御堂筋てくてく日記

御堂筋てくてく日記

会社帰りにいつも淀屋橋から難波まで歩いてます。銀行員時代にこの「御堂筋てくてく日記」の名前でブログを書いてたので、また復活させてみました。

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その22 魚の死んだような目

世の中には本当に目つきの悪い人がいるもんだと思った。

なんと表現したら良いのかわからないが、魚の死んだような目をしているのだ。黒目に輝きがなく、ドンヨリと曇った「悪」が染み付いて離れないような目だった。

この日新病院建設のための土地売買取引で某病院の理事長室に来ていた。病院の離れのようなところにある、殺風景な部屋だった。

開口一番、「お前が銀行か?」としゃがれ声で聞くので、「いえ、鈴木と言います。」と答えたら、その魚の死んだような目がゴロッと動いた。気持ち悪い…。

「お前が勝手に土地を減らしたんやな!」といきなり大声になる。こういう連中の常套手段なので、怯まない。

「勝手にとは何ですか?人聞きの悪い。私どもの所有資産をどうしようがこっちの勝手でしょう!」と彼より少し大きめの声で答えた。

前回の話の続きなのだが、隣地との通路が狭いので、この魚の死んだ目のオヤジに売る前に通路分を売っておいたのが、気に入らないらしい。

魚の死んだ目のようなオヤジは、実は某病院の理事長である。この時知ったのだが、病院の理事長は医者でなくても出来るのらしい。この理事長はもちろん医者でない。まあ、このたちの悪そうな理事長の下で働くお医者さんたちも可哀想な人たちだなと思った。

「じゃあ、売るのやめましょうか?ごちゃごちゃ言われるのが嫌いなので」と席を立とうとすると、仲介の業者が「まあまあ、鈴木さん…。」となだめる。しかしあまりに酷い感じなので振り切って帰ることにした。

そのとき、えらくこれまた目つきの悪い女が理事長室に入ってきた。理事長の娘である。

追いかけてきた仲介業者に席に戻されて、仕方なく取引を続行することにした。なんで、こんな親子に土地を売らなあかんねんと思いながら。

当然ながら娘も金しか考えてない。キラキラの装飾品をつけており、おそらく病院には不釣り合いである。

遅れて、売買する土地の隣地の文具屋のオヤジが入ってきた。

その途端に、理事長が
「おい、隣の文具屋いうのはお前か?」と喋り出す。

な、なんと、彼らは小学生のときの同級生だったらしい。某病院が隣の市なので気がつかなかったが、実は理事長の生まれが取引する土地のある町で、故郷に錦を飾りたかったようだ。それで、この土地に目をつけたらしい。

隣地との境界の権利関係がややこしかったので、隣地の文具屋を呼んだのだが、どこでどう縁があるのかはわからないものだ。

しかしながら、理事長の話は結局儲け話ばかりだった。うんざりだった。病院を経営しながら、結局、金しか興味がない感じだった。

病院経営の一番大事なことは患者さんに対するケアだと思う。そういう考えを持っていない理事長に土地を売り、金銭目当ての病院が出来るのは心苦しかった。なので、途中で、
「やはり、この話はなかったことに出来ませんか?」と言ったのだが、仲介業者にそれは出来ないと言われた。

僕の唯一の失敗案件だった。取引そのものは高い値段で売ったので成功だが、売った相手が失敗だった。あんな人間に…、と反省している。ヤクザよりもたちが悪い人だった。今もその病院は駅前の一等地に立っている。

事前に売る人のことを調査し、その人の顔をしっかり見て、何を大事にしてる人なのかをちゃんと面談してから取引をしなければと思った案件だった。

結局、どんな取引も人と人との関係だ。信頼できるかどうかは文書だけでなく、実際に会って話さなければわからない。ビジネスの基本はやっぱり信頼関係だなとつくづく、そう思うのだ。
その21 戦前の不動産売買

とある支店の売却案件で隣の文具屋さんと境界確認をした。

境界は5メートルほどの通路で、たしかに真ん中に境界のような印があるのだが、そこをホントに境界にしてフェンスなどを立ててしまうと各々狭過ぎ(2.5mしかない)て、特に相手側はビルに車を横付けするようになっているため、車が転回出来ないほど狭い。

