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一歩、世界に近づくブログ

どんな国へも、まずは興味から!

言葉や食べ物やその他の文化など、
自分が直接触れた「面白い!」と思った
”外国に関わること”を、力を抜いて書いていきます。

1記事あたり、約2分で読めます!

↓サイドバーから、気になる国をご覧ください!


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世界一の美食の街、サン・セバスチャンからバスでパンプローナに戻り、ターミナルでイイダさんとイマニシさんのお二人と別れた。

ほんの数日過ごしただけだが、この2人のおじいちゃんとは貴重な友人になれたと思う。 

僕らの2倍ほども人生やっているのに威張ったり説教したりなどは全く無く、何かを伝えようとするときは笑いながら諭す、そんな感じなのだ。

イマニシさんは長いカナダ生活で培われた英語力とコミュニケーション力で、あちこちで色んな国の人に話し掛け、笑いを取り、すぐに友達を作ってしまう。
イイダさんは専門だったという中世史や、深い建築史(特にゴシック建築)の知識が豊富で、教会巡りを一緒にすると、非常にためになった。

そしてなによりパワフルで、歩く速度なんか僕らより速いんだから、まったく敵わない。

この2人はそれぞれ1人で巡礼しに来ているのだが、ここ数日一緒に歩くうちに完全に戦友みたくなっており、よく一緒にふざけ合っている。

ちなみに2人とも口を揃えて言っていた。
「俺を快く送り出してくれて、カミさんや、子供たちに、ホント感謝してるよ。だからこそ、無事に帰らなきゃいけないよ(笑)」

いつか、彼らがそれぞれ住む函館とカナダに会いに行くのが楽しみだ。
2人とも大きな自家菜園で野菜を育て、ワインも作っているという。そこで一杯やりながら今回の思い出話なんて最高だろうな。


もしバックパックを背負ってなければ飛ばされるのではと思うほどの強風の中、5キロほど歩き、次の町シスール・メノールに着いた。

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↑アルベルゲ向かいの教会

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↑強風が吹いた昼間(上)と夜8時(下)

ここは、丘の上の閑静な高級住宅街みたいな町だ。


トロント出身のカナダ人であるというアルベルゲ(巡礼者用の宿)の管理人は、いま2週間だけボランティアでここの管理人をしているだけで、本来は建築技師だという。アルベルゲのスタッフにはこうした人もいるんだと実感。

5年前に旅行でトロントに行ったんですよ、と伝えると、「そうかい!トロントに。僕は実はもともとはオランダ出身なんだけど、遠い昔にカナダに移住したんだ。トロントは素敵な街だよ」と言っていた。

そしてこのアルベルゲ(巡礼者用の宿)、なんと5ユーロという驚きの安さ。1泊700円前後なんて、東南アジア並みだ。朝食も付いており、キッチンには自由に使っていいパスタまで置いてある。(ただ、次の巡礼者のために小銭を寄附する)

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どこのアルベルゲもそうだが、毛布は無く、ベッドの上で自分の寝袋で寝る必要があるが、それも次第に慣れてきた。

晩飯はキッチンでパスタを作って食べた。
他の巡礼者がアロス(お米)とパンを分けてくれたので、こちらは生ハムをシェアした。
東京のシェアハウスを思い出して少々懐かしくなった。

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↑ネコたちにもパンくずをシェア。


明日はまた峠を越え、プエンテ・ラ・レイナという美しい町を目指します。

本日
サン・セバスチャン~パンプローナ~シスール・メノール


続く。
巡礼路の道すがら出逢った2人の日本人、イイダさんとイマニシさん。どちらも「おじいちゃん」にあたる年齢なのだが、こんな巡礼をしているくらいなので、若々しい。

