JOCを母体とするオリ・パラ組織委が,舞台裏を知らされない国民をムードに乗せて利権を貪るのが,電通の鳴り物入りで突き進む「東京五輪」の「真の目的」である疑いが濃厚だ。

 

国が1500億円,都が6000億円の血税を出し,組織委が,スポンサーからJOCと電通が集める協賛金で6000億円を出すという内訳だが,組織委もJOCも電通も,いくら集めてどう使うかの詳細を,まるでNHKの制作費のように明らかにしない。

 

協賛金は4200億円ほど集まっているはずだが,スポンサー契約の「手数料」を2割も懐に入れる電通は,現時点でもザッと840億円以上の儲けを出している。

 

もちろん,国や都の五輪CM,スポンサー企業の関連CMなどで,たまる一方の「かすり」は莫大な金額になり,五輪招致に入った頃から考えれば天文学的な数字のボロ儲けだ。

 

まさに,守るも攻めるも金のため だ。

 

五大紙や系列テレビの大手メディアは当然ながらスポンサーだから,またぞろナチスばりの横一線で「ハイル!五輪!」になっている。

 

そのうち全国民に鍵十字の腕章でも配るのではないか?

 

五輪の胴元はアメリカの3大ネットワーク(NBC・CBS・ABC)で,ヨーロッパで人気スポーツが開催されない7月中旬から8月末までが最も五輪放映に都合がいい。

 

ここに忖度が働いて,酷暑で死者が出る可能性が高いにもかかわらず招致に血道を上げ,あまつさえ「10万人のボランティアでレガシーを!」なんて,無給にして雇用者責任を逃れようと汚い真似をする。

 

これでは,視聴率のために障害者までお涙頂戴で利用して,当の障害者や家族からも批判されたというのに,性懲りもなく今年も偽善の極みを繰り返した24時間テレビと同根だ。

 

24時間テレビが,福祉への善意を隠れ蓑にした視聴率稼ぎだという本質は今や多くの国民に見抜かれ,「もういいかげんにやめたらどうだ?」の声は大きくなっている。

 

アテネに帰せばいいオリンピックを,ひたすら金のために強行する醜さは決して「世界に誇れるレガシー」なんかにつながりはしない。

 

「読む子はゆがむ 〇〇新聞」

 

「新聞を 取らない家庭 明るい日本」

 

「ウソつきは マスコミの始まり」

 

新聞を取らない家庭が年々急速に増え,テレビから離れる若者がどんどん多くなっているのは素晴らしいことで,

 

広告料を激減させ続け,トランプではないが,国民の敵ナンバーワンで民主主義の破壊者である大メディアを,反社特殊法人NHKも含めて消滅・弱体化させる必要が強まっている。

 

血税への寄生虫共をのさばらせたままで消費税を再三上げつつ,湯水のごとく金を使う東京五輪を強行する意味は全くない。

 

「今からでも遅くないから正気に帰ろう」だ。

 

目前の貧困や将来への不安のためにこそ血税は投入されるべきで,「五輪利得」で潤う「ごくごく一部の者共」にブラックボランティアで熱中症による死の危険を冒してまで「利用される」ことはない。

 

東京五輪は返上すべきだ。

 

純粋に栄誉のために戦うのなら,オリ・パラのアスリート達が輝く世界規模の「場」は他に多くある。

 

かつて「アメリカと開戦すべきではない!」と訴えた人々は,非国民呼ばわりされて村八分になった。

 

肝心な「五輪利得」を国民全体に隠蔽したままで,ひたすら開催ムードを煽り,いまだ残る残留放射能への不安や,いわゆる「勝ち組」以外の国民の苦しい暮らしと将来不安をないものとして強引に突き進む「空気の支配」こそが,「この道は いつか来た道」 ではないのか?