しかし、売買契約にはそれらしきことが書かれていない。

「どうみても共有を条件に境界としてるみたいですね。」と文具屋さんと話をした。

急いで、本社に帰り、過去の資料を倉庫から引っ張り出してきた。

銀行のすごいところは、資料を捨てずにとっているところ。なんと昭和7年の取引記録が出て来た。満州国建国の年である。

もちろん手書きというか、万年筆のようなもので丁寧に書かれていた。

そこには支店用地確保までの交渉の経緯が事細かく書かれており、日記小説のようになっていた。

「…、交渉相手の⚪︎⚪︎兵衛は、この村で知らない人がいない乱暴者で、取引交渉時にしばしば激昂することがあり手が付けられない。…」と、なんだか面白いことが書いてある。

気の良さそうな文具店のご主人のおじいさんが、その乱暴者の○○兵衛である。

「…全く法外な値段を吹っかけるので、困っている。顔も見るからに悪人顏で、我々では手に負えないので、本部から人の手配を願いたい次第である…。」

と。まあ、こういう感じの文章が20枚くらい便箋のようなものに綴られている。今で言う営業日報のようなものだと思うが、個人的感想が書いてあり、ビジネスライクでないところが面白い。

資料を更に探すと、戦後、昭和28年ごろの資料に隣地の通路を共有することが書いている資料が見つかった。

やはり、密約のようになっており、売買契約書上には書かれておらず別契約の覚書のような形でそこに挟まれていた。どうも、時代は乱暴者の息子の代(文房具屋のお父さん)になっているようだが、またまたおじいさんが便箋の日報に登場している。

「交渉中にもやくざ者の(戦後はヤクザという言葉になっている)○○兵衛(おじいさんのこと)が、またもや現れて、怒鳴り散らし、交渉がもつれる。何かと金銭を取ろうとするが、隣地通路の共有をどうするかの話をしているだけである…。」

あはは、なんやこれ?という感じで、営業日報が面白い。昔はのんびりというか、一つの案件に随分と時間をかけていたのだなぁというのがわかる。

この日報を文具屋のご主人に見せたかったが、まあ、過去のことを言っても仕方ないので、共有を示す資料が見つかったことのみを伝えることにした。

最終的には、こちらのビルは取り壊すので、文具屋さん側の車が転回出来るように1メートル幅×10m分の10平米だけを売却し、新しい境界にフェンスを立てることにして、境界確認を終えた。

それにしても昔の銀行は人が沢山いてのんびりとしてたんだなというのが古い資料を読んでいるとわかる。

土地の交渉には必ず2人以上で行っており、感想文みたいな日報が延々と書かれているのだ。(一日日報に費やしている感じである。)

古き良き時代と言ってしまえばそれまでだが、無駄なことをやりながらも集団で進んでいくのがイイなと思った。そこには個人評価などなく、会社一丸となって問題に対処していくカンパニー(Company:仲間)本来の感じがする。

現場で対処不能であれば、本部の人間と一緒に解決する。集団の力を使うということ。

あと、一見無駄に見えるが、感想を含めて仕事の一部始終を紙に書き留めておくことも大事だなと思った。50年以上経った今でも事実関係が一目でわかるからだ。

今はITがあって一見便利に見えるかもしれないが、失ってしまったものが多い。検索しても見つからないかもしれないし、第一、手書きの味が全くなくなってしまう。

やはり文書は手書き文字が良い。

当時の日報を読んでると、現場で汗をかきながら、奮闘している姿が、文字の行間から読み取れるからである。

その20 カラオケ屋の駐車場

不動産担当ということで、土地取引以外に、駐車場の契約更新なども担当していた。

億単位の話もやりながら、千円単位の仕事もしていた。今日はそんな小さなお話。

大阪南部のとある支店が閉鎖され、店舗売却したあとのATMの行き先がなく、近隣のカラオケBOXの駐車場の中に店舗外ATMを設置させてもらう契約を行っていた。

その際、カラオケBOXに付随する8台分の駐車場全部を銀行負担にして、毎月使用料を払っていた。

しかしながらカラオケBOX全部の駐車場代をATMしか置いてない銀行が全部払うのはどうもおかしいので、契約更改を機に半分くらいにしてもらいに交渉しに行った。

「すいません、⚪︎⚪︎銀行の鈴木です。駐車場の賃料の契約更新の件で来たのですが…。」
「なんや!銀行か!」いきなりの剣幕である。
「はい、駐車場の契約についてなんですが…」
「あれは、自動更新や! 毎度毎度なんやかやとうるさいな、帰ってくれ。」なんという口の聞き方だろう。その後も取りつく島がない。

