2010年2月19日
今日は雲海で有名な山あいの村、ナガルコットに来た。
カトマンズからバスでバクタプルのクマルビナヤクへ、
そしてそこから更にバスに約1時間揺られ、ナガルコットに到着。
しかも、ナガルコットに着くまでの1時間はバスの中ではなく
屋根の上の荷台で、周囲には多くのネパール人も乗っていた。
日本ではバスの屋根に乗って移動するなんて考えられないが、
アジア全体で見ると別に珍しいことではなく、
インドではむしろ当たり前で、タイのチェンマイでも過去に乗ったことがある。
この空間での移動は、怖さよりも非日常感によるワクワクの方が勝り、
ドンドンと目に飛び込んでくるダイナミックな景色が肌で感じられて非常に楽しい。
ナガルコットは本来、来る予定の無かった村だが、カトマンズで
ダイスケさんに教えてもらった際に興味をそそられて来てしまった。
朝早く起きて眺める雲海は素晴らしいの一言だというが、
それとは別に有名なのが、「憲武珈琲店(のりたけこーひーてん)」。
ネパールで急に出てきた漢字の店名、しかも憲武(のりたけ)って!
とんねるずの木梨憲武かよっ!!とツッコミたくなりますが、
・・・実は、そうなんです。
この店、店主のオヤジがあまりにも木梨憲武に顔が似ており、
この村を訪れた日本人旅行者がこぞって「ノリタケだ、ノリタケだ(笑)」と
たいそうウケるので、そのまま店名にしてしまったらしい。
コーヒーを飲ませてくれる店なのは分かるが、食事も出せるそうで、
名物はチーズオムライスやエッグカレーらしい。
ナガルコットに到着してから、泊まろうと考えている宿へは一本道の登り坂。
その途中にこの珈琲店があるってんだから、寄らないわけにはいかない。
そして、中に入って僕が見たものとは・・・!!
つづく。
2010年2月18日
今日もカトマンズをぶらり。
ここのダルバール広場には、「クマリの館」という建物がある。
クマリとはこの国における神の化身とされる少女のことで、彼女が住む館がこの「クマリの館」だ。
ヒンズー教の女神タレージュの化身とされるクマリは、僧侶がいくつもの試験を通して選ぶとされる。
その試験や選ばれる条件たるや厳しいことこの上なく、ようやく選ばれた少女はこの館の中で神の化身として過ごしている。
館からは出ず、身の周りの世話をする人が彼女の生活の手伝いをしているらしい。もしクマリをその目で見られた場合は、非常に幸運なこととされ、遠くからもぜひその姿を見ようと今も訪れる人が後を絶たないという。
ここネパールの国王もまた、ヒンズー教の神であるヴィシュヌ神の化身とされているが、その国王が唯一、頭を下げる存在がこのクマリだという。
一国を代表する者が、10歳にも満たない少女に頭を下げる・・・
他の国ではなかなか考えにくい現象だが、それはただヒト対ヒトとして見ただけの場合であり、彼らネパール人にとってみてはそれだけでなく、きっとまた、神の序列も見えているのだろう。
しかし、ヴィシュヌ神とはヒンズー教のトップに君臨する3神のうちの1神であったはずだ。つまり、メチャクチャ偉い神様。
最高級に偉い神様が女性に頭が上がらないなんて、まるで人間の世みたいで、なんだか少し微笑ましく感じてしまうのは僕だけだろうか。
そう言えば、今日はもうひとつ面白い話を聞いた。
ネパールの語源だ。
こんな言葉の頭文字で出来た国、それがネパール(NEPAL)だそうだ。
Never
Ending
Peace
And
Love.