ナチズムやファシズムは「いかん!」という奴らこそが

本当は全体主義が大好きなんだなあ・・・と納得する。

 

鍵十字の腕章を巻いてから人前に出てものを言うがいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GPIFも,もはや懐かしい言葉とされてしまった。

 

日々の暮らしに追われて,国民の大多数はとうに忘れてしまっただろう。(それが盗みヶ関=霞が関=掠めヶ関の盗人官僚群とコバンザメ記者クラブの狙い)

 

サラリーマンの厚生年金と公務員の共済年金が一元化されたが,共済年金の積立金は独自運用で,現在の共済年金の資産構成割合は国債70%以上、日本株は8%にすぎない。

 

つまり自分たち公務員の年金積立金には手をつけずに、サラリーマンの積立金を不安定なマネーゲームに費やしていることになる。大穴を開けて泣いてみせても失った金は返ってこないのに。

 

ツケはいずれ必ず,国家権力とは無縁の一般国民にかかってくる。

 

国民全般の年金運用を担当する厚労省・GPIFの職員は公務員だから,実に小汚い手を考え,国民全般が「なぜ公務員分の年金だけは株式市場の危険にさらさないんだ?」と怒るのを避けるため,コバンザメ記者クラブと示し合わせたわけだ。

 

これまた民主と自民双方の「公約破り」でやられた「消費税アップ」での,新聞への軽減税率適用も,国会で採決される前日にチラリと「なお,定期刊行物にも軽減税率が適用になります」とふれただけで,テレビも(新聞資本)新聞も,国民の関心を徹底的に「食料品」へと引き付け,

 

大好きらしいナチスそのものの一糸乱れぬ統制で,自らの高給と権力との癒着を守り抜くための「国民騙し」を「貫いた」

 

東北復興予算を流用していた決裁権者の追及も,元国税庁長官の佐川が自殺させた人々の悲しみも,憤懣やるかたない御遺族の苦衷もまた,権力と御用報道機関は一体化して国民に忘れさせようとして成功しつつある。

 

今回明るみに出た障碍者雇用の水増し報告も,可能な限り遡って民間に課すペナルティと同額を「必ずいる決裁権者から」国庫に納めさせるべきだが(罰則規定がない?法律不遡及?だいじょうぶ!東京裁判の貴重な実例があるんだから)

 

またぞろ,しばらく騒いで,反省したふりをして,例によって例のごとく終わりだろう。

 

小汚い官賊の手前勝手な論理とはそういうものだ。国民は家畜としか思っていないのではないか。

 

もちろん,財務省の福田が代表して?繰り出した「恒常的なセクハラ攻撃」も,本気で無くすのなら,まずは世界でも特異な現行記者クラブ制度を消滅させることから着手しなければならないのに,それこそが「本丸」であって「問題の核心」なのは皆が承知しているくせに,

 

これまた「政府と官公庁とマスコミが一致団結して」警察を筆頭に従来どおりセクハラを楽しみ,内閣官房機密費を仲良く貪りあうためか,バラエティだスポーツだ東京五輪だと国民に目くらましをかけては,これまでのシステムを温存しようとしている。

 

「夜回りには女性記者を絶対に充てない」とか「昼夜を問わず一対一の危険な取材状況を排除できる制度」とか「権力の息がかからない本当の本物の第三者機関」を設けて,取材者へのセクハラがあった際の調査権限や処罰に関する特別法を定めるとか,

 

本気で取り組むなら様々なシステム案を考えられるだろうに,なにやら女性記者OBが団体を作ったとまでは報じられたが,これまた必殺技の「忘れさせ作戦」に入ったようだ。

 

これは自衛隊員の,貫通しやすい鉄帽や通気性の悪い戦闘服,やむなく私物を使わざるを得ない粗悪な通信機器や,のべたら弾詰まりを起こす機関銃,エアコンなしの装甲車両や,対戦車地雷を踏めば10メートルは上へ吹き飛ばされる車両,整備予算不足で危険な状態のヘリ群,

 