腹が立ったので、
「あんた、誰です? ⚪︎⚪︎興産の社長さんにお会いしに来たのですが…。」
「社長は旦那や。私は旦那の代理や。もうわかったやろ。そろそろ帰ってくれ。」
「はい、わかりました。帰ります。その代わり一切の契約を白紙にするとご主人にお伝えください。あなたの対応が無茶苦茶だからです。イイですね。」と突き放した。

途端に
「何もそこまで言うことはないんやないの。ゴメンやで」と低姿勢に変わったが、こちらは怒りが収まらない。

そもそも店舗外ATMで、かつ、周りにスーパーやコンビニなどがあり、駐車場など必要ないのだ。

「いえ、あなたの対応に腹が立ちました。もう一切の駐車場契約を解約します」と、宣言して、それでもなんか言ってたが、完全に無視して、銀行に戻った。

戻ると「あんたとこの銀行員が失礼な対応をした。」とクレームがかかってきていて、大騒ぎになっていた。とんだ言いがかりである。

上司の次長は「鈴木君、また喧嘩したの?」とおどおどと聞いてくるが、
「はい、毅然対応してきました」と答えた。

そもそもカラオケ屋の駐車場代などこちらがなんで全部払う必要があるのかという気持ちだったので、どうでもイイと開き直っていた。

しばらくすると、そこの社長から平謝りで電話がかかってきた。
「家内が失礼な対応をして申し訳ありませんでした。なんとか契約継続でお願いします」という内容だった。社長はどうやらマトモらしい。

その電話がこちらに回ってきたので、「ダメですね。もう、あんな対応では話になりません。ATMも撤去します。」と冷静に答えた。少しエスカレートし過ぎてしまったが、言ってしまったものは仕方ない。

向こうで次長がオロオロしている。

「話すことはこちらからは何もありません。全部解約です。失礼します。」と言って、思いっきり受話器を叩きつけた。

次長は硬直して蒼くなっている。

「次長、あそこのATM撤去しますのでイイですよね。」
「鈴木君、それはまずいよ~。ATM設置を条件に店舗を廃止したのだから、先方にすぐに謝りの電話を入れなさい。」

「いやですよ。なんで、あんな人たちに謝らなきゃならないんですか?なんなら次長がお電話してください。
あんな対応はありません。そこまで銀行が卑屈にならなくてもイイです。僕が別の場所を探してきます。」と、立ち上がって、もう一度現場に戻ろうとしたところ、先ほどの社長からまた電話があった。

電話に出ると「本当にすみません。交渉しに来られたんですよね。条件をおっしゃってください」とのことである。

そこで、8台分全部を銀行負担はおかしいので、4台分にして欲しい旨を伝えた。「半分はちょっと…」と口を濁したので、「では、現在の1台分1万5千円から近隣相場の1万円にしてくれれば8台でもイイです。」と答えたところ、それで合意となった。

結局、賃料は3分の2になった。振り返ると次長が驚いてこちらを見ていた。

この話は極端な話だが、契約更改があるたびに駐車場代や駐輪場代を次々と近隣相場まで引き下げることに成功した。

がしかし、今になって思うことは、当時はそれで銀行のためになると思ってやっていたのだが、日本全体を考えると、そうやって大企業が経費削減ばかりをしたことが、結局日本全体のデフレを促進したのかもと大いに反省している。その頃は口を開けばコストカットばかりであった。セミナーに行ってもいかにコストカットするかばかりだった。

昭和のころは、少々の無駄をしてでも、中小企業の経営のために利益の出ている会社は仕事を回したりしていた。そうやって日本の経済が回っていたのかもしれない。右も左もコストカットばかりで、余裕がなくなった頃からこの国も住みにくくなってきたのかもしれない。

今日の話は相手の態度も良くないが、日本の会社はもともとは取引会社間に持ちつ持たれつの関係があった。商店街であればよそに安いところがあっても自分たちの中で融通しあっていた。

そういう昭和的というか、日本らしい共同体経営を、またもう一度見直すべき時に来てるのではないかと、この話を書きながらふとそう思ったのであります。

(その20 おしまい)

その19 「ホテル再建計画」

大阪の繁華街にある某ホテルは、大赤字が続いていた。ビジネスホテルのようでありながら、過去の企業向け宴会獲得での成功体験が抜け切れず、宴会場が無駄に広い中途半端なシティホテルとして存続していた。

そのホテルの1階に銀行の支店が入居していたのだが、合併に伴い閉鎖することになった。大赤字のホテルである。そこに収益源の銀行が閉鎖することでますます窮地に陥るのは目に見えていた。