彼らとは巡礼中よく顔を合わせるので仲良くなり、今日は一旦、4人で巡礼路を少し外れて港町サン・セバスチャンに1時間半バスに揺られ、行ってみることになった。

この街にはもともと特に寄る予定は無かった。だって、僕は巡礼をしに来たのだ。

しかし、前述のイイダさんが「僕はね、なんとしてでも、どんな手を使ってでも、今回サン・セバスチャンに寄りたいんです。あの街のバル街は以前から非常に憧れでね。」と目をキラキラさせるし、僕の妻も「サン・セバスチャンは、世界一の美食の街って言われてるの。ミシュランの三ツ星レストランが世界に8軒しかないうち、3軒があの街にあるから。しかも、タパスの発祥の地なんだよ!ミシュランのレストランは行かないけど、そんな街、食べるのが好きな人にとっては気になるでしょ」なんて言ってくる。

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…ぬうう。反対しづらい。というか、行きたくなってきた。イマニシさんも「面白そうですねぇ。行っちゃいましょうか!」と乗り気だったので、朝から向かうことになったのだ。


サン・セバスチャンのあるスペインのバスク地方は、スペインであってスペインでない。暮らしているのがバスク人と呼ばれる人たちで、彼らは自分たちの民族に誇りを持っている。

町を歩いていても、正直な話、スペインの国旗よりもバスクの州旗(?)の方がよく見かける。

そして、今夜はサン・セバスチャンで泊まるので、ユースホステルの受付スタッフと話していたら、こう教わった。

「夜、飲みに行くなら、このエリアがいいわ。そして、ここバスク地方では、みんなが呼ぶ「タパス」のことを「タパス」ではなく、「ピンチョス」と言うの。
…あなたたちは日本人?日本語でグラシアス(スペイン語で「ありがとう」のこと)はなんて言うの?あぁ、「アリガトウ」?
ちなみに、バスク語ではありがとうを、「エスクリカスコ」って言うのよ。」

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↑スタッフにもらった言葉の対比表。
左からバスク語、スペイン語、カタルーニャ語、ガリシア語でそれぞれの単語が書いてある。

このユースホステルの彼女もきっとバスク人なのだろう。熱を込めて説明してくれた。僕は「エスクリカスコ!」と言ってその場を去った。


街に再び出てからは、頂上にキリスト像が立つ12世紀の城塞跡に登り、この寒い中、海岸で泳ぐ人たちやボート群を見下ろした。景色がとても良い。

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城塞も雰囲気が出ていた。いつもこうした堅固な城塞や城を観るたびに思うのは、戦争のために心血を注いでこうした城を造り、それとは反対の用途でまた心血を注いで聖堂を建てる…ならば最初から戦争をしない方法は考えなかったのか?ということ。

もちろん様々な理由があるし、そういう時代だったと言われればそれまでなのだが、近現代になるまで随分と長い時間が掛かったもんだなぁと、つくづく考えてしまう。

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夜になり、皆が待望だったこのサン・セバスチャンのバーを3軒もハシゴした。

1軒目『オケンド』
壁にはスターの写真がいっぱい。かなり広い店なのに、チャキチャキ動くカウンターのバーテンダーが料理作り以外を全て1人でこなしている。ピンチョスをサーブし、常連と話し、シェイカーを降ってカクテルを注ぎ、会計を済ませ、僕ら外国人のケアをして、それでいて涼しい顔をしている。カッコいい。
店を出るとき「エスクリカスコ(バスク語のありがとう)!」と言うと満面の笑み。

2軒目『ベルガラ』
ピンチョス発祥の店。19時オープンと同時にすぐに満席、立ち飲み客もわさわさ。パイオニアとしての誇りか、開店同時にカウンターに並べられたピンチョスの品数と見た目、そして味は他店の群を抜いていた。8種類のピンチョスを食べてみたが、いやホント、このためだけにスペインに来る価値あるほど素晴らしい。

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3軒目『ガンバラ』
酔って気持ちの良くなったイイダさんの希望により、「あとビール一杯だけ」の約束で入店。この店はお客の数と熱気が最大だった。押すな押すなの大騒ぎで、カウンターのピンチョスが瞬く間に消えていく。内装も素敵。
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ユースホステルに帰ると、スペインのムルシア出身の大男が話し掛けてきた。「俺は、フジモリ…あ、フジヤマか、あれにいつか登ってみたいんだ。アフリカのキリマンジャロならここから近いけど、日本は遠いから、いつになるやら(笑)」とのこと。
フジヤマの偉大さに改めて驚いた。

明日は再びパンプローナに戻ります。
バスクの皆さん、エスクリカスコ!

