「自民総裁選に物申す、「消費税増税中止」の議論を。お金は知っている」

H30/9/14(金) 16:56配信

                               【お金は知っている】

 自民党総裁選では、安倍晋三首相と石破茂元地方創生相の両候補とも、来年10月の消費税増税を既定路線としている。

 

恐れ多いが「ボーッと生きてんじゃないよ」と言いたくなった。2014年度の消費税増税で激減した家計消費に追加増税の追い打ちをかけて、大規模な自然災害が多発する日本列島の国土保全や地方創生を図れるとは、甘すぎる。

 10年前のリーマン・ショック後、家計消費は急速に落ち込み、アベノミクス開始後に急回復したが、増税で台無しだ。最近になって持ち直す兆しが見えるが、3%の税率上げ幅分を差し引くと、消費水準は10年前を大きく下回る。

 安倍首相は来年の再増税について「自動車とか、住宅とかの耐久財の消費を喚起する、あるいは商店街等々の売り上げに悪い影響がないように、きめ細やかな対応をしていきたい」と述べたが、小手先の対応に腐心するよりも、すっぱりと中止を宣言すべきではないか。

 石破氏は「経済の7割は個人消費が支えている。個人が豊かにならなければ消費は増えない」と一見もっともらしく語るが、

 

所得がわずかに増えたところで、消費税増税で年間8兆円以上も家計からカネを吸い上げ、内需を抑圧しておいて、どうやって賃金が上がると言うのだろうか。

 

他方で「地方創生」を最重要目標に据えるが、飼料代が増税分だけ負担増になるのに、卵1個の出荷価格の1円上げすらままならぬ地方の養鶏家の苦境にどう応えるのか。

 消費税と自然災害は無関係とみなす向きもあるだろうが、天災はすなわち人災である。人災とは政策の無為または失敗を意味する。

 

国土の安全は治山治水インフラ、それを維持、運営するコミュニティーと組織・機構が整備されなければならない。支えるのはカネである。

 財務官僚が政治家やメディアに浸透させてきた「財源がない」という呪文こそは、国土保全に対する危機意識をマヒさせ、インフラ投資を妨げてきた。

 

「財政健全化」を名目にした消費税増税によって、デフレを呼び込み、税収を減らして財政収支を悪化させ、さらに投資を削減するという悪循環を招いた。「備えあれば憂い無し」という常識が失せたのだ。

 東日本大震災に限らない。今夏、中国地方を襲った豪雨災害や、北海道地震後の全道停電、交通マヒでも、政府・与党はもっぱら事後の大盤振るまいに汲々とし、緊縮財政を支持するメディア多数派は「想定外」だと済ます当事者の無責任ぶりを見過ごしてきた。

 もとより、国家の政策とは、安倍首相が強調するように「政治主導」で決まる。家計簿式に単純な収支計算によって国家予算の配分を決める財務官僚にまかせる従来の方式では大規模で長期にわたる資金を動員する国土安全化計画を遂行できるはずはない。

 多発性の災害までが加わった「国難」に対処する手始めは、消費税増税の中止など緊縮財政思考の廃棄とすべきではないか。(産経新聞特別記者・田村秀男)

 

              引用終わり

 

大東亜戦争中の株価変動を思い起こす良い記事。

 

ミッドウェー海戦を境目に,敗北への道を転がり落ちる日本と共に下落した株価は敗戦まで持ち直すことはなかった。株価は時代の流れを映す鏡だという説は正しいのではないか。

 

どれほど「統計の詐術」を用いても,これほど消費が冷え込んだままでの再三の増税はNGなのは明らかだ。

 

第一,日本丸の船底にベッタリと着いた牡蠣殻のような「血税ダニ官僚群」をこそぎ落さずに,どうやって船足を上げるのか?

