見に来てくださってありがとうございます。

前野りょう子です。

 

 

 

何年も前の話ですが

 

夫が例えば風邪気味の時、

 

「薬を飲んだ方がいいよ」

 

「上着を着た方がいいんじゃない」

 

「仕事終われる?病院間に合う?」

 

と声をかけていました。

 

胃腸にやさしそうな食事を出すとか。

 

 

 

でも私の提案はどれも聞き入れられませんでした。

 

薬を出したら

「市販の薬は飲みたくない」

 

上着を渡すと

「寒くはない」

 

病院は

「まだいい」

 

夜ご飯がうどんだと

「気にしすぎ」

 

という感じです。

 

 

なのにお義母さんの勧めた市販の薬を飲んでいたりする。

(その薬私が出したのと同じだったしな!)

 

どういうこっちゃい。

 

 

 

 

思い切って夫に聞いてみました。

 

かくかくしかじかだが、

「風邪気味で辛い時、どんな言葉をかけてほしいの?」

 

帰ってきた言葉は

 

「『大丈夫?』でいいんよ!」

 

 

 

 

 

私言わなかった?

 

そもそも心配してるから提案するのよ。

 

「大丈夫?」では風邪治らないよ。

 

 

本気でそんなことを思っていた気がする。

 

ひぃ~書きたくない書きたくない

 

でも当時はどこか納得いかなくて

 

自然に「大丈夫?」が複数回言えるようになるのに結構時間がかかりました。

 

私の中に「言えないブロック」があったんですね。

 

(あの頃夫も良く正直に答えてくれました。言いにくかったよね。)

 

 

 

私は夫の問題(この場合風邪)を率先して解決しようとしたけど

 

夫は「風邪で辛い」ことに、ただ共感してほしかっただけ。

 

どおりで全部跳ね返されるわけだ。

 

だからお義母さんの薬はのめたんだね。

 

 

 

 

 

 

反応の好みには個人差があると思います。

 

 

もし全部跳ね返ってくると感じたら

 

相手に会わないコミュニケーションをしているのかもしれません。

 

 

 

 

 

ちなみに最近私は

夫に話を始める前に

 

「ただ聞いてほしいだけだから

反対意見は受け付けませんが」

とか

「一人の人間として

どう思うか教えてほしいんだけど」

と付けるようになりました。

 

書いてみると結構めんどくさい奴かも(笑)

 

でも察してもらうのには限界があるので

近道してるつもりで~す。

 

 

 

 

・・言い方はもうちょっと改善したいで~す。

 

 

 

来てくださってありがとうございます。

前野りょう子です。

 

 

 

娘が好きなYoutube動画がありまして

 

子どもがおもちゃで遊んでいる動画で

 

寝る前にお父さんに見せてもらうことがあります。(寝る前にブルーライトは良くないらしいよ♪)

 

この前もそれを見せて!と言い出しました。

 

でもその日はテレビを見過ぎて遅くなったので、「今日は見ないで寝よう」ということになりました。

 

娘は、お父さんと寝るタイミングが合えば見れると思っていたのかな、結構ねばりました。

 

疲れていたら一喝するところでしたが(笑)

 

『初級の公園のワークをしてみよう』

 

心の余裕がありました。

 

 

「動画見る!!」

 

「見たかったね。」

 

「見たいー!」

 

「今日はもう遅いからやめておこう。」

 

2,3回こんなやり取りをしたら

 

娘は布団に入って泣き始めました。

 

もう見たいとは言わないけど

シクシク シクシク。

 

その間私は

 

「今この子は自分の気持ちに折り合いをつけているのかもしれない」

 

と思い黙って横になっていました。

 

こうなったら少し長いんですよね泣くのが。

 

長く感じるんですよね。

 

隣で横になっていた夫が

たまらず話し始めました。

 

「いつも動画を見れると思ってるのか」

 

「見れる時はラッキーなんだから感謝してほしい」とかなんとか。(感謝て!)

