なので

できるだけ親日国を選んだし、

治安に疑問符が付くような国やエリアには

足を向けないようにもした。


それでも、日々、一生懸命(?)働いている彼らの空間に

ヒョイと訪ねて行った僕は言わば闖入者であり、ヨソモノであり、

煙たがられても文句は言えないはずだ。


なのに、大概の国で、いや、もしかしたら今回行った全ての国かもしれないが、

ただただ、「おー!日本から来たのか!!ようこそようこそ!!」と

ニコニコ受け入れてくれた。


振り返るに、これは感謝に尽きる。

当たり前だと思ってはいけない。


このような彼らの笑顔に、懐の深さに、ホスピタリティに、

救われて、助けられた結果、とても楽しめた。


次号のブログあたりでいろいろと振り返りたいが、

今ある気持ちは、とにかく感謝。

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受け入れてくれた人たち、助けてくれた人たち、本当に、ありがとうございます。

こんなところに書いたって、彼らが読めるはずも知るはずも無いけれど、他でもない自分がそう感じたという事を忘れないために、ここに残しておきたい。


次号へ続く。








2010年2月26日

停電の時間は、ここポカラでも毎晩回ってくる。
電気が止まると、人々は店先や家の前で焚き火をして明かりの代わりとする。

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昨夜は宿に荷物を置いた後、近くの食堂(8人くらいでいっぱいの店)に晩飯を食べに出かけたが、ランプの灯をたよりに食事をした。

暗闇の中での食事も、ここネパールに来てからは何度も経験しているので慣れてしまった。

これが日本国内だと非常事態・緊急事態のようだが、ネパールだとこれが日常なわけで、「ふつう」とか「あたりまえ」って一体なんなんだろう、と改めて思い知らされる。

とにかく、暗いと、例えば、店の内装とか、ガイドブックとかが当然見えない。
しかし 同時に、ろうそくによって目の前にボンヤリ浮かび上がる食事と真っ向から向かい合うことになり、また、そばにいる他の人との心理的距離も近くなる。

・・・ムッ、この味付けは、なかなかに奥が深いぞ。
とか、
・・・この人って、こんな穏やかな声をしていたんだ。
など、気づくことがある。

不便はときに、価値あるものをもたらす。



さて、今日は珍しく雨が降った。
これでは遠出は出来ないが、本を読んだり、近所を散策することくらいならできる。

ぶらぶらしていたら、楽器屋さんがあった。
楽器というより、口琴(こうきん)屋さんだ。

口 琴は唇で加えて指と下で音を出す、5センチほどの小さな楽器で、楽器だと言われないと何の道具だか分からないような見た目だが、上手な人はとても面白い音楽を奏でる。

僕はリズム感が無いという致命的な欠点があるので、これまでの人生、楽器からとことん逃げてきたのだが、なぜかこういうマニアックな楽器には興味がある。

店に入り、まじまじと見ていると、店のおやじが曲を披露してくれる。
う~む、やはり、いいなぁ。

聴いているうちに「楽しく」なってきたので、一緒に写真も撮ってしまった。まさに「楽器」とはよく言ったものだ。


お昼は「タカリ・キッチン」という、タカリ族がシェフとして腕をふるう店に入った。
この民族は料理上手ということで、味はもちろん、コンパクトにまとまった定食プレートがデザインとしても完成されているように見えるほどキレイな逸品だった。

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これで200円しないほどなのだから、まったく、口琴でも鳴らしたくなるほど愉快だ。


さて、雨も落ち着いたようなので、もう少し散策を続けることにする。

ポカラの誇る大きな湖、フェワ湖には、小さく浮かぶ島がある。
そこには日本の弁財天よろしく、こちらの神様が祀ってあるとのことで、そこにボートを漕いで行ってみることにした。

観光客だけでなく地元の人たちにも慕われている神様のようで、かなりの人がボートを島につけて参拝していた。

なんだか、こういう光景、落ち着く。

ホントに上野公園の池のほとりの弁天様に来ているような気になってくる。日本の七福神の弁天様も元はインドの神様だから、インドの隣の国ネパールで似た雰囲気を感じても、不思議ではないのだが。