 

「財源不足だ」と言い募る前に,このダニ群を集団自殺させるか永久国外追放すれば,いったい何十兆円浮いてくるかの「数値」を国民に示すべきだ。

 

エリートだと,盗人同類項のコバンザメである大手メディアから持ち上げられる牡蠣殻ダニを船底から剥がさないままで,

 

まして,セクハラ財務省,改ざん財務省,自殺者切り捨て財務省などと国民一般から蔑まれたままで,どれほど将来不安を煽って増税を企んでも,

 

「まず,お前らが先に「合法的な盗みのシステム」を無くして財源としてから言えよ!」と,秘術を尽くした税逃れに国民一般は知恵を絞るだろう。

 

どこかの「軍事侵略ジェノサイド国家」で昔から人口に膾炙している,「上に政策あれば下に対策あり」が蔓延する国情は決して望ましいものではない。

 

財務省に限らず,警察庁を筆頭に,あらゆる領域に潜り込んでくる「天下りのエサ代」負担は,大多数の「天下りに縁のない民」にとっては重くのしかかり,

 

霞が関=盗みヶ関ダニクラブが巧妙に合法の擬態を取って際限なく新設する「天下り利権の増殖政策」を自治体も真似っこすることによる「無駄飯食いの量産」は耐え難いものとなっている。

 

ウソまみれの行政を全く信頼できず,どこまで小汚いダニが増えるのかと戦き,それを駆除するために戦う真の野党を持てる見込みもなく,家計消費は乾ききったタオルを破れるまで絞ってもう限界だとくれば,

 

「財政再建!」と笛や太鼓をナチス謹製の記者クラブがいくら叩いても,将来のための増税なんてハナから信用できないと思うのは当然だ。

 

石破氏も,ここらへんのところを鮮やかに剔抉する主張を右顧左眄せずにできれば,まだ勝算もあったかもしれないな。

 

できるはずもないけれど。

どんな激甚災害にも,最精鋭の軍特殊部隊による不意急襲にも,ダイジョーブらしいズラリと並んだ原発群

 

「命より 仲間の団結」と言うが,死んでからの団結とはなんなのか??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*朝日、日本語版の慰安婦ネット記事も検索回避 後で設定変更「操作誤る」*

平成30年9月9日   産経新聞 

ウェブサイト「朝日新聞デジタル」の慰安婦問題に関する英語版記事2本がインターネット検索できない設定になっていた問題で、同じ内容の日本語の記事1本にも、利用者が特定ウェブページを訪問することを防ぐようにする「メタタグ」が埋め込まれていたことが分かった。この記事は公開当時は検索可能な設定だったが、後からメタタグが埋め込まれていた。(以下 略 引用終わり)」

 

朝日は,沖縄のサンゴに自分で「K・Y」と派手に彫り込んで傷つけておいて,「KYって誰だ?」なんて,極めつけの捏造をやった大御所で,NHKと並ぶ「ヤラセと捏造のプロフェッショナル」だし,産経がここぞと叩くのも無理はない。

 

しかし,慰安婦に関する事実無根を,英字版でコソコソと海外に流していたのは,いわゆるヘンタイ毎日新聞もだし,共同通信やNHKにも類似行為がある。

 

近年,朝日ばかりが御同業からの標的になり,特に犯罪者の殿堂NHKの職員による凶悪な事件の記事は,かなりな速さで「検索不能」「記事が削除されました」となっている感が強い。

 

もしも利権を盾にして不都合な記事を削除させては,紳士淑女面して「裁判片手の,堅気に見せかけた極道ぶり」を発揮し,美味しい電波ヤクザ道をまっしぐらなら,これほど公共の電波を使わせてはならない邪悪な組織もないだろう。

 

関連子会社等を使って,多くの抜け道や「しゃぶらせるアメ」をこしらえるのに悪知恵を絞り,スポンサーの?国民からの批判には一切答えようとせずに「安室引退騒動」に思い入れたっぷりのコメントを出す,お手盛り年収3000万円超えの上田の表情は実に賤しい限り。

 

こういった国民の敵ナンバーワンぶりに,国民一般になり替わって強烈に噛みつくメディアが出てくればと,ないものねだりとは知りつつも考えたりする。

 

NHKは,軍慰安婦へ日本軍が,働く女性の人権を守るためにも施した,適正な労働条件の監視や衛生管理の徹底を促す等の「当然実施すべき関与」を,

 

あたかも人権蹂躙や売淫の強制をするためのものであったと視聴者に強く思わせるような「恥ずべき詐術」を公共の電波を縦横に使って行ったが,

 

(趣旨の違う公文書の映像をチラ見させつつ,得意の悪意に満ちた印象操作を仕掛けた)

 

今日まで長い歳月に繰り返されている国民からの訂正および謝罪要求を黙殺し,ただひたすら国民に忘れさせるための工作を続け,朝日が叩かれるのを横目で見ては「ほくそ笑んでいる」

 