この語源説、深く考え込むのは野暮というものだ。
この国はそれを鵜呑みにするくらいが、ちょうどいい気がする。
明日は雲海の村、ナガルコットに向かいます。
つづく。
2010年2月16日
昨日のガス事件により、僕は泊まっていた安宿を変えることにした。
宿のスタッフたちは良くしてくれたが、命には代えられない。
いつなんどき、またバスルームのガスボンベからガスが漏れるとも限らないからだ。
貧乏旅行ゆえ高級なホテルには泊まる余裕はないが、バスルーム、いや、
シャワールームを見せてもらったうえで部屋を決めた。
その後、ダルバール広場へ行き、近くのチャチャカフェという店で
「ナポリタン・カルボナーラ」という、ありそうでなさそうなパスタを食べた。
謎な料理のくせに、なかなかイケる味だ。
ちなみにダルバール広場は、その名の通り、路地が張り巡らされた
カトマンズの中にあって、少し開けた広い場所であった。
その場所に、歴史を感じさせる寺院などの重要そうな建物が多く密集し、
その重要そうな建物の上に、住人達は平気で腰を下ろし、
お茶を飲んだり、おしゃべりに興じたりしているのである。
しかしそれが不思議と罰あたりとかそういうふうには見えず、むしろ
そういったものと人間たちが共存している・・・そんなふうに見えた。
過剰に大切にしすぎず、かといって近代化を急いでるふうでもない。
昔から、このまんま、そういう感じ。なんかいいな。
フラリと入った雑貨屋で見たクッションカバーに一目惚れし、
3枚850ルピーで購入してしまった。
基本的に今回の旅行は荷物が増えるので土産を含めてモノを買っていないが、
旅の終わりはいよいよ間もなくで、これくらいなら持ち歩けると考え、手に入れた。
夜ご飯には、またもや行きつけの日本料理屋「ふる里」へ。
昨日の主人公、ダイスケさんも食事は出来るくらいに回復しており、
一緒に食べに行った。
そこで彼から聞いた面白い話がある。
この旅に出る前、僕は神奈川県の有名な観光地、
江ノ島に日帰りで行ったのだが、そのとき、江ノ島までは電車を使った。
その電車に乗っている時、僕の向かいにはナント、
このダイスケさんが乗っており、僕を見つけたのだという。
僕はそのとき数人で出かけていたので、彼は気を利かせて
わざと声を掛けなかったらしいが、いやはや、そんな話をここ
ネパールのカトマンズで聞けるなんて思ってもみなかった。
旅に限らず、人生においても、自分と出会う人は、
それより以前にどこかで会っていたり、すれ違っているものだ、などという話を
なにかで読んだことがあるが、この話もそれに似ているような気がする。
まあ、ダイスケさんに関しては、江ノ島よりもずっと前、約10年前に知り合って
一緒にチベットに行っているくらいだから、かなりの深い縁のような気がするけれど。
カトマンズの時間はゆっくりだ。
明日もここをぶらぶらするのが楽しみだ。
つづく。
2010年2月15日
絶対に死なせない。その①はこちら
http://s.ameblo.jp/eatrip/entry-12060994272.html?frm_id=v.jpameblo
絶対に死なせない。その②はこちら
http://s.ameblo.jp/eatrip/entry-12061288284.html?frm_id=v.jpameblo
絶対に死なせない。その③はこちら
http://s.ameblo.jp/eatrip/entry-12061606464.html?frm_id=v.jpameblo
***
ネパールの安宿で倒れた友人を、大渋滞の中、車に乗せて病院を目指す。ようやく着いた場所は、僕がイメージする病院とはかなりかけ離れた建物で…
***
あまり使われていない公民館のような建物だが、どうやら実際に病院らしい。
しかし、僕の目には病院という場所にまず必要な清潔感というものが感じられなかった。
せっかく着いたのに、大丈夫なのか、ここ?