とにかく、ここにいる彼らと自分は同じアジア人なんだなぁと改めて感じてしまう。


早めの晩飯は白人女性が経営している手軽なイタリアンにしてみたのだが、そこのティラミスとコーヒーが意外なほど美味しかった。日本でも出会わないレベルだ。いやはや、ポカラ恐るべし。


とうとう明日、ポカラからカトマンズに戻り、
いよいよ明後日、タイで乗り換え帰国する。

帰りたいような、まだ帰りたくないような。


僕がどう思おうと、ポカラの夕陽は旅情を連れてやってきた。

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今日の終わり、そして旅の終わりが近づいている。

続く。


2010年2月25日


昨日、カトマンズからの朝8時発の便でポカラに到着した。

イエティ・エアラインズという航空会社の機だった。

それにしても今回の旅はよく飛行機に乗った。


さて、ここポカラに来て感じたのは、のんびりとした空気が流れる

ネパールという国の中でも、この町は

最上級にゆったりした雰囲気に満ちているな...ということ。


大きな山のふもとにある町だから?

フェワ湖という巨大な湖があるから?

気候があたたかいから?

暮らしている住民の性格が穏やかだから?


何が理由か分からないし、

もしかしたら上記すべてがそれに当てはまるかもしれない。

しかしとにかく、リラックスできるのだ。

 