天下り先を確保するための分割発注で,諸外国と比較して異様に高い武器類の調達価格とその威力不足等々の,文字どおり貴重な命に関わる大問題が,国民一般の耳目には決してふれないように隠蔽されていることもまた同じだ。

 

ウソばかりが明るく輝き,血税を際限なく吸い込む盗みのシステムを温存し,ごく一握りのドロボウ軍団がその特権を享受し続けるための「核心隠し」が恒常的に行われている。

 

政局と選挙区向けのパフォーマンスであるモリカケばかりが問題ではなく,こういった卑劣極まりない「権力が用いる,国民に核心を忘れさせるための詐術」を,タダ乗り飛行機や新幹線で週末ごとに帰ってくる地元で訴えるのが国会議員の責務だろうに,

 

人が集まる繁華街で下劣な温顔を浮かべて握手を求め,見え透いた票目当てで出席する各種行事で心にもないリップサービスと「国政への意欲ポーズ」をアピールする以外の姿は目にすることがない。

 

少子高齢化と肥大化する医療費で財源が足りない?

 

20年以上前から騒いでいる,明日にも日本が倒産するかのような大嘘はもう聞き飽きたが,政府の債務が増え続けているのならなおさら,血税に吸い付くダニの群れを駆除することから始めるべきではないだろうか。

 

手始めに,記者クラブに入れない週刊誌は「本年の天下りベストテン」や「元キャリアの,今だから話せるおいしい役得経験大特集」「女性記者覆面座談会・霞が関のセクハラ十傑」「都道府県別・自治体関連機関主要役職者の経歴と年俸ランク」などを精力的に取材し,

 

これを積み重ねて,血税が,どういったダニの相関図で吸い取られているかを国民に伝えてもらいたい。

 

国の真似っこが都道府県と市町村だから,おおむね中小零細の3倍の人数と時間をかけてチンタラと働き,それでいて3倍以上の高給を当然のように貪る者達が,退職後も,血税を原資で作られた公的な施設の管理部門などに潜り込んで安楽に過ごしている実態を白日の下にさらしてほしい。

 

血税の使途に目を光らせ,権力の濫用に対してはいち早く国民に成り代わって抗議批判するのがマスコミ本来の「民主主義の基盤を形成する尊い責務」だとは,他ならぬマスコミ自身が内外に表明している。

 

ダニ連合が隠蔽する「不都合なシステム」を突き崩すには,真実を国民全般へ知らせるように,必要なあらゆる手段を使って要求し続けることが大切ではないか。

 

 

税を盗む奴らは 自分はCOLORED外だと

特権意識でも持っているらしい。

 

まさしく 官賊だなあ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公立チャンピオンとセミプロ私立チャンピオンを別々に選べばいいものをと,いつの頃からかいまいましく思うようになった甲子園が佳境に入ってくる頃に,毎年お盆がやってくる。

 

まためぐり来て盛夏 蝉の声せわし の感慨に捉われていたのに,足早に訪れる晩夏に吹く風に一瞬,秋の気配を感じる季節。

 

どうせ73年経っても,敗戦記念日まではテレビも新聞もネットも「戦争オンパレード」だろう・・・

 

例によって例のごとく,敗けてよかっただの,もう何があっても戦争だけはよくないだの,総てが愚かで,狂気が支配する戦争だのという,

 

民間人をけた外れに大虐殺した上で日本に乗り込んできたアメリカが,NHKラジオの「真相はこうだ!」なんどを使って刷り込んだ

「ご主人様の教え」をオウム返しにする,

 

実に醜くくだらない「奴隷の平和礼賛」の嵐が,まるで恥を知らないように(知らないんだが)吹きすさぶんだろう・・・

 

と憂鬱で,大昔に流行った「いつまでたってもバカな私ね~♪」という歌が胸の底でリフレインしていたので,

 

関東から夏季休暇で帰省してきた末っ子と,墓参ついでに昼食に出かけた。

 

鹿児島本線の東市来駅に近い外食に入ろうと駐車場に停めたら,隣に停めようとしているバアサン 訂正! 高齢の御婦人がしきりとこちらを見ている。

 

「あら 知り合いかな?」と思ったが知人センサーは反応しない。

 

息子と家人を先に行かせて最後に車から降りると,どうやら御婦人は運転にあまり慣れていないようで,私をチラ見しながら立ち往生している様子。

 

極右のキリスト教徒としては(そんな奴が日本にいるのだろうか?)一瞥を投げて立ち去ってもよかったのかもしれないが!?