続く。
昨日もいつも通り22時前には寝た。
巡礼者は朝が早いので、その分、夜も早いのだ。

少し寝足りないな~と思って枕元の腕時計を見ると、なんとまだ夜中の1時
寝ぼけるのもたいがいにしろ、と心の中で自分に呟き、再度よ~く腕時計を見るも、やはり針は1時を指している。

全然寝てないじゃないか。これじゃ、さすがに疲れが取れない。すぐにでもまた寝ないと。

そう思ったとたん、僕の下のベッドに寝ている韓国人が大イビキをかき始めた。
しかも、なぜかカエルが鳴いているような、「ゲコゲコ」という声を出してイビキをかくのだ。

…寝れない。

人のイビキで我が眠りが取れないなんて、バカバカしい。何か手は…

そうだ!耳栓‼︎
百円ショップで買った耳栓がある!紐で両耳の耳栓同士が繋がってるやつ!
よし、あった、これだ。これを両耳に挿して…

あぁ、紐の結び目がほどけない!
えーい、これをこうして、こうすれば。
よし、これで大丈夫。

…目が冴えてしまった。
やばい、こんな事してる間に2時になってしまう。

結局なんとか再度寝て、起きたのは5時
もうその時間には皆が準備でガサゴソやりだすので、起きるしかない。

今日は朝食抜きで出発。
途中の町、ララソアーニャで軽く食べよう。

…と思っていたのに、いざララソアーニャに着いたら、どの店もセラード(閉まってる)。
僕らだけでなく、他の巡礼者たちも休憩したかったらしく、「もう次の町まで歩くしかない。あと2.5時間歩こうぜ…」という事になった。

途中の村、イララッツとエスキロッツの間にある教会でクレデンシャル(巡礼手帳)に証拠のスタンプを押して貰った際、係の男性が、僕のクレデンシャルに最初から押してある東京のカテドラルのスタンプを見て、こう言った。

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「日本にも、こんな美しいカテドラルがあるのか…素晴らしい…」
他の巡礼者にも、ホラ、と言って見せている。

このスタンプの“東京カテドラル 聖マリア大聖堂”は、確かにその建築デザインが有名で、近くを通った人が驚くような建物だ。たしか文京区にあるので、興味ある方は行ってみると面白いと思います。

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野を越え山を越えて、1時過ぎに大都会パンプローナに到着。バルセロナやマドリッドほどではないけれど、この巡礼路の中では、かなり大きい方だ。

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牛追い祭りや闘牛場だけでなく、ここも文豪ヘミングウェイの足跡で有名で、彼が通ったカフェが広場に面して今も存在している。

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アルベルゲ到着後、洗濯を終え、その店「カフェ イルーニャ」のタパスで空腹を満たした。100年以上の歴史ある店内は柱が特徴的で美しく、店員も誇らしげだ。

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また、この街のカテドラルはミュージアムも兼ねていて、かなり見応えがあった。

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巡礼3日目を終え、身体中がバキバキに痛い。特に両肩、太腿、右アキレス腱。

まだまだ前に進むため、身体を労わりながら、スペイン語の勉強も並行して頑張りたいと思います。

続く。

「アーレルヤー♫アレェーールヤアー♫」

朝から、大声で歌いだしているヤツがいる。

この早朝に、いったい、いま何時だと思ってるんだ、うるさいヤツだな。

このロンセスバージェスのアルベルゲ(巡礼者用の宿)は巨大な施設で、200人以上の巡礼者が泊まっている。だから、1人くらいヘンなヤツがいてもおかしくはない。

ちょうど、こちらに歌声が近づいて来る。
歌ってる奴の顔を見てやれ。

そうして、近づいて来た男の顔を見て驚いた。

なんと、このアルベルゲのスタッフのオジさんじゃないか!