町中だけでなく宿もその空気は流れていて、

ここを経営している家族の小さな子供たちが

鬼ごっこやなわとびをしているのを眺めているだけでも、

彼らの飼っている犬のお腹を撫でているだけでも

充分に楽しめるし、満ち足りた気分になれる。





天気が良かったので今日はレンタサイクルをし、

少し遠くへも行ってみた。


広い道には車ではなく、茶色い牛がワガモノ顔で闊歩し、

雑貨屋の店先では将棋のようなゲームに男たちが大盛り上がり。

盤のまわりにはなんと、30人以上のギャラリーが集まる始末。


喉が渇いたので、

孫と遊ぶのが楽しくて仕方が無いというおじいさんの雑貨屋で

コーラを買って道端で飲む。


うーむ、なんとも平和だ。



パタレ・チャンゴという滝、そしてその向かいにある鍾乳洞にも行った。


鍾乳洞なんて滅多に行く機会が無いが、この鍾乳洞は

人の姿が影のようにしか見えないほど暗く、

隙間から差し込む日光が神々しく洞窟内を照らす。

そして、地層が幾重にもなっているのを目にして息をのむ。


ひんやりとしていて、そして何より広かった。

足を滑らせたら大変なことになりそうな場所で、スリルを味わうにはぴったりだ。





ポカラの町はいたる所に大きな樹が植わっており、

その下は腰をおろしてゆっくりしている人が多い。

この休憩所はチョウタラといって、この国の特徴のようだ。


歩いたら、休む。

休んだら、また歩く。


歩きっぱなしでも

休みっぱなしでもいけない。


物言わぬ大きな樹がそれを教えてくれるようで、ネパールの底の広さを

改めて感じた。


さて、そろそろ今日の停電の時間だ。

早めに宿に帰って荷物を置こう。

暗闇の中での晩めしはそれからだ。


つづく。

2010年2月23日


結局、雲海で有名なナガルコットでは、数日滞在したけれども

雲海が観れなかった。


非常に残念がっていたら、ここの雲海が大好きで何度も来ているという

おじさんが、写真を見せてくれた。

リアルには敵うまいが、それでもかなりの美しい写真だった。


なかなか雲海は観れるものではないが、富士山でも観れるだろうし、

僕は今回、ネパールという国を気に入った。

きっといつかまた来るだろうから、そのときまでのお楽しみだ。



宿を出てから、「憲武珈琲店」にも最後に挨拶がてら食事に行った。

ここに初めて来たときの予想通り、最終的に、やはり数回来ることになった。


2階の、テラス席のような、日がよく当たるテーブルについて待っていると、

ノリさんの小さな娘さんと息子さんが料理を運んで来てくれた。


2人とも小学生くらいだろうか、お世辞抜きでめちゃくちゃかわいい。

看板娘とはまさにこのこと、はにかみながら旅人相手に給仕するさまは、

仕事には年齢なんか関係ないのでは、と思わせるようなセンスすら感じさせた。



ナガルコットをあとにし、3時間ほどバスに揺られ、カトマンズへ戻った。

マーケットで土産などの買い物をしてから、アティティツアーズという旅行会社に行った。

ここで次の町、ポカラへの空路チケットを買うのだ。


ポカラはネパール山間部にある小さな町だ。


当初ポカラには行く予定は無かった。

そこはヒマラヤトレッキングなど、山に登る連中が多く集まる場所だから。

・・・そう思っていた。

しかし、ネパールにまで来てポカラに行かないなんてありえない、

そんなセリフを数度、耳にしたので、もうこうなれば、と行くことにしたのだ。



出発は明日の朝、今夜はカトマンズ最後の夜だ。

大好きなチベット風うどん・トゥクパを「ウッツェ」という雰囲気抜群のレストランで

食べ、さて、暗くなる前に宿へ・・・と思ったら、ヒュッと飛んでくるものがあった。


僕が避けた「それ」はなんと水風船で、地面に落ちると赤色の色素を撒き散らした。


なんだこれ!!!

気が付くと、いつの間にか、周囲は水風船が飛び交う戦場になっていた。

どうやら、今日は「ホーリー祭」らしい。


この祭りは、春の訪れを祝う水かけ祭りで、色つきの水を入れた風船を

誰かれ構わず投げ合い、びしょぬれ、もみくちゃになり、皆で大笑いしながら

町じゅうをカラフルに染め上げるものだ。


素朴で茶色っぽいイメージのネパールが、この祭りのときだけは

色が咲き乱れる。

同様の祭りがインドやタイでもあるようだが、この目で見たのは初めてだ。


僕の周囲には白人の旅行者が地元の少年たちと攻防戦を繰り広げており、

皆キャーキャーと奇声を上げながら完全に子供に戻っている。


この祭りは大人だってバスの運転手だって商店のオヤジだって参加するので、

町の活動がある意味ストップするようだ。

真面目な日本ではまず行われない祭りのような気がする。

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気を抜くと、家の窓やビルの屋上からも水風船が落とされる。

ヤラレターッと思いそっちの方を向くと、別の方向からバシャッと掛けられる。


このスリル、エアガンで遊んだりサバイバルゲームに行った事のある人なら

少し分かっていただけるんじゃないかと思う。


とにかく笑いと色が飛びかう幸せのお祭りで、この祭りのタイミングに巡り合った

だけですでに幸せだと感じた。


カトマンズ。

今回、最大級のアクシデントから始まり、最高のフィナーレで結ばれた町。

いつかまた、来るときまで!!


つづく。


2010年2月21日

今朝も雲海は観れなかった。

しかし、だからと言って雲に毒づいても仕方がないので、また明日にかけてみることにする。


今日は、ここナガルコットから、ローカルバスに乗ってバクタプルという町へ行ってみた。

先日の首都カトマンズや、パタンといった町と雰囲気が似ており、古いだけでなく、平坦な道が多く歩きやすくて良い。


トウマディー広場にあるニャタポラ寺院に来た。
これまで観たどんな石像にも似ていない顔の像が、寺院を守るように建っている。

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下から、戦士、象、獅子、グリフィン、女神だという。ここもパタンの寺院と同じく、貴重そうな建物なのに子供達が像に抱きついたりして、自由な感じだ。

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戦士の像は別の建物にも立っていた。
傍らには、何をしているのか知らないが、たむろしている男たち。

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見た目が牛乳のような食べ物を作っている店があったので、覗いてみた。
仕込み中だった店員の少年にこれは何か聞いてみる。
するとこれは、「ズーズーダウ(ヨーグルトの王様)」だという。この町の名物らしい。
20ルピーでひとつもらい、口に入れると濃厚で甘く酸味のある味わいが広がった。これは美味しい。