 

情に脆いのが最大の弱点である私としては,つい立ち止まって「大丈夫ですか?」と声をかけてしまった。

 

御婦人はパッと顔を輝かせると「すみません 不器用なものですから」という意味のことを鹿児島弁で言った。

 

「あ,では私が誘導しますから」と言い,車はかなり斜めになっていたが,下手に切り返しを求めると必殺技の「踏み間違い」が一閃するとかなわないと思いつつそのままで駐車してもらった。

 

「本当にありがとうございます」と何度も仰るのを,「いいえ とんでもない」と返して私は店に入った。

 

メニューを選び,窓から国道を見ながら「末っ子も家人も,こういった場に来てまで,父や夫がいつものように,こんな奴隷の平和に甘んじていては日本はいつになったら独立できるかわからんゾ!」なんて悲憤慷慨しては迷惑だろう」と思い,努めて一般的な世間話をしていたのだが,

 

ふと気づくと目の前に件の御婦人が立っていて,手にはブドウを1パック持って微笑んでいるではないか。

 

よほど嬉しかったのだろう,あらためて何度も「本当に助かりました」と繰り返されたので,私もつい立ち上がって「これはかえって恐縮です。ありがたくちょうだいします」と言い,

 

続けて「いや,私はだいたいが・・・」と人生のモットーを説明しようとして慌てて口をつぐんだ。

 

そう,過去に一度だけだが口を滑らせて大失敗したのを思い出したからだ。

 

人を傷つけることは慎まなければならない。

 

思春期に始まる私のモットーとはすなわち,「ブスにも老婆にも優しく!」これである。

 

もちろん,車を運転する際に相手に譲る時なども,ニッコリと微笑んで手を振りつつ内心でこのモットーを呟くことにしている。

 

やはり,美人にはチヤホヤするくせに,ブスや老婆にはかまいつけないでは男として情けない。

 

ちょっと脱線するが,だいたいが年寄り婦女子にはエラく強く出るくせに,文句やクレームをつける時に一人で乗り込む度胸がなく,ゾロゾロと衆を頼むような奴らにロクなのはいないと断言できる。

 

弱者や年少者への いたわりが無い者を心底「軽蔑」した,鹿児島県本来の伝統に反する卑怯な連中だ。

 

残念ながら,私は自分自身の血の源流である鹿児島県で,主として日教組や自治労と対峙する際に,ウンザリするほどそういった醜悪な光景を見せつけられたのだが。

 

閑話休題でございました。

 

御婦人は食事を終えて帰る際にもう一度,嬉しそうに手を振って出て行った。

 

鈍い私は,帰宅して就寝する時になってようやく,あれはひょっとして神や仏があの御婦人に身を変えて,私に神仏に仕える機会をくださったのではないか?

 

政治活動としての社会運動に励むのもいいが,まずはゴミ拾いや草むしり,身近で困っている人へ可能な限り手を差し伸べろという教えではないか と思い当たった。

 

青年でなくなれば,周囲はもう本人のメンツを考えてなかなか直言はしてくれない。腹の中で「どんな自己教育をしてきたんだろう?」と笑うだけだ。

 

変なところで役立つモットーではある。

 

この秋に首相の座を争う植民地総督殿も石破氏も,声を大にして国民に呼びかけられてはいかがか?

 

「ブスにも老婆にも優しい,美しい日本を今度こそ私と作りましょう!」

 

8「

少女剣士による自顕流の稽古

(鹿児島県 霧島市)