しかも、その後ろには更に2人のアルベルゲスタッフ。計3人でアレルヤを歌いながら歩いている。つまり、彼らは僕ら巡礼者を起こして周ってるのだ。

その意図が分かって皆で苦笑しながら眼をこすっていると、「アレェ~ルヤー♫ボンジュール、ボンジョールノ、グーテンターク♫」と各国語で挨拶しだし、更におちゃらけ出した。

もう皆、完全に目を覚まし、各々、自分の寝袋をたたみながら、「アレェ~ルヤア~♫ププッ‼︎(笑)」とスタッフのマネをしながら笑っている。


今は朝の6時半、もう支度が出来た人から各自出発している。

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↑今日の目的地はZubiri(スビリ)


僕ら夫婦も支度をしてから、自販機でイカ墨のピラフを購入し朝食。4.2ユーロ。2人でこれなら高くはないだろう。そうしたら、なんとお釣りが多く出てきた!ラッキー!

それから、今日の山道の途中で食べる用にとチョコバーも自販機で買うと、1個しか買ってないのに2個出てきた!ついてるな…!


今いるこのロンセスバージェスという町は、スペイン人の巡礼者のスタート地点。昨日のピレネー山脈の山越えの途中で、既にフランスからスペインに入国しているのだ。

この町のロンセスバージェスという名前は、ローランという名前の騎士から付けられており、そのローランが仕えていたのが、カール大帝。

確か、カール大帝はトランプの「キング」のモデルになっている人の1人だ。
ローランという武将がもし居なかったら、カール大帝はトランプのモデルになるほどまで有名になっていただろうか?それは誰にも分からないが、まあ、ロンセスバージェスはそんなロマンのある町だという事だ。


今日の目標となる町、スビリまでは約21㎞。
山あり峠ありだが、はっきり言って“昨日よりはマシ”。

巡礼初日に訪れる「ピレネー越え」という洗礼を乗り越えた身にとっては、今日は道としてはラクとすら言える。昨日の疲れが残っているから少々辛いだけだ。

実は昨日、左足を庇いながら歩いていたせいで、負担がかかった右足のアキレス腱がひどく痛むが、歩いているうちにその痛みにも慣れてくる。

途中で経由した町、ブルゲーテはあの文豪ヘミングウェイが鱒釣りのために長期滞在した事で知られている。その作品だけでなく、面白いエピソードも多く残すヘミングウェイ、ここにもその足跡があったなんて知らなかった。

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↑ブルゲーテの町。時間が早いので誰もいない

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その後クタクタになって飛び込んだ小さなバルで食べたトルティージャ(卵、じゃがいも、チーズたっぷりのオムレツ)とビールは最高だった。「一杯のビールは巡礼のエナジーになる」まったくこれは言えている。

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リンソアインという村のあたりで、他の巡礼者に話し掛けられた。
「あなたたち、韓国人?…あぁ、日本人なの。それで、カトリックなの?」
カトリックではなく、この道に単純に興味があって歩いているんです、と答えた。

そうなのだ、この道はカトリック信者が大多数を占めるが、他宗教でも無宗教でも歩くことが許されている。まぁ、この話はまた後日に書こう。


スビリに着いたのは午後1時過ぎ。

今日のアルベルゲは1人8ユーロという安さに加え、Wi-Fiが使えるらしい。
しかし、何回やってもつながらない。
若いスタッフに聴いても「きっと今このアルベルゲで皆が使ってるから混線してるんだろ」の一点張り。

しかし、あちこちで巡礼者同士が「ねぇねぇ、Wi-Fiって使えてる?」とか「パスワードってこれで合ってるかい?」なんて会話をしてるので、恐らく誰も使えてないんだろう。

近くのバルにWi-Fiを使いに行ったがうまくいかない。スペインでは当たり前の事なのか?

