ウクライナ和平提案を突然披露した国防相の真相 | 知りたがりな日本人のブログ@インドネシア

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今月初めシンガポールで開催されたアジア安全保障会議のスピーチで、突然ウクライナ和平案について語ったインドネシア国防相プラボウォ氏。当事国も関係国もすっ飛ばして、一アジアの国防相がいきなり、非武装地帯の範囲や住民投票についてまで言及したことで会場は騒然となった。


同氏による和平案の内容は、国家としての中立な立場にも反するものだったので、国内では外務大臣も大困惑、寝耳に水だった。国会の委員会にも大統領にも、”何の相談も調整もなし” つまり、個人としての意見を述べたにすぎない、ただのお騒がせ発言だったということになる。

 

ミャンマーどころか、自国のパプア州の紛争(度々国軍から死者が出てるが)についてさえ何も語ったことがない同氏が、あまり関係あるとは思えない複雑で深刻な話題に口を出すのは飯吹もの。ロシアと中国をほほ笑ませただけで、誰からも相手にされなかった。それでも国内メディアでは早速、「プラボウォ氏が国際的な場で勇気ある発言をした」と盛り上げた。

同氏は、2014年、2019年の二回大統領選挙に出馬して二度とも敗退している。開票日当日、誤った結果を信じて自分が当選したと思い込み、膝を床について大げさな感謝の祈りをはじめたことは有名な話だ。側近に言われたことを鵜呑みにして、よく調べもせずに壇上で披露しまうなんて大いにあり得る。

 

同氏はそもそも、スハルト独裁時代には秘密警察的な立場で人権侵害に関わっていたという点で、論外の存在なはずなのに、そのことは有耶無耶なまま、何度も大統領選挙に出て、もう70歳これで最後だと言って落選した2019年の選挙の後で、第二次ジョコウィ内閣で国防大臣の座を与えられて今に至っている。

 

もう出馬しないと言っていたのに、アンケート結果で上位にランキングされていることに気をよくしたのか、また出馬する気満々になっている。その戦術というのは、これまでは軍隊出身、男らしく厳格、というイメージで、現政権を厳しく批判し、過激派宗教団体がそれをサポートするというパターンだったが、今回は、過激派宗教団体も弱体化してしまったし、現政権への満足度が80%以上という状況にあるので、下手に批判やヘイトを繰り返すと却って嫌われることになる。

 

そこで、忠実で有能なジョコウィドド大統領の継承者風味の(あくまで風味)イメージ作りに勤しんでいる真っ最中。国防相として国際的な場で登壇する機会が与えられたとあれば、利用しない手はない。この、恥も外聞もなく勝つためなら何でもやるという不屈の精神、同氏の権力への並々ならぬ渇望には、泥臭さが漂うことは隠せない。

 

これまでの発言からいって、同氏の一番の関心事は軍事。もし当選するようなことがあれば、時代遅れの戦闘機や戦艦を独断でバンバン買うことが懸念される(先日も予定外の超中古戦闘機をお買い上げ)、そして縁故主義復活、そう、スハルト大統領時代の復活を目指していることは隠しようがない。

そしてもう一つ隠しようがないことは、激情型の性質だ。演説の最中、激情に任せてポディウムを力任せに何度も叩くということがよくある。下の動画は白黒テレビ時代の焼き直しなどではない、2019年の選挙運動の時もので、”先進国になめられてはならない”と言って、ポディウムを激しくたたき始めた。いまだにこんな独裁者みたいな演説、大げさな声色やジェスチャーが通用するというのも異様な感じがするが、こんな演説に拍手喝采を送る支持者らの熱狂ぶりも気味が悪い。

 

 

この、強靭なバックグラウンドを持つ、いくらなんでもなゴリ押し大統領候補者と、二度の大統領選で戦って勝利したのがジョコウィ大統領だ。この強靭な候補者相手には、生半可な政党幹部や長老議員などでは、とても太刀打ちできなかっただろう。ジョコウィドド氏が選択肢として上がってこなかったら、もうとっくにヤバい国になっていたかもしれない。
 

しかし彼らは選挙に負けたぐらいで、あきらめるようなことはなく、政権発足当初から、ジョコウィ大統領が”共産主義者” ”中国びいき”という論調で、事あるごとに否定的で主観的な見解を発信し、拡散し続けてきたのは、同氏の支持者陣だ。はじめのうちは影響があったが、やればやるほど信頼を失って最近ではもうネタも尽きたのか批判の質も悪く、見破られるのも早い。


というわけで、鍵を握るのはジョコウィ大統領の正式な後継者。同じ闘争民主党から、中部ジャワ州知事のガンジャル氏が出馬することが確定している。他にもプラボウォ氏、アニス氏、が立候補の意思を表明してはいるが、単独の政党では候補者を出せないので他の政党と交渉中。どちらもが出るにしても、ガンジャル氏しか選択肢がない状況はジョコウィ大統領の時と似ている。

 

ところで今回は、いつもならこの時期増々過激になる過激派宗教団体のデモの話を聞かない。ポディウム叩くのではなくて、こういうことに厳格になってくれる人がまた指導者になってくれるといい、という程度の話ではなく、誰が政権をとるかによっては、過激派宗教団体がまた力を持つようになるだろう。時代に逆行して強肩を発動しようとするならそうなるだろう。弱体化させられた恨みもあり、以前よりもっと過激になる。

もう後戻りは出来ない。前進あるのみだ。

 

 

Gambar oleh Gerd Altmann dari Pixabay