残された学生生活 to do my best is important -29ページ目

なかなかきつい

ここまで毎回更新してきたが、今日はもうきつい。

運動

肉体は二十歳からはもう、自然成長がきつくなる。

これを先日実感した。


テニスを友達とやったのである。

はっきりと衰えていた。


思えば2年になってから、運動だけでなく、授業、バイト、異性との関わり、友達付き合い、と大学生の醍醐味という醍醐味に対して、ソーラーパネルにも優に勝であろう、省エネであった。

世界がこれだけ省エネなら、地球温暖化ではなく冷化すらしてしまう。

凄まじい省エネぶりであった。

一体省いたエネルギーで何をしたかったのか。

本人にすら解きがたいなぞである。
しかし、なぞはなぞのままで良いのだ。


問題は省エネが基準になりすぎて、エネルギーを使えなくなっていることである。

そう、例えるならダイエットを初めて、やめようと思ったのに胃がケーキを受け付けてくれないかのように。

これが進と拒食症だったりして病気である。


ということは、自分の省エネも拒エネルギー症名付けても良いのではないか。


病気なら気長にやっていかねばならぬ。
特に心の病は。

故に、気にせず省エネ路線が一番であり。

人助け

今日の1限はこのまま遅刻の可能性が高い。

とは言うものの普段なら、出席の甘い授業だから良いのではあるが、いささか良心が痛む。


しかし、今回は立派な理由があるのだ。

それこそが人助けである。

溺れてる若者を助けたがための遅刻である。

今さら溺れている若者がいるかと考えるかもしれない。

しかし、それはまだまだ修行不足である。

世の中にはたくさん溺れている人はいるのだ。



では、何に溺れているかというと欲である。

今回の自分のケースでは、朝睡眠欲に溺れて起きられない人(A君としよう)を、欲に溺れているところから助けたのだ。

心のなかで励まし、時に叱咤し何とか助けることができた。

つまり起きれたのである。

そう、だから人助けで遅刻である。

これを責める教師がいたら、そいつは機械みたいな杓子定規しか脳の無い奴か、人として恥ずべき奴、若しくはその両方である。

仕事ではこうはいかないやもしれないが、少なくとも遅刻で怒られる高校、中学、小学ではなんとかなるやもしれない。

子供の教育上人が困っているのを見捨ててまで時間厳守とはありえまい。

人として間違っている。



よって今日の遅刻はやむを得ない理由があるのだ。

よってA君、もとい自分は余裕で電車にいられるのである。




まぁ以上の理由を一言で表すには「遅刻」である。

しかし、言い方次第で正当性を感じていただけたはずだ。


一度使ってみていただきたい。

責任はとりませんが。