結局、フランスから5回に分けて6日ずつ巡礼しに来てる5人組や、アメリカ人のパトリシアとコリン、ドイツ人のマークらと皆で飲んだ。
特に、フランス人グループの中には、左腕が無いおじさんもいた。歩くだけでかなり大変なこの道、片手でまわってるなんて凄すぎる。しかもかなり陽気だし。

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↑アメリカ人とドイツ人の巡礼者。

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↑ビールサーバー。生ビールが安い!200円くらい。


本当にいろんな人が歩いていて面白い。
本日はスビリ泊、明日は牛追い祭りで有名な大都会、パンプローナまで歩きます。

続く。

巡礼初日の今日、朝食は6:30からと聞いていたのだが、6:40にアルベルゲ(巡礼者用の宿)の食堂に行ったら、もうパンのひとかけらも無かった。

すでに他の巡礼者たちが食べ尽くし、出発してしまったようだ。コーヒーすらもなく、ティーパックの紅茶だけをすすり、アルベルゲを後にした。

前回のブログに書いた通り、今日は初日でありながらこの巡礼路での難関、ピレネー山脈越えが待ち受けている。

さらに朝から一日中雨の予報だが、もうここまでら来たら、行くしかない。

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↑霧の中から現れる白い馬。幻想的だ。


今日の道沿いにある水場は、所要7時間で2箇所のみ。この雨を水分に代わりに出来ればいいんだけど…まぁ仕方ない。

9:40分、通過地点のオリソンに到着。

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山道で雨にずぶ濡れにされ、身体が冷え切っている。ここにはアルベルゲ兼小さなバルがあり、野菜スープを頼んだ。温かさが染み渡る…。これを飲んでなかったら風邪をひいていたかもしれない。

「オリソンは宿泊すると、朝に観える景色が最高ですよ」事前に日本サンティアゴ協会の方からそう聞いていたので泊まりたかったが、あいにく満室。先を急ぐしかない。


今日歩く27㎞の道のりは長い。
妻と歩いたり、1人で歩いたりを繰り返しながら進む。

途中なぜか、藤井隆の「ホット!ホット‼︎」というギャグの話になった。
しかし彼女は、それを知らないらしい。
マジかよ、このギャグで彼は有名になったのではなかったか?

しょーもない話は他にもある。
スペイン語で「やあ!」という言葉は「オラ!」と言うのだが、それであれば、あのドラゴンボールの「オッス!オラ悟空!」はオッスを2回言っていることになる、など…

まったくしょーもないが、しょーもない話はひとときの間、疲れを忘れさせてくれるのだ。大目にみてよ。

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↑馬だけでなく、豚も現れる。 

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↑馬と豚だけでなく、牛も現れる。

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↑雨の中、巡礼者にホットチョコレートやチーズを販売してくれるお助け車。


他の巡礼者たちとも励ましあってなんとかピレネーを越え、ようやく下り。
下りはラクだと思っていたら大間違いで、長く、大変だった。

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↑ゴール、サンティアゴ・デ・コンポステーラまで765㎞。

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↑フランスからスペイン ナバーラ州に入りました。


特に、最も道を間違える恐れのある山道に差し掛かったときに最高潮の土砂降りに見舞われ、思わず「なるほど、そうですか、このタイミングでこの雨が来ましたか」と呟いてしまったほどだ。


「ロンセスバージェス」の町の看板を目にしたときはようやく解放された気になった。

今夜のアルベルゲ(巡礼者用の宿)の宿泊手続きをしてから、この巡礼路に犬連れで参加しているスイス人の女の子と話し、その後、日本人のイイダさん(72歳)とイマニシさん(64歳)、ドイツ人のアントンさん(50歳)、韓国人のキョンヒさん(41歳)と計6人で今日の祝杯をあげた。

アントンは少し遅れて参加したため、彼が飲んでいる時には皆のグラスはカラになっており、「あぁ、皆のグラスがカラになっているのに今気が付いた!申し訳ない、俺の国ではこういう時ビールを注ぐものなんだが…」と困惑していたが、「日本でも韓国でもそうだから気にしないで!笑」と言うとホッとしていた。

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↑ロンセスバージェスの教会で、巡礼者用のミサに参加。信者でなくてもOK。


初日を終え、気が付いたのは、国籍や言葉は違えど、この巡礼に参加している巡礼者に共通しているのは「サンティアゴ・デ・コンポステーラまで歩く」ということ。
言わば同士で、歩くペースや目的は様々だけど仲間なんだ。こういうことって、これまで無かったから非常に新鮮だ。