 

(公園のワークは遂行完了されなくなった・・ガク)

 

(↑注※私の「ガク」のイメージではありません)

 

 

 

 

自分の想定より長く泣かれると

 

責められているような気がするんですよね。

 

だから

 

責めるなんてお門違いだと夫は言い始めた。

 

 

内容はともかく夫の気持ちもわかるな。

 

 

 

補足≪初めの頃は、たまにしか動画を見せていなかったけど、最近は布団にすんなり行かせるために、動画で娘をつっていた。夫はそんな自分にうっすらと気が付いていたのではないかと推測しやす≫

 

 

罪悪感がある場合

 

長く泣かれると

 

①見せてあげない自分を責めているんだ

  ⇒なんで自分が責められなきゃならんのだ(怒り)

 

とか、

 

②責められるのが辛いからもう見せてあげよう

  ⇒もういいや。。(諦め)

 

 

 

罪悪感がない場合

 

長く泣いているのを見ると

 

①よっぽど動画が見たかったんだな

 ⇒時間があるときは見せてあげよ(穏やか)

 

 

 

 

さて、娘が実際どういうつもりで泣いていたのかはわかりません。

 

ただ、こちらの気持ちは

 

自分が罪悪感を持つかどうかでコントロールできるみたいです。

 

 

 

境界線も大切。

 

娘の気持ちを自分の罪悪感でコントロールしようとするのも勝手な話だし

 

逆に言えば、娘の感情をどうこうしようと思わなくていいんですね。

 

 

 

人の事見てるとよくわかるのにな~(苦笑)

 

 

 

来てくださってありがとうございます。

前野りょう子です。

 

 

9月の初級講座で見つけたマイルール、その後面白いことになっています!

 

どんな話だったかというと

 

娘が人に話しかけられても返事をしなかったり全く違う話を始めたりするのをみてモヤモヤする。

人の話はちゃんと聞くべき

返事はするべき

というマイルールを発見。

『自分の話は聞いてもらえない』という子どもの頃の体験を握りしめていたことが発端だと気が付く。

 

 

子どもの頃の思いに気付き、

悔しかった、悲しかった、

「話を聞いてほしい」と言えなかった自分も嫌だった、

色々な思いを感じ直して

「気が付いてくれた」

「気が付いてあげられた」

と中和されていく感じでした。

 

 

それからはそのこと自体全く気にすることなく2週間くらい過ごしていました。(雑か)

 

そんな時

愛美さんがシェアしてくださった記事の中で

 

『このエピソードにもし続きがあったら変化を聞いてみたいな』を読み

 

「そうだ、その後私がどう感じるか観察できてなかった!」と思い、


娘が話を無視する場面を待っていました。

(こら。笑)

 

 

そしたら

 

どういうことでしょう

 

全くその場面に出くわさないのです!!

 

あんなに人の話スルーしてたよね?

 

自分の話突然ぶっこんでたよね?

 

 

 

初めの2週間は

 

私が自分の本音に気付き癒されることで

娘の行動へのジャッジや視点が変わり

問題視しなくなっていた。

 

のだと思いました。

 

でも、その行為を待ちかまえていても

出会わないっていうのは

 

何が起こったのでしょうか!?

 

娘が変わったんでしょうか!?

(ほんなことある??)

 

でもちょっと感動。

正直嬉しい。

 



今のところ出くわしてないだけなのか?

 

偶然か必然か!?

 

そこにはきっと何かある。

ミステリー

 

面白くなってきたので引き続き自分の気持ちを観察したいと思います☆

 

 

来てくださってありがとうございます。

前野りょう子です。

 

 

娘が小学校に入学してすぐの頃、初めての面々と初めての集団登校なので、集合場所までは付いて行きました。

 

皆と合流した時点でバイバイ、とそっけなく行きました。

 

帰りも迎えに行きましたが、待ち合わせ場所はどんどん家に近づいていって、

 

「しっかりしてきたんだな」

と成長に驚いていました。

 

 

そんなあるお休みの日、娘の好きな体験教室に参加しました。

 

帰り道、まだまだ遊びたかった娘の怒涛の愚痴ラッシュが始まりました。

 

参加費安くないし遠方まで運転してきたし、私は褒めてほしいくらいでした(笑)

 

帰ってからもどこか行きたいっていうけど、私は疲れているしお金も使いたくない、とぐずぐずしていたら

 

「もうお母さんいなくてもいいから!」

 

と愚痴が始まり、

 

『お母さんがいるから自由に遊べない』

 

と発展しました。

 

腹の底からムカァっとしてきて

 

「なら一人で遊びに行ってきなよ!」

 

子どもを車に乗せて子どもの遊び場に連れていきました。(子どもOKで大人は入れない)

 

すると「それは不安で行けない」とメソメソする。

 

「だってお母さんがいなくてもいいんでしょ!」と大人げない一言を投げつけ一緒に帰宅しました。

 

 

その週末は何度となく

 

「もうお母さんいなくていい」

を浴びせられ

 

生意気言ってとか

今までのご恩を忘れたか!

