一つ前の記事で『ぼくは勉強ができない』は教科書であると書いたが、もう一つの教科書がこの村上龍の『すべての男は消耗品である。』シリーズだ。村上龍は物事の本質を職業柄、すぐに掴む。そしてそれに気付かない全ての日本人に情報を発信し続けている。そこに良し悪しや感情といった概念は薄く、ただただロジカルに論じる。彼が若い頃のこのシリーズは、刺激的な文章も多かった。日本人を常に挑発していた。それは彼の若さもあったのだろうし、一つの戦略もあったのだと思う。田舎者を喜ばすだけの本である、と当時山田詠美や大槻ケンヂに看破されてもいる。だが、当時はそれが許されたのだと思う。そういう時代だったのでしょう。いま、当時の彼のような文章を書く書き手が表れたら、それはただの勘違い馬鹿だ。

今回のこの本に収録されるエッセイを執筆している時期、日本が大震災に見舞われたこともあり、村上龍は多くのページをそのことに割いている。そのへんのところは僕が何となく考えていたことと似ていたので、「ふんふん」と思ったくらいだが、「うおお」と思った文章ももちろん、あった。それは基本的に震災とは関係のないことで、つまり僕は震災がもたらしたあれこれについては人並みに考えましたよ、そりゃ、だってそこにある危機だったし、絆、絆と馬鹿みたいに強調する全てのメディアに苛立ってもいたこともあり、それについての考察は充分過ぎるほどしていたからだ。

考察したこともないことを情報として受けとることの感動というかカタルシスより、その件について考察していない自分の迂闊さを浮き彫りにし、焦燥を与える、というのが僕の思う、彼、というより、作家の使命だ。その点で、批判も多い作家とはいえ、村上龍はとても作家らしい作家だと思う。

といっても、最近はこの人の文章を読んでも焦燥を覚えることは少なくなった。共感することは多いし、「そうだそうだ、よく言った!」と思うこともあるが、多分、村上龍はそんな読者を深いところで求めていない。で、それは多分、喜ばしいことなのだとも思う。この作家に関して言えばね。

以下、「おお」と思った文章。

「政府に頼らなければ実行できない提言はもう止めたほうがいい。かつての自民党政権にしても、テレビ討論における識者の提言などに耳を貸すわけがない。だから『中高年のオヤジたちを追い出して若者を雇用するシステムを作って欲しい』などと100万回叫んでも何も変わらない。発言者は、おそらく何かを変えようと思って発言していない。単に、自分の考えを述べているだけだ。
(中略)テロはどうだろうか。現状に強い不満を持つ若年層は、どうしてテロに走らないのだろうか。人を殺傷するようなテロはもちろんよくないことだが、インパクトを与えるだけなら方法はある。
(中略)若年層の間でテロが具体的に話題にならないのは、ほとんどの若者が本気で変化を望んでいないからではないだろうか。
(中略)変化の必要性が叫ばれ続けている割りには、誰も変化を望んでいない、それが現在の閉塞感の源ではないかと思う。」

もう一個。

「日本のメディアは、書籍の電子化によって何が起こるのかというとらえ方をしている。メディア自身、電子化の渦中にいるわけだから、本当は『何が起こせるのか』というとらえ方があってもいいはずだが、皆無だ」
この小説を僕は一体、何度読んでいるだろうか。この本は、僕をその道に(どの道だ?)導いた、僕の人生で一番重要な本である。この小説の主人公である秀美くんは、いまだに僕のヒーローだ。ときとして困難にぶつかったとき、「秀美くんならどうするだろう」「秀美くんならどう考えるだろう」と、考えることもある。高校生のときは特にそうだった。僕は、秀美くんのような高校生になりたかった。

もともとこの小説を初めて手にしたのはまだ小学生のときだった。広島の実家には、両親が本読みであったということもあり、いつも大量の小説が置かれていた。この小説はそのなかの一つだった。僕は当時、性に目覚めたばかりだった(笑っちゃいますね、この言い方)。『フォレスト・ガンプ』を読み、その中で描写されたセックスのシーンに、「ぬおお」となり、そうか、小説にもこのような密やかな楽しみがあるのだなと知ったばかりであった。

そんな不純な動機で家にある小説をぱらぱらとめくり、例えば「セックス」の文字があるページに差し掛かると、よし、とばかりに気合いを入れて読んだ。僕は人よりも速く本が読めるようなのだが、思えばこの体験が、それの足掛かりになっているのかも知れない。エロは少年の能力を高めるのである。

で、この『ぼくは勉強ができない』も、その、小学生だった僕のエロレーダーに引っ掛かったというわけだ。

と、いっても、そのときは真面目に読まなかった。これはエロくない、とエロ少年はこの傑作を弾いたのであった。

で、次に読んだのが中学生になったころ。この頃になるとようやく僕は、エロ文学少年から、やや真面目な文学少年になりつつあり、とっかえひっかえ小説を貪り読んでいた。

この小説は、主人公である秀美くんの回想から始まる。秀美くんはそのとき小学生、ある小学校に転校したばかりだった。転校して間もないある日、クラス委員を投票で決めるためにホームルームが行われた。クラスの事情もまだよく解ってない秀美くんは、教壇の前の席に座る女の子の名前を書いた。なんだか優しそうに見えたからだ。