明日から2日目が始まる。

本日サン・ジャン・ピエ・ド・ポー~ロンセスバージェス 27㎞

続く。
いよいよ今日から、本格的な巡礼路がスタートする。

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中世から数々の巡礼者が歩いた、歴史ある道を、この僕も歩き出すのだ。

ひとまずゴールはスペインの西の端、サンティアゴ・デ・コンポステーラ。厳密にはその先にも少し道は続き、総距離は約1000㎞ある。

スタートの町、ここサン・ジャン・ピエ・ド・ポーから次の目的地となる町ロンセスバージェスまで、今日中に歩き切らないといけない。 

何故なら、この道はピレネー山脈を越える道で、山ゆえに途中に泊まれる施設が無いからだ。この山越え、途中で諦めたらそこで試合終了どころではなく、人生が終了してしまう過酷な道だ。

歩く距離は約26㎞、それも山の中。
しかも、約8㎏の荷物を背負って。
想像するだけでもハードだ。

それもそのはず、ここからゴールまでの道の中で、最初の難関がこのピレネー越えの山道なのだ。毎年遭難者も出ているとあって、人によっては最大の難所だと言う人もいる。

初日に最大の難所って…

更に、追い討ちをかけるようなニュースを耳にした。
なんと今日は1日、ずっと雨が降るらしい。
雨だけでなく、サンダーストームもだと。

一瞬、出発日を1日ずらすか…?
なんて考えが頭をよぎったものの、初日からそんなことしたくないし、ここで雨から逃げても、きっとまたいつか、別の道で雨に降られる。

であれば、最大の難所で雨を攻略しておけばこの先ラクじゃないか、とも考えられる。

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出発前日のサン・ジャン・ピエ・ド・ポー。小さく、とても美しい町です。

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↑世界中からペレグリーノ(巡礼者)が集まってきます。

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↑ゴール(サンティアゴ)までの道のり。今は一番右。

今日これから歩くこの道は、かつてあのナポレオンも通った道だということで、「ナポレオンルート」とも呼ばれている。

僕はナポレオンという偉人が好きだ。
彼に笑われないように、今日、ここから一歩ずつ、歩き出してやろうじゃないか。

続く。

ルルドの大聖堂を見学し終わり、あまりにも空腹だったので川を挟んだ対岸の木陰のベンチに座ってポテトチップスを食べていたら、僕らが食べ終わるのを見計らったように老夫婦から話し掛けられた。

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「フランス語は話せますかな?」
「ほんの少しなら」
「どこからいらっしゃった?…え、日本?ナリタから飛行機で飛んで来たのですか?」
「そうです、飛行機でここまで来ました」
「あなたがたはカトリックなのかな?」
「いえ、そういう訳ではないのですが、まあ、観光です」
「観光でいらしたか。日本の宗教は何だったろうか、えーと…」

すると少し離れた別のベンチから「仏教よ」
と年配の女性が老夫婦に助け船を出した。

「…あぁそうそう、仏教だった。あのダライ・ラマが有名な宗教じゃな」
「ええ、ダライ・ラマは有名ですね」

「そう言えば、ときにフクシマの地震はどうなった?あれはもう大丈夫なのかい?」
「まだ全回復はしてませんが、少しずつですね」
「そうか、あれは大変だった。今回フランスはルルド以外にどこか周るのかい?」
「パリ、トゥールーズ、これからバイヨンヌ、そしてサンジャックの道を通って、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまで行く予定です」
「あそこは綺麗なところだ。わしらはボルドーから来た。いや、フランスにようこそ。わしらはあんた方が楽しんでくれるのを期待しておるよ。話せて良かった。それではさようなら」

今回こちらに来て、こんなにもフランスの人と話したのは初めてで、しかも日本に興味を持ってくれているようで、非常に嬉しかった。

日本人でボルドーを知っている人はワイン通ならいそうだが、フランス人でフクシマを知っているとは驚いた。それだけ、あれは世界中から注目を集めた災害だったのだろう。


二人を見送ったあと、途中で老夫婦に助け船を出していた年配の女性に「メルシーボークー(ありがとうございます)」と伝えたら、
「あら、私はドイツ人よ笑」と苦笑されてしまった。