法律に巧妙な抜け道を仕込んでは,公金にダニのように吸い付いてはしゃぶりつくす似非エリート官僚群と同じで,組織の予算を握る要所に餌を撒いて飼い慣らしては自らのみの安楽を貪る姿勢は醜悪そのもので,

 

さすが中国共産党の宣伝戦機関であるテレビ局と常に同居する売国特殊法人だけのことはある。

 

慰安婦についての歴史戦は,南京大虐殺の幻と同じでまだまだ現在進行形だ。

 

トランプに胸倉をつかまれて「俺様とのディールでゴマカシがきくなんて思うなよ!」とすごまれ,青くなっている暇はないのだ。

 

植民地総督府である政府は,せめてもの意地を歴史戦において見せてくれ!と,悲鳴を上げたくなる昨今。

 

国を売ってほくそ笑んでいるのは朝日だけではない。ナチコミはそのほとんどが,不可視の「鍵十字の腕章」をつけていると思って間違いはない。

 

記者クラブ・マスコミが「絶滅期待種」である所以である。

わが国が,まごうかたなきアメリカの植民地であることを隠し続け,国民に意識させないのが,「絶滅期待種」である記者クラブ・マスコミの尊い?任務。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネット社会とは恐ろしいもので,いつの頃からか,歴代彼氏や歴代彼女という「まとめ」が目につくようになった。

 

有名人に限るとはいえ,また,ジャーナリズムが発生して以来,エロ・グロ・ナンセンスは不動の集客要素だとはいえ,

 

メディアが振りまく毒素は一般人にも知らず知らず悪しき影響を及ぼすから,

 

そのうちに結婚披露宴とかでもシレッとして司会者が紹介に及ぶようになるのではないかと秘かに危ぶんでしまう。

 

「え~ 新郎にとって新婦は歴代彼女の八代目に当たられ・・・」

 

「新婦にとって新郎は歴代彼氏の十代目だということで,お二人は本日の喜ばしい縁を手にされたのでございます」

 

ここで両家の参列者からは温かい好意と祝福の思いに満ち満ちた拍手が湧く・・・のだろうか。

 

グラスを満たしに雛壇に駆け寄った諸氏は「どうですか?お互い歴代と比べて何が良くて踏み切ったんです?」なんて聞くのだろうか?

 

いつだったか,研修の宿泊先で偶然泊まり合わせた,小学6年生の女の子を持つ奥さんとホテルのバーで少し飲んだ時に,

 

「娘が先日,つきあっていた彼ともう別れたと言ったんです」

 

「別れた!」と彼女は言葉を継いで笑い,最近やたらと流行り始めた「元カレ」だの「元カノ」だのと平気で言い放つ風潮は絶対におかしいと,

 

コースターの上のグラスについた水滴を,パールグレーのマニキュアを塗った爪先でゆっくりとなぞりながら呟いた。

 

私は娘を持たない身だが,聞きながらなんとはなしに,

 

「将軍,恐ろしいのは嫉妬です。それは,まなじりを緑の炎に燃えあがらせた怪獣だ,人の心を餌食とし,それを苦しめ弄ぶのです。」という,

 

「嫉妬の悲劇」と呼ばれている「オセロー」の中で最も印象に残ったイアーゴーの台詞を思い浮かべていた。

 

元カレが元カノがと言い合うペアは,ジェラシーという,悪魔が用いる最大の武器の鋭く光る狡猾な切っ先からどうやって二人の愛を守るのだろうと心配になったのを覚えている。

 

もう立派な懐メロになったが,井上陽水の名曲のひとつに「ジェラシー」がある。

 

あの作品世界にあるように,ジェラシーが掻き立てる,たとえようもなく甘美でいて,そのくせ時として残忍なまでに心を切り刻む魔力は,

 

理性が激情の突風によって急流に呑まれ,二人が取り戻せない遥かな昨日への痛憤と悔恨に苛まれた愛おしい瞬間の記憶と共に,多くの男女の胸の奥に今も鮮やかな刻印を残しているだろう。

 

願わくば,歴代長官じゃあるまいし,そっと秘めておきたい大切な出来事ならなおさら,ことやかましく宣伝するような恥ずかしい風潮がここらで一度立ち止まってくれることを。

 

秘すれば花や,含羞という,滅びようとしている美しい言葉と共に,誰にもふれさせない宝石のような愛の形見を,胸の奥底に大切にしまったままで生を終える人々が,こよなく愛する祖国に増えてほしいと静かに願うことがある。

    野分吹き 夏の別れを 胸に秘む