僕のその予感は当たっていた。
まず、このダイスケさんは緊急の患者のはずなのに、扉が無く窓が開け放してある、言わば部屋の外から丸見えの部屋に運び込まれた。
2、3台くらい並べられたベッドのうち1つに寝かされたはいいものの、どうみてもベッドは固そうで、部屋には蝿が何匹も飛んでいる。
隣のべッドにはかなり汚れた服を着たおじいさんが、頭と足から血を流して手当てをされている。
治療の様子は全て丸見え、衛生管理は疑わしい。
設置された点滴の器具の中には何故か、藻のようなものがこびりついている。
僕に手渡されたダイスケさんのカルテには「EMERGENCY」のスタンプが押してあるのに、窓の外では小さな子供が泣きじゃくっているような状況…。まるで小学校の保健室だ。いや、向こうの方が遥かにマシかもしれない。
おまけにベッドには、なんと、枕もブランケットも無い!!(この2つはさすがに必要なので、宿のスタッフが安宿まで取りに戻った)
診察は、白衣を着た医者がしてくれた(かろうじて白衣を着てくれていて良かった。少しは安心した)。
ベッドに横たわり意識がもうろうとしたダイスケさんの口から出る日本語を、僕が拙い英語で医者になんとか伝えるという緊急措置を取ったため、
この状態がどこまで医者に伝わっているのか分からない。
ただ、どうやらダイスケさんが倒れたのは、シャワー室に置いてあったガスボンベから出たガスを吸いすぎた為らしい。
次第に容態が落ち着き、安定した姿勢で横になれることになったダイスケさんは、またもや眠りに落ちようとしていた。
僕はこのまま彼が眠ってしまっても問題ないのか尋ねると、医者いわく「もう大丈夫」だという。
本当に良かった。
本当に本当に本当に良かった・・・。
それにしても、ネパールの病院があれほどまでに設備が整っていないことに、かなり驚いた。
人の命を左右するはずの施設に備品が不足していたり不衛生な状態であるとは、考えさせられた。
旅先での、特に途上国での病気や怪我には細心の注意を払う必要があると、改めて感じた。
今日は本当に恐ろしい1日だった。
あんな怖い思いは、二度としたくない。
しかしながら、今回、
たまたま僕がネパールに来る日程を変更し、
たまたまダイスケさんもネパールに来ており、
たまたまあの宿を予約していた。
そして
たまたま事故に遭ったのがダイスケさんで、
たまたま宿のスタッフが僕を呼びに来て、
たまたま一命を取りとめた。
まったく、奇跡的な出来事だ。
もし、あと10分早く起きて、5階のシャワー室にダイスケさんよりも先に僕が入っていたら、きっと倒れていたのは自分だったろう。
また、もし4階のシャワー室の電気がたまたま点灯し、ドアを閉めたままシャワーをしていたら、
室内にガスが充満し、この場合も危なかったかもしれない。
そう考えると本当に恐ろしくなる。
ゾーッとするとはこのことだ。
ガスの扱いには充分に気をつける。ヘンな匂いがしたら、スグにその場を離れるようにする。
当たり前のことだが、それを骨身に沁みて感じた一件だった。
その後、野戦病院のようにベッドがたくさん並べられた部屋に移されたダイスケさんは3時間ほど眠り続け、僕はそばに椅子を持ってきて、今回のことを反芻しながらダイスケさんを見守り続けた。
明日には、だいぶ自由に動けるようだ。
よし、観光再開だ!
2010年2月15日
「絶対に死なせない。その①」はこちら
http://s.ameblo.jp/eatrip/entry-12060994272.html?frm_id=v.jpameblo
「絶対に死なせない。その②」はこちら
http://s.ameblo.jp/eatrip/entry-12061288284.html?frm_id=v.jpameblo
自分の目の前で、友人が命を終えようとしている。思いがけない事故で、本人は決して死ぬことなど望んではいない。
僕がなんとかしなくてはいけない。
宿のスタッフの中の1人が、僕の友人ダイスケさんを指差しながら、「胸を押せ!」と言い、僕は両手でダイスケさんの胸を押しながら、ダイスケさんの名前を呼び、同時に頬も叩き続けた。
人がこうやって倒れたとき、胸を押す方法が果たしてこれで合っているのかなんて、分からなかった。
中学生のときに保健体育で一度習ったような気がするが、あのときはクラスメイトとケラケラ笑うばっかりで何も覚えようとなんてしてなかった。
まさかこんな形で、いきなり抜き打ちテストがあるなんて。…いや、これはテストなんかじゃなく、いきなりの本番だ。
やり方が合っていないと逆効果な気もするが、とにかく今はやれることをするしかない。
数分か、それとも数秒か経過したのち、宿のスタッフの別の1人が、「病院へ連れて行く。下まで運ぼう!」と言った。
僕らは皆でダイスケさんに服を着せ、となりの部屋から持ってきた担架代わりの布団の上にダイスケさんを乗せ、男四人でそれぞれ布団の端を持ち、5階から1階まで階段で降ろした(安宿なので、エレベーターなんか無いのだ)。
もちろん、その間も名前を叫び続けた。
「ダイスケさん、起きて!ダイスケさん、目ェ開けて!!ダイスケさん、ダイスケさん・・・」
怖かった。
あんな怖いことは無かった。
不安で、心配で、混乱して・・・。
しかし、やれることをやるしか無かった。
宿の玄関まで下ろし、ダイスケさんを車の後部座席になんとか乗せ、僕は助手席に座るよう促された。
後部座席にはダイスケさんの横に宿のスタッフも乗り込んでくれたが、病院へ状況説明をする人手の為か、僕が座っているのに、助手席に更にもう1人乗り込んできた。
四人乗りの車に五人が乗る時、後ろに三人ならまだしも、助手席のこんな狭いとこに2人で座るのは初めてだ。さすがネパールだ。日本の常識なんか、ここではなんの意味も無い。
車は病院に向けて急発進したものの、朝の通勤ラッシュで道は大渋滞しており、なかなか前に進まない。
ただ急ぎたいだけじゃないんだ、こっちは命がかかってんだよ・・・!!