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それにしても、この場所は景色が美しい。
ヨーロッパには「絵になる景色」が山ほどあるけれど、ここはもはや「絵のような景色」だ。

前回のブログに書いたとおり、大聖堂の下には泉があり、そこから湧いた水は誰でも好きなだけ汲んでいいらしい。
世界中からのカトリック信者や観光客が、水を大切そうに様々な容器に入れている。

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↑岩肌にも水が滲み出て来ており、車椅子の方も触って霊験を感じている。

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↑水汲み場では皆必死です。


その後、日本の友人に手紙を出した。
宛先は、先日まで書いていた世界一周ブログのトルコ編に登場した、Nさん夫婦だ。
彼らはキリスト教徒なので、ぜひこの地を教えてあげたいと思ったのだ。

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そして夕方ルルドからバイヨンヌ行きの列車に乗り、その翌日、この巡礼路のスタート地点である町、サン・ジャン・ピエ・ド・ポーに到着した。いよいよ、スタートだ。

続く。
昨夜この町に到着してすぐ感じた、このルルドという町の“静か過ぎる”という感覚…。

それは若者が夜遊んでいるような場所ではないからだと今朝になって分かった。

車椅子や杖をついた人など、年配の人が特に多く訪れる町なのだ。

この町は、昔ベルナディットというある貧しい少女の前にマリアが現れたとされる地である。

ベルナディットがマリアに教えられた泉は奇跡の泉だったということで、その泉の上に巨大な聖堂が建てられ、一帯は聖地とされ、「ルルドの泉」という名と共に世界中に知られている。

今回の巡礼路に関連するカトリックの名所ということで僕らもこの町に立ち寄ったわけで、実際に聖堂に行ってみた。
起床時は土砂降りの雨だったのが、宿を出る時には嘘のように晴れ渡っていた。

正直な感想を述べると、聖地の中心であるその聖堂の雰囲気たるや、ものすごいものだった。

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日本で言うところの伊勢神宮や出雲大社のような場所であり、自分に霊感などがあるかどうかは知らないが、近づくにつれ、何故か頭がクラクラしてきてしまう程だった。

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あのローマ内にあるバチカンのような雰囲気とは異なり、「白さ」を全面に感じる。
それは聖堂の色そのものだけでなく、漂う空気感までがそう感じるのだ。


女性向けの聖地とでも言い換えられるだろうか。通常はキリストが描かれる場所にマリアが描かれ、鎮座している。

再奥に描かれた巨大なマリアの絵は、よく目にする慈愛に満ちたそれではなく、女性たちに自立を促すような力を持った視線が感じられた。

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2~3時間かけて見学し、外のベンチに座っているとき、フランス人の老夫婦に次のように話し掛けられた。

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続く。








聖地ルルドの話の前に、このルルドという街にたどり着く前から書いておこうと思う。

一度行ってみたかったピレネー山脈の山あいにある小国、「アンドラ公国」に訪れたのち(ここの話はまた別の機会で)、そこから、フランスの街トゥールーズまでのバスが到着したのは18:45だった。

本来ならバスは18時半前には到着の予定だったのだが、乗り合わせたバスの乗客の都合で数分トイレ休憩が生じ、まぁそれだけが理由ではないにせよ、とにかく遅れての到着だった。

今日中にこのトゥールーズからルルドまで移動しておきたい。所要時間は約2時間半。

次のルルド行きの列車は19:38発。
列車の出発までもう1時間を切っているが、すぐに窓口で切符を買えば、まだ充分間に合う時間だ。

そして窓口に来てみて驚いた。

番号札を引いて表示板に自分の番号が呼ばれるまで待つシステムなのだが、なんと52人待ち。

こんなのに待ってたら19:38発に間に合う訳がないと、自動券売機をいじってみるも、なんだかよく分からない。そもそも自動券売機でコトが済むのなら、こんなに多くのお客が待つのも変だ。
窓口で直接買ったほうが確実だ。