開票が進み、秀美くんが書いたその女の子の名前が呼ばれた瞬間、教師は激怒した。誰がこれを書いた、書いたやつはふざけてるにも程がある。秀美くんはもちろん訳が解らない。秀美くんは隣の席に座る男子に聞いてみる。何故彼女の名前を書いたら駄目なの?彼は迷惑そうに答える。馬鹿だから。

教師はその会話をしている秀美くんをめざとく見つけ、叱る。そして、クラス全員に、もう一度真面目に投票するよう呼びかける。秀美くんは反抗してしまう。

「解りません」

「誰だ!いま、解りませんと言った奴は!立て!」

秀美くんは立ち上がる。

「どうして解りませんと答えた」

「だって、彼女の名前を書いたのは僕だからです」

「そうか、転校してきたばかりだから事情が飲み込めてなかったのだな」

「違います」

「じゃあ、何なんだ」

「彼女がクラス委員長でもいいと思ったからです」

「きさま、このクラスをなめてるのか」

「なめてません。先生、どうして彼女では駄目なんですか」

「…じゃあ何でお前は彼女がふさわしいと思ったんだ」

「親切そうだからです」

クラス中が笑い転げる。秀美くんの心には、訳の解らない怒りがこみあげる。

「どうして彼女では駄目なのですか」

「…」

「勉強が出来ないからですか?」

教師はそれに答えない。秀美くんの目に、机に伏せてて鼻をすする彼女の姿が映る。このとき秀美くんは、初めて、大人を見下すことを覚える。

どうですか、このつかみ。格好良すぎでしょ、秀美くん。僕は夢中になって読んだ。とうとう出会った!そう思った。そんな小説に中1で出会えただけでこの人生、ハッピーである。

ああもうだめだ、感想なんて書けない。だってこれは僕の教科書なんです。教科書の感想なんて書けないでしょう。他の山田詠美の小説の感想なら書けるのだけどね。ま、それは、そのうち。フィッツジェレラルドの短編集、続き読まな。


「いったい、大多数の人々の言う倫理とは、一体、何なのだろう。それは、規則のことなのか?それに従わない者は、出来の悪い異端者として片付けられるだけなのか?人殺しはいけない。そうだそうだと皆が叫ぶ。しかし、そうするしかない人殺しだって、もしかしたら、あるのではないか。ぼくは、もちろん、人なんか殺したくない。しかし、絶対にそうしないとは言い切れないだろう。その時になってみなければ解らない。その人になってみなければ明言できないことは、いくらでもあるのだ。倫理が裁けない事柄は、世の中に、沢山あるように思うのだが。」


「『不純異性交遊は楽しいもんな。先生も、良くやったぞ』
『そんな言葉、変だよ。ぼく、佐藤先生の説教聞いてて、つくづく嫌になりました』
『しかしなあ。ああいう人達の方が多いんだぞ』
『知ってます。でも、ぼくは、ああいう人間にだけはなりたくないや。ぼくたちには、本当に良し悪しの判断がつけられないのかもしれない。でも、あの人に、あんなふうにして指導してもらう覚えはないよ。あの人たちの言う良いこと悪いことの基準て、ちっとも、おもしろくないと思う。良い人間と悪い人間のたった二通りしかないと思いますか?良いセックスと悪いセックスの二種類だけで、男と女が寝るんですか?女でひとつだと、母親は、そんなにも辛酸を舐めなきゃいけないって決まってるんですか?その子供は、必ず歪んだ育ち方をするんですか?人間って、そんなもんじゃないでしょう』」
なんだこりゃ!最高に面白かった。当時(1920年代)のアメリカの狂瀾とか異常な好景気に浮かれる人たちに対する警鐘とも取れるけど、違う気がするなあ。「こんな話を思いついたんだ、どうだい、楽しいだろ?」と無責任にフィッツジェレラルドが書いた話のような気がする。自然主義なんかくそくらえな、耽美的で匂いたつような文章も魅力的だ。それでいて軽やか。ポップ。

窮地に陥ったワシントン氏が山の中腹に立ってダイヤモンドを掲げて神に賄賂を提案するとこなんか、最高に良かった。笑ってしまったよ、思わず。しかもこの人、神を決して「神」と呼ばないのな。「そこにおられる方」とか「上におられる方」とか。しかしアメリカ人とは本当に面白いね。当時、こんなことを書いていたフィッツジェレラルドをヒーローとして崇めていたんだから。

やー、面白かった。



「ともかく、しばらく愛し合ってみようよ、一年かそこらでもいいから。だれだって神さまみたいな酔っぱらいになれるんだから。世界にはダイヤモンドしかないんだ、ダイヤモンドと、それに幻滅っていうみすぼらしい贈り物しかないんだ。でもぼくは幻滅を味わったばかりだから、これからはずっと幻滅のことは忘れていられる」