そう思うも、車の列が消えて無くなる訳ではない。
それでも、助手席の僕の横に乗り込んできた宿のスタッフは前の車に「オイ早く行けよ!!」のような事をしきりに大声で叫んでいる。ネパールの言葉が僕には分からないのが残念だ。
とにかく、宿のスタッフも、他人とはいえ”ダイスケさんを助けたい”、という気持ちがすごく伝わってきた。
僕は上半身だけを後部座席にひねり、ここでもダイスケさんの胸をパンチし、頬を手のひらで叩き、名前を呼び続けた。
ふと自分の腕が叩き疲れている事や声が枯れ始めたのに気がついたが、そんな事どうだっていい。
そんなことに気がつく暇があれば、一回でも多く名前を呼べるはずだ。
今はダイスケさんの意識が戻ればいい。
それしか考えていなかった。
そのうち、彼の胸を押すたびに、肺から空気が押し出されてダイスケさんの口から声にならない呻き声のようなものが漏れてきた。
声のようなものが出るということは、少なくとも喉や口が機能しているという事だ。
つまり、まだ生きている。
この呻き声が出ているうちは、まだチャンスはある!
車に乗って何分経ったか分からない。
とにかく、しばらく経ったのち、ようやくダイスケさんの目が動き、ぼんやりとこっちに向いた!!
だが、すかさず僕のことを理解させようとするも、すぐに目を閉じてしまう。
ここで目を閉じ、眠ってしまうと、もう二度と起きないような気がする。
僕はより一層、声と腕に力を込めた。
「ダイスケさん、寝ちゃダメです!起きて!!そう、起きて下さい、目を開けて。コラ!寝ちゃダメだ!!ダイスケ!!!」
ダイスケさんの横に座っている宿のスタッフも、
最初は自分が何をしたらいいか狼狽していたようだが、そのうち僕と一緒に「ダイスケサン!!ダイスケサン!!」と声を掛けてくれた。
目が開き、閉じる・・・。
目が開き、閉じる・・・。
そのうち、ダイスケさんの口から、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
頭は朦朧としているみたいだが、目の前にいる人間が誰か分かり、それを声に出す事ができるという事だ!!いいぞ。
僕は指を1本立てた。「ダイスケさん、これ何本か分かりますか?」
「・・・・」
「この指、何本ですか!?」
「・・・ワン・・・」
「そうです!一本ですね!!(指を2本にして)じゃあこれは?」
「に・・・」
「これは・・・?」
「さん・・・」
「そうです、すごいじゃないですか!そのまま、そのまま起きてて下さいね」
良かった、この調子で病院まで早く着いてくれれば大丈夫そうだ。
だが、途中、「あれ…?ここはどこだ?」とか
「俺は、シャワーして、服を着て、ガスが出ないから、お前に、それを伝えに行ったんだ…」とか
言っており、なんだか混乱した様子だ。
ようやく病院らしき場所に車が滑り込んだが、ここは、普段はまず使われない公民館のようにみすぼらしい建物に見えた。そこに人が溢れかえっている。
ここはなんなのだ?
病院なのか??