あまりの待ち人数の多さに諦め番号を放棄してここには既に居ないお客もいるだろうが、それにしてもこの人数、どうなんだろう…。

…仕方ない。
ここはじっと待つしかない。


待ちながらこのメモを書いている今、19:24。
列車の出発まで、残りあと14分。
まだ窓口に呼ばれていないお客、あと8名。

いつ呼ばれてもいいように、一応、メモ帳に行き先と列車番号と出発到着時間を書いておいた。
拙いフランス語で口頭で伝えても基本は通じるが、それを聴き取ってくれるかどうかは運によるところもあるからだ。

番号が表示板に点灯した‼︎
窓口へダッシュ‼︎
発車まで残り10分を切っている‼︎

係員さんと目を合わせ、ニッコリと笑みを浮かべて「ボンジュール」と言い、一拍置いてから僕は「ルルドまで行きたいんです!大人2名!今から!シュルブプレ(お願いします)!」と早口で伝えた。

人の良さそうな丸メガネの男性係員はそのメガネ同様、一瞬目をまん丸にしていたが、すぐに状況を飲み込んでくれ、あっと言う間に発券しながら「もう時間がわずかだ!3番ホームへ!」と手渡してくれた。

乗車券を手にホームへ向かうも3番がどこか分からない。妻が通行人に声を掛け、あそこだ!と指差されるのと同時にホームへの階段を翔け上がる。

列車に飛び乗ったのは発車の3分前。
こちらの列車は急にガタンと発車するのだが、そのようにしてゆっくり線路の上を走り出した時は安堵した。


もう7時半を回っているが、フランスの夜は9時頃まで外は明るい。いまはちょうど、夕暮れの時間帯だ。

車窓から見える空は上から青黄橙と三色のグラデーションになっていて、非常にキレイだった。
なぜか子供のころ部屋に掛かっていた絵を思い出した。


そして22時過ぎ、ようやくルルドに着いた。

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でも、あれ…なんだろう、この町…聖地とも呼ばれる町なのに、人の気配があまり無いぞ…

町の向こうに、教会(?)の尖塔だけが青く浮かび上がっている…


続く。

僕は熱心なキリスト教徒でも仏教徒でもないのだが、なぜか「巡礼」という言葉には惹かれてしまう傾向がある。

理由は分からないが、そもそもが「お寺」や「神社」や「教会」、そして「モスク」などにも以前から興味を持っていたので、それらをぐるっと周る「巡礼」にそそられても、なんら不思議ではないと自分で思ってきた。


いつの頃だったか、父親がなんとなく口にした。
「聞いた話によると、うちの先祖は、四国遍路に熱を上げていたらしい」

父も祖父にもそんな趣味は無いが、どうやら世代を超えて僕の代でその血が目覚めたのだろうか。父の言葉を耳にした瞬間「あぁ、そういう事だったのか」とスンナリ納得した自分がいた。


またある日、まだ祖母が存命だったころ、ひとり暮らしをしていた彼女の家に1人で遊びに行った際に「秩父三十四箇所巡礼」の話を聞かせてもらったことがある。

なんでも、埼玉県の秩父に広がる34箇所の寺を約100㎞の道のりを歩いて巡り、ご朱印帳にご朱印を集めるというものだ。古い歴史があるらしい。

祖母は既に秩父の三十四箇所を周り、そのご朱印でいっぱいになったご朱印帳を僕に見せながら、
「もし、こういうのに興味があるのなら」 と言い、妙に重みを感じるその書物は、僕の手に渡ることになった。

祖母が亡くなったあと、ふと同じ道を歩いてみたくなり、僕も自分でその秩父三十四箇所巡りをし、巡礼というものの面白さを身を持って知ってしまった。


その後、妻が「似たような巡礼路が、遠くスペインにもある」という情報を提供してくれて、すぐにその挑戦は2人の共通のものとなった。
(この道の詳細はおいおい記していきます)

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そして会社を辞め、ヨーロッパにやってきた。

いきなりスペインに入らないのは、多くの巡礼者はフランスの村、サンジャン・ピエ・ド・ポーから歩き出すからで、僕らもそうする予定だからだ。

ちなみに今はその少し手前のフランスの小さな町、ルルド。この地は古くから、聖地として知られているという。

次回に続く。