と腹が立つのと(笑)

今思えば少し寂しい思いもあったのかな、

どこかモヤモヤ過ごしました。

 

 

その日曜の夜

明日下校時迎えに来る場所はもっと家の近くでいいと言われました。

 

「へーへー、わかりましたよ」

と思いながら

 

次の日言われた場所で待っていると

「おかあさん!」

と半泣きの声が聞こえてきました。

 

どうやら約束の場所が違うとか

途中で犬に吠えられたとかで

怒るのと泣くのとで忙しいことになっていました。

 

 

 

それからは学校に行き渋り始めました。

話を聞いていると

学校のことがよくわからなくて

不安を抱いていることがわかりました。

 

 

そうなって初めて

 

気を張ってたんだな。

 

「お母さんがいなくてもできなくちゃ」ってがんばってたんだな。

 

という事に気が付きました。

 

 

『小学校に通い始めると荒れるけど

子どもも学校で頑張ってるから

優しく見守ってあげよう』

 

よぉぉく頭には入っていましたが

一回やらないとわからないっていうか(^ ^;)

 

 

それから行き渋る日が続いて

私も右往左往したのですが

 

2学期は少し落ち着いた気持ちで学校に通えるようになりました。

 

学校の勝手も、先生や生徒との関わり方もある程度わかってきたのだと思います。

 

 

 

最近また、

 

「お母さんがいなくてもいい」

 

と言うようになりました。

 

でも腹は立ちません。

今までのご恩をとかも思いません(笑)

(言葉選べとは思うけど)

 

「がんばりたいって思ってるんだな」

 

そんな風に思うようになりました。

 

だから応援します。

 

(寂しいけどね。)

 

 

きてくださってありがとうございます。

前野りょう子です。

 

 

最近、

 

『待つ』

 

というキーワードにアンテナが立っています。

 

 

 

初めは、4月に受けた子どものこころのコーチング講座・上級で発見した

「私は急がなければならない」

という心の声だったと思います。

 

 

そしてどこかで読んだPCITの記事

⇒私はこの記事を「小さい子は自分から発するものだけで十分」=「大人は待つ・受け取る」と読みました。

 

 

NHKうわさの保護者会の校長先生中学校を変える

⇒校則を無くした西郷校長先生、

校則がなかったら子どもが何をしてくるかわからないのでは?という質問に対して

「それは(大人が)待つことができれば不安はない」とおっしゃいました。

 

 

自分のアイスクリームの記事

⇒3年ごしに謎のタイミングでわだかまりが消えたという内容でした。

 

 

今受講している

村上桃香さんが主催してくださる「ひふみコーチ入門編」での気付き。

⇒質問を駆使しなくても待てばいいと実感しました。

 

 

 

 

待つことができないから問題に感じている

 

待てばそのうち問題が問題でなくなることが

 

私の場合たっくさんあるような気がしてきました。

 

 

待てなくてイライラ

待てなくて口出し

待てなくて不安

 

「待つ」って本当に勇気のいることなので

 

子育てで待つって最強なんじゃないかと思ってこの記事を書き始めたのですが・・

 

 

 

 

上級で見つけた

「私は急がなければならない」

がどうしたって引っかかってきます。

 

元々スローな私は

人をイラつかせないように

怒らせないように

不要だと思われないように

急いで焦って繕ってきました。

 

はい、人とは親・・

 


でも本当は

 

待っていてほしかったし


それでもいいんじゃねって

思っていてほしかったな。


(軽いくらいがうれしい!)


 

 

 

こんなに今「待つ」にアンテナが立つのは


私自身が待たせる自分を許したい


と思っているのかもしれません。