銀行とこのホテルとの間に交わされていた賃貸契約は変わっていて7年間もの長期契約になっており、1年前に契約更新したばかりである。あと6年2ヶ月契約が残った状態での解約である。違約金は100%賃貸料全額支払いということになっており、月700万円の家賃だったので、5億2千万円もの金額を一括支払いすることになる。

ホテルにとって一見大儲けに見えるが、利益が出れば今度は税金を払わねばならない。そのキャッシュがない。決算がおかしくて、実質赤字なのに取り繕っていた。

まあ、こんなホテルなので、銀行としてはこれ以上このホテルに関与したくなく、貸している融資金5億円をこの違約金支払いで今回相殺しようとしていた。

その交渉になぜか僕が行くことになった。確かに賃貸契約は総務担当やけどね…。

出てきたのは、全く話にならない二代目社長と、金庫番の経理役員である。社長は細面で色白のちょっとアホそうな感じである。繁華街では、もてそうでもあるが、余りにも線が細い。一方の経理役員はかなりのやり手番頭という感じである。粉飾はこいつが総指揮でやってきたのだろう。

「よろしくお願いします。」という社長にむかって、
「融資金はこの違約金で全額返済してもらいますのでイイですね。」と強く念を押すと、オドオドとしながら経理役員の顔を見る。
「アホか、お前が社長やろ。いちいち他人の顔色見るな!」と大声で言うと、ポロポロと涙を流し出す。

あー、またこれや…。男が泣くなよ。と思ったが、経理役員には一定の効果はあったようだ。

他にも借りまくっているので、違約金が支払われたと同時に引き出しを行われないようにしなければならない。特にこの経理役員には気をつけなければ、5億円が振り込まれたと同時に高飛びするかもしれない。

それを牽制するため、強く出るために僕が選ばれたのかもしれない。

「では、振込先口座の通帳を預かりますので、持ってきてください。」とお願いした。違約金振込当日は振り込む直前まで口座取引停止しておき、停止解除と同時に違約金を振りみ、それと同時に、5億円の融資返済処理を一気に行う予定である。

瞬間に引き出しされないように念のため通帳をこちらに握っておくということだ。この口座にはキャッシュカードも作られていたが、もちろん使えないようにしておいた。

実はもっと複雑な仕組みでこの会社の税金免除などのスキームを適用したのだが、詳しく書き出すと小説が一本書けそうなので割愛する。

とにかく、振込当日は僕はこのホテルに行き、社長と経理役員とその手下の経理課長達を応接室に待機させたまま、携帯電話で振込実行の連絡をすることになっていた。二人を動けないようにするためだ。

準備OKで一気に振込と融資返済をするのだ。せっかく5億2千万円が振り込まれるのに、瞬時に融資金5億円となんやかんやで全額なくなるので、可哀想だが、仕方ない。

まあ、無事、融資返済が完了してそのホテルはあるスキームで存続することになったのだが、終わった後、社長から、
「鈴木さんのおかげです。」と感謝された。

何のおかげかよくわからないが、この社長に繁華街ならではの顧客確保方法を指南しておいたし、実は(アイデアは僕ではないけど)銀行撤退のあとのスペースにパチンコ屋を入れる手はずを整えておいたのだ。

かなり高めの賃貸料を払える店は他になく、銀行ではご法度なのだが、パチンコ屋を入れることでこのホテルを再生させることにしたのだ。(これ、書いても良かったのかな…。)

あれから12年。実際に確認しに行ったところまだパチンコ屋が入ってました。ホテルも立派に再生していました。

考えてみれば、僕っていつも結構イイ仕事するよなぁ、と思った。(自画自賛)

ま、誰も言ってくれないけど…。
その18 土地があればそれでええのん?

 京都の100坪の土地を売却する話で登場したのは、京都北部の都市にある某ファミリーレストランに土地・建物を貸している地主だった。

 京都市の北側、北大路駅から西に10分ほどの住宅地であるが、ここはバブル崩壊後10年以上経っているのにまだ、坪110万円で取引されていた。なので、100坪で1億1千万円。土地だけの価格である。

 で、その地主から連絡があり、売買契約をしたいということで、仮契約の打ち合わせを銀行の応接でやることになったのだが、やってきたのは地主とその息子だった。で、売買契約の買主は実はその息子の方だった。28歳だが、お父さんの会社の手伝いをしているだけのボンボン。お父さんの会社と言っても不動産管理会社で特に仕事はないはずである。そのボンボンが結婚をするから新居を購入するとのことだ。一目見て結婚なんかして大丈夫かいなと心配になった。