その④に続く。
2010年2月15日
(前回ブログ「絶対に死なせない。その①」はこちら)
http://s.ameblo.jp/eatrip/entry-12060994272.html?frm_id=v.jpameblo
昨日の夕刻、ネパールのカトマンズに着いた。
初めて訪れた国で、しかもまだ着いたばかりで宿泊している安宿周辺のことすらよく分かっていないのに、早くも、事件が起きた。
実は今朝、友人が僕の目の前で死の淵を彷徨ったのだ。
まず、僕の友人であるダイスケさんの話から伝えたいと思う。
ダイスケさんとは、10年前に一緒にチベットに行き、そこで1ヶ月を共に過ごした友人である。
僕よりも3つ年上で、背が高く、おとなしくて、おおらかで、いつだって感情を荒立てない、滅多にお目に掛かる事の無い程の優しい人間だ。
旅が終わってからも、年に1,2回は会い、そのたびに毎回なんだか癒されてしまう、僕にとってはたまに会う兄のような存在。
普段はインドのリシケシでヨガの勉強をしているのだが、先日連絡を取ったら、僕がカトマンズに到着する日(つまり昨日です)に、たまたまネパールに滞在しているということで、なんと空港まで迎えに来てくれた上、しかも飛行機が遅れたのにも関わらず、何もない小さな空港で5時間も待っていてくれた。
さらに驚くべき事に、ダイスケさんがカトマンズで滞在している安宿に僕が泊まるための部屋も手配しておいてくれ、再会を祝したあと、明朝”8時半”に起きる約束をして、昨晩は寝ることにした。
そして今朝、事件が起きたのだ。
8時前に目が覚めた僕は、そろそろシャワーを浴びないと約束の”8時半”に遅れてしまうと思い、常にホットシャワーが出るシャワールームに向かった。
インフラの整っていないネパールで常時ホットシャワーを使える所は少ない。
しかし、昨晩ダイスケさんが教えてくれた通り、この宿はプロパンガス(ガスボンベ)により常にホットシャワーを使えるのだ。
僕は自分の部屋がある5階のシャワー室に行ったが、すでに誰かが今使っているらしく、仕方なく4階のシャワー室に行った。
4階も5階同様、ホットシャワーが使えるが、なぜかシャワー室の電気がつかず真っ暗闇の状態だったので、僕はシャワー室のドアを少し開け、廊下に洩れた日光を取り入れながら浴びていた。
ドアが開いているせいで冷気が入ってきて寒いのと、僕の後からシャワー室に来た白人男性に「早く出ろ」と急かされたので、すぐに出た。
部屋に戻り、ダイスケさんとの約束の時間まで一服していると、突然ドアを激しく叩く音が聞こえた。
ドアを開けると、宿のスタッフが慌てた様子で
「お前の友人はどこにいるんだ」と言う。
友人?
ああ、ダイスケさんのことだな。
「さあ、まだ寝てるんじゃないの?」と伝えると、「ちょっとこっちへ来い」と言う。
そして、僕を5階のシャワー室前に連れて行く。
確か、シャワー室はいま誰かが使っているはずだ。しかし、そこには5,6人も宿のスタッフが集まっていた。
シャワー室の窓の隙間を指差し、彼は言った。
「あれは、お前の友人じゃないのか」
?どういう事だ?
宿のスタッフの1人が、長い棒のような物をシャワー室の窓の隙間に突っ込み、その棒で、シャワー室の中にある”何か”を突いているようだ。
何やってんだろう??
そう考えた直後、妙に恐ろしい予感がして、
僕は窓の隙間からシャワー室の中を覗き込んだ。
しかし、室内は真っ暗で良く見えない。
僕はジーンズに付けていた小型ライトで室内を照らした。
…黒髪の男が、裸で床に横になっている…
中で人が倒れてる!!?
何故?
水で滑ったのか?
それとも他の理由?
それより・・・
あの髪の色、あの体格・・・
まさか・・・
室内に入らなくちゃ!
ドアを引くが、鍵が掛かっている。
スタッフに承諾を取り、僕は木製のドアを蹴やぶった。
僕はその倒れている男に駆け寄り、彼をダイスケさんだと判断した直後、名前を呼びかけた。
「ダイスケさん!?」
ダイスケさんは両目を開いているだけで、
一点を見つめたまま、ぴくりとも動かない。
なんかやばい。
やばい感じがする。
生気が、感じられない。
ちょっと待てよ・・・!
昨日空港に迎えに来て、一緒に日本のメシ食ったじゃん。
今日も一緒に出かけるって、約束したばっかりじゃん。
なんでこんなことになってんだよ・・・!!
僕はダイスケさんの頬を何度も叩きながら、彼の名前を大声で叫び続けた。
少し開けた口も、曲げた両腕も、硬直している。
気がつくと、宿のスタッフも全員室内に入ってきて、僕を取り囲んでいる。
俺が、なんとかしなければ。
その③に続く。





























