もともと重度の肺線維症で在宅酸素療法をしていた親父が急性増悪で1ヶ月前に入院した。
入院直後はもうもたないという感じだったのだが、なんとか2週間後に復活し、今はなんとか自力でおかゆが食べれるくらいになってきた。
が、全く歩けない。自力で立ち上がることができなくなった。
歩けないことには、母親一人では介護が不能になり、どこかの病院に入院せざるを得ない。今いる病院は救急病院なので3ヶ月が限度と言われている。
ということで実家の近くの病院がいいのだが、なかなかベッドの空きがない。
医療の発達のおかげでなんとか生き延びられたが、自分で動けないのであれば、生きる意味がどこにあるのだろうか…?
この1ヶ月間、母親と家内と僕とで交代で病院に行っているが、もう母親は介護の限界にきている。発病してから3年間、ずっと自宅で親父の介護を続けてきたが、今は車で40分の距離を毎日往復することになり自宅と病院の往復がメンタル的にも体力的にも大変なようだ。
今日も代わりに僕が病院に行ったのだが、こんなことはずっと続けられない。こちらにも家族がいて生活があるのだ。
ここに来て介護の問題にぶち当たるとは思わなかった。命を救ったのは病院がすごいのだが、ただ技術的に救ったとしても、自力で生活のできない人間を作ったあげくに、病院から出て行けというのはどういう了見なのだろうか?
病気の後遺症なのか親父には、更に認知症の症状も現れてきている。話が噛み合わないし、急に怒り出したり、訳の分からない話をすることもある。あと数年こういうのが続くのだろうか…。
こんな人は多いのかもしれない。しかし、もっと家族に負担をかけない総合的な医療介護体制というのはないものなんだろうか…?
今日は人間ドック。
一年で一番ストレスがかかる日。
いつも、高血圧と高コレステロールでダメ出しされる。
でも、めちゃくちゃ健康体なのになあ~。
あっ、昨日ビール2杯とハイボール飲んでしまった
ま、ということで、ぼちぼち行きます。
一年で一番ストレスがかかる日。
いつも、高血圧と高コレステロールでダメ出しされる。
でも、めちゃくちゃ健康体なのになあ~。
あっ、昨日ビール2杯とハイボール飲んでしまった

ま、ということで、ぼちぼち行きます。
いつも、夜にビールとかハイボールを飲むんだけど、ついつい飲み過ぎる。
勉強しようと思って本を開けるとすぐに睡魔が押し寄せる。
この状況から打破するには早起きをするか、飲まないかだが、早起きはどうも苦手。
ということで今日から家では飲まないことにしてみる。
勉強しようと思って本を開けるとすぐに睡魔が押し寄せる。
この状況から打破するには早起きをするか、飲まないかだが、早起きはどうも苦手。
ということで今日から家では飲まないことにしてみる。