その他、また20ルピー払ってモモ(ネパール風餃子)も食べた。これはやはり、スパイスの違いか、肉の違いか、日本ではまず食べられない味だ。ストレートなアジアを感じる。安くてうまい。

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↑軒先にて、ミシンを使って仕事中の男性。

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↑パタンより更にのんびりした古都だ。

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↑布屋の店員さんたち。右側の女性はかなりのベテランなのだろうが、いかんせん高齢で何を話しているのかよく分からなかった。
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↑素朴な光景に、お坊さんたちの袈裟が映える。彼らがいてはじめてこの景色が完成するように見える。


この国を、この旅の終盤に持ってきて本当に良かった。張り詰めていた緊張感が、ゆるゆると、少しずつほぐれていっているのを感じる。

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ナガルコットへは、いつも通り、こんなふうにバスの屋根の上に乗って帰った。

晩飯に「憲武珈琲店」に行ったら、オーダーした料理の材料が足りなかったらしく、ノリさん自ら買い出しに走ってくれた。ありがとう。味もいいので、明日もまた来たくなってしまう。

続く。
2010年2月20日

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雲海に浮かぶ、輝く朝日が観れるかも!

そう期待して早起きし、自分の宿から「雲海リゾート」に向かうも、残念ながら天候が思わしくなく今日は観れないとのこと…

雲海が有名とはいえ、相手は自然。
そう人間の思い通りになるわけではない。
大丈夫、まだ明日がある。

今夜はこの宿「雲海リゾート」のベッドが空くとのことで、ここに泊まる予約をし、明日の朝にかけよう。

このナガルコットという村自体は本当に小さく、特に観るべき場所もないので今日は山の中を数時間トレッキングすることにした。

歩いて3~4時間で、チャングナラヤンという見事な寺を観て帰ってこれるとの事だが、道も分からないし夕方以降は停電で一帯から明かりが消えるから早めに帰ってこないといけない。


歩き出して感じたのは、そのあまりの「のどかさ」だ。普段東京で生活している僕としては、ここまでの田舎は意識して他県に旅行にでも行かないと足を踏み入れる機会がない。

思えば今回の旅行のテーマは「親日」「古都」「低予算」だったりして「自然を満喫」を選んでいないので、ここまでドップリの自然に触れるのは、久しぶりではないだろうか。

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たまにチラホラ見かける家は本当に素朴で質素なもので、山だけに住んでいる人も少ないのだろう、滅多に地元の人とすれ違うこともない。

庭先に咲く花を見つけたり、軒先に揺れる洗濯物などを目にすると、いつかどこかで見たような日本の景色と重なり合うような気がする。

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ある家の前を通りかかったとき、赤っぽい布を身に巻きつけた女性が、自宅の井戸から水を汲んでいる最中だった。

ふと目を上げて僕に気付いた彼女はまだ若く、ハッとするほど美人だった。
ニコリと微笑みを寄越し、再び仕事に戻るその姿は、なにか非常に貴重なものを目にしたような気持ちにさせた。


目的地のチャングナラヤンはまだ先のようだが、茶店のような場所に着いた。ここで一休みして、戻ることにしよう。外灯が無いというのは行動が制限されるものだ。

茶店にはお客が他におらず、店員らしき人も出てこない。部屋を見渡すと、壁にはなんとなく見覚えのある顔が。
…なんと、サイババではないか。

かつて手から砂を出したりして日本で大人気になり、奇跡の人とまで言われたサイババ。
あの高橋歩氏も、確か彼に会うためにインドまで行ったのではなかったか。

日本では既に流行は過ぎているが、ここネパールでは流行どころか、以前から崇拝されているような気配だ。

しかし、ここであのサイババの写真を見るとは、なんだか少し前の日本にタイムスリップしたみたいだ。


来た道を戻り、今晩の宿「雲海リゾート」のドミトリーに入ったら、日本人の女性がくつろいでいた。タガワさんというその人は、女性ひとりでこの村へ、さらに最奥のこの宿へ来たらしい。

知らない地で、会ったばかりの旅人と旅の話を交わすのは楽しい。

明日こそは、雲海、観れるといいな。

続く。