昔、一戸建てを探していた頃、新聞のチラシで見つけた不動産屋さんの間取りが気に入って、電話をして訪ねることにした。
訪れた事務所は扉がマジックミラーの引き戸になっており、不動産屋の名前は書いているものの中が全然見えない。不動産屋によくある物件のチラシを貼っているガラスもない。殺風景な作りのマジックミラーの引き戸にどでかく金色のやや行書っぽい字で「○○不動産」と書いてあるのみの事務所だった。扉を開けるのをやめてこのまま帰ろうかと思ったが、電話して予約していたこともあり、勢い良くガラガラっと開けてみた。
「……。」
シーーンとした、事務所の中、いかつい顔をしたオジさん2名がスミで立ち話をしていたようで、立ったままこちらを見ている。トラの毛皮がかかった応接セットの向こうには日本刀のようなものも2本見える。どう見てもヤクザの事務所である。
「何の用や」と言葉には出さないもののそういう感じで、一瞬凍りついた雰囲気の中、「あの~、電話した鈴木です」とだけ話すと、「ああ、家を見に行く方ですね」と全身ヤクザ丸出しの黒スーツ、銀縁の大柄の方がこっちにやってきた。
「すいません、帰ります」と言いたかったが、「こちらの車で参りましょう」と腕を捕まえられて、そのまま真っ黒のセンチュリーみたいなどでかい車に押し込められて、連れて行かれた。
私鉄沿線の立地の悪くない場所にその家はあった。見た瞬間「斜交い」のない構造で、安普請であることはすぐに分かった。間取りがよく、立地も良いのに値段が安い理由がわかった気がしたが、後の祭りである。
こんなリーズナブルな物件は他にないような説明をし、いろいろしゃべるのだが、とにかく話をどうかわし、円満に家に帰る方法はないかそればかり考えていた。下手に断ってこのままこの黒のどでかいセンチュリーで拉致されても困るし、延々と上の空で話を聞いていた。
なんとか事務所まで戻ってきたが、「どうだったか」みたいなことを聞かれ「安普請の違法建築と思います」とは口が裂けても言えず、「うん、やっぱりもう少し広いほうが…」と言いかけたら、「そしたら、こちらにもう少し大きい物件があるんです」とセールスを始める。「やめてくれ…。」
「もう死にたい…」と思って、困った顔をしていると、奥の「極道の妻たち」に出てきそうなオバちゃんが、顎で合図をし、「もう許したれ」みたいなサインを出してくれたので、ようやく開放された。「またよろしくお願いします」と大柄な男に言われたが、もう来ないよとは言えず、曖昧な薄ら笑いのまま、ヤクザの事務所を後にしたのでした。
もう不動産屋はコリゴリ。と思ったが、その不動産屋のチラシがその後も時々入っている。今日もまた、冷や汗を流しながら事務所を後にしている一般人がいることだろう…。