 「それで、結局はお父さんがお金を出すんかいな…。」と、なんだか話を聞いてるうちにだんだん腹が立ってくる。なんも仕事もしてないのが1億1千万の土地に4千万の積水ハウスである。あわせて1億5千万円ではないか!! もう働くのがアホらしくなってくる…。

 で、こちらが一生懸命説明しているのに、そのボンボンは全く理解しようとしていない。
「ちょっと、あんたが買うんやで、しっかり聞いとかんとわからんようになるで。」
とやや大声でいうと、なんと大の大人が半泣きになる…。
「鈴木さん、まあまあ、おさえてください。」と仲介業者のオヤジになだめられる。
けったくそ悪い話である。

「で、このお金はどうやって払うんですか?」と聞くと、
その地主は、ファミレスの土地を担保に自分のメインバンクの地銀から融資を組んで払うと言うではないか。
「えー?上物を建てるのに、担保に入ってる土地なんじゃないんですか?融資なんか組めますか?」と聞くと
「大丈夫」と答える。しかし、こちらで既に調査済である。根抵当権が入っていて、1億5千万も残りはなさそうな土地なのである。何の名目で借りるのか知らないが、息子の自宅購入資金を会社名義で普通は貸さないだろうとも思っていた。そもそも京都の購入する土地を担保にすればいいのだが、息子名義の土地だと、息子が返済しなければいけないから、という理由で自分で出そうという大甘のオヤジである。家は苦労して自分で手に入れるものなのに。

「本当に大丈夫なんですね。録音しときますよ。」とまたやや大声で言うと、
「メインバンクに確かめた。大丈夫」とその地主は答える。
「まあ、いいですわ。では、一週間後、正式な売買契約になりますので、よろしくお願いします。」と言って、事前打ち合わせは完了した。

で、一週間後、現れたのは頼りない息子だけだった。オヤジはトンズラである。
結局、地銀から融資を断られたようである。
「なので、すみませんが、この話はなかったことに…」とその頼りない息子は信じられないことを平気で言い出すのだ。
「あかん!」と大声で答え、
「こっちは測量やら、不動産鑑定やらで、ものすごい金使ってんねん。今更、話がなかったことにはでけへんねん。ここの仮契約書に書いてあるやろ。違約金払うことになってるのや。どっちみち金は払うてもらうで。ま、今更全くなかったことにはでけへんねん。そもそも「大丈夫」やて、お父さんが一週間前に言うとったやんけ。こら。」とまたヤクザ口調になってヒートアップするので、またまた仲介業者になだめられた。

「おい、こら、オヤジに今すぐ電話せえ。」と携帯電話を出して渡した。もう完全にミナミの帝王みたいになってきた。この前までイジメられて他の部署をクビになった人とは僕自身も思えないくらい、その頃には不動産担当が板についてきた。

で、半泣きで、ぐちゃぐちゃ何かをオヤジに言ってる息子の携帯を奪って、
「こら、この前、融資は大丈夫言うたやないか。あの会話はホンマに録音してるんや。なんで出てこんのや。今すぐ出てこい。」と命令して、息子をそのまま応接室に待機させた。

2時間後、オヤジがノソノソと現れた。うなだれてるが、そんなことは知らない。
「メインバンクに確かめた。大丈夫」という一週間前の録音をもう一度聞かせたら、また更にうなだれる。
「オヤジさん、こっちは調べてるねん。オタクの自宅の土地と別に貸してる土地に抵当権ついてないのあるやろ。それも担保に入れて借り入れしてくれるか。今すぐ銀行に電話してくれますか。聞いといたるから」
「いや、申し訳ありません。」と謝る。
「謝ってもあかんねん。電話してくれる?」と今度は少しやさしく言って、携帯を手渡す。
「ほら、はよ電話せんかい。電話番号言うたらかけたるで。」とまた声を上げる。
「すみません。別途、違う銀行からの融資をとりつけています…。すみませんでした。購入します。」とのことであった。「早よ言え、それを」
その間、出来の悪いボンボンは震えながら泣いてるだけである。どうしようもない親子である。

 結局、売買は成立したのだが、1億5千万円もの借金をどうやって返すのだろうか。まあ、なんだかよくわからないが、豪邸に住んでいても、ちゃんと仕事ができなきゃ仕方ないなと今でもつくづく思うのであります。

( 注)言葉遣いは、脚色しています。現実にはもう少し穏やかに言ってます。)