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さて、今日は国家「君が代」について書きたいと思います。
みなさんが子供のころ、学校で国歌というものは歌われていましたか?
私が通った小学校は、現在創立110年を超える割と歴史がある学校でした。
当たり前のように日章旗の国旗掲揚があり、国歌斉唱がありました。
先生は熱心に君が代の歌い方を教えてくださいました。
君が代は
千代に 八千代に
さざれ石の 巌となりて
苔のむすまで
ですよね。
指導で印象に残っているのは、さざれ石のところで、さざれ いしと言葉を区切らないように教えられたことです。
さざれ石でひとつの言葉なので、途中で息継ぎをしてはいけないと。
こころを込めて歌うことを教わりました。
学校中で声をあげて一生懸命歌いました。
君が代はとてもいい歌だと思います。
元は、905年に編纂された「古今和歌集」に載っていた題知らず、読み人知らずの歌です。
その後も数々の歴史に残る和歌集に載っている、大事にされ慕われ、愛されてきた歌です。
われわれ日本人の先人たちがずーーーーーーーーーっと愛してきた歌です。
この歌を国歌に選んだのは、大山巌(西郷隆盛のいとこ)と言われています。
まず初めに曲をつけたのは、当時、横浜の軍事大使館護衛部隊にいた、イギリスの軍楽長のジョン・ウィリアム・フェントンという人だそうです。
彼は、日本初の吹奏楽団「薩摩軍楽隊」の指導をしていたそうです。
でも、この曲は不評に終わり、彼の許可をえて、後に中村裕庸という海軍楽長が曲の改訂を申請し、奥好義という人の曲に決まったそうです。
そして、その曲に洋楽風の和音をつけたのが、音楽教師として日本に滞在していたドイツ人の音楽家のフランツ・エッケルトという人だそうです。
それが、現在の「君が代」なんですね。
簡単にいうとこんな感じで君が代ができたようですが、他にも色んな方が関わっています。
嬉しい出来事があったそうで、それは、当時ドイツに留学していた有名な作曲家山田耕作が後に話したそうですが、ドイツの大学で音楽教授たちが世界の国歌の品定めをしていて、一番に選ばれたのがこの君が代だそうです!
私も荘厳で偉大な曲だと思います。
元々は長寿を祝う賀歌ですので、意味は、
君(つまり、誰でもいいのです。恋人でも家族でも、大事な人です)が、千年も八千年も未来永劫、小さな石が巨岩となってまたそこに苔が生えるまでずっと幸せに平和に暮らせますようにということです。
国歌ですので、戦争の時もその歌を歌いました。
でも、それは国歌ですので、当たり前です。
どの国だって、みんなそうなのです。
他の国はアメリカも中国もメキシコもフランス国歌も全てが血なまぐさい歌詞です。
勇んで戦いに行け!というような歌詞です。
こんなに短い歌詞で、みんなの平和をこころから願った歌を国歌にしたのは日本だけかもしれません。
国歌を歌って、なぜ軍国主義になるのでしょうか?
意味わかって言ってますか?って感じです。
みなさん、みんなそういうことなのです。
左翼の人間が君が代を悪く言いますが、違うんです!
彼らは無知なだけ!
日本は優しさに包まれた国です。
日本は戦争回数も世界の主要国に比べれば全然少ないのです。桁違いに。
日本は平和を誰よりも望む国なのです。今も昔も変わらず。