ふとしたはずみに「あっせん」という言葉を聞くことがある。

 

今もあまりいい意味では使われないが,浮かんでくるのは高校時代の学級日誌だ。

 

公立高校に落っこちたのが大勢行っていた男子校だった私の時代とは違って!?今はずいぶんレベルアップして難関校合格率も良くなり,

 

どちらかというとお嬢さん学校になっているという博多の西南学院だから現在はこんなことがあるはずもないが,(読売新聞西部支局のルーキーだった女性記者に,訛りから気づいて出身校を聞いたらピッタリと西南学院卒で,そういった驚愕の?現状を教えてくれた)

 

当時は退学や謹慎もけっこう多く,授業中に「机を前後に空けて喧嘩させる」なんてメモが回ると,見張りを立てての「休み時間タイマン」が派手にあったり,

 

5限目に顔をボコボコに腫らしてやってきては,教師に問い詰められると「転んだ」と定番どおりに?答えるのがいたりと,不良市場でもなかなかの実績を上げる「愛の学園」だった。(ミッション系の学園だからか校歌の一節にこの言葉がある)

 

3年生のある日,ふと学級日誌を手に取った私は,連絡事項欄に記入された「あっせん」という言葉に目を引き付けられた。

 

そこには,きれいな読みやすい筆跡で「彼女が欲しいひとはスグに あっせん します。遠慮なく2D中村(仮名)まで言ってきてください」とあったのだ。

 

この中村君は,受験浪人でいわゆるダブりだったのだが,当時の人気俳優だったショーケンのような輪郭や均整の取れた体,そして何より抜群に喧嘩が強いことで,全校はもとより,他校のツッパリ君達にまで勇名が鳴り響いた存在で,

 

グリーンのナナハンには必ず可愛い子を乗せ,あまり可愛くない場合のみはフルフェイスをかぶらせることでも知られていた。

 

部活を終え,西鉄福岡駅から久留米まで帰る道すがら,車窓の夕景色に「あっせん」の四文字が重なってなんだか可笑しかった。

 

あれに釣られて下手に中村君に「あっせん」を頼んだ奴らが,もしも引き合わされた彼女に不満があったとしても,ひょっとして出されるかもしれない「高い条件」にビビったとしても,

 

あっせん者が瞬時に繰り出すかもしれない電光石火のパンチとキックを怖れて,とてもじゃないが断れないだろうなと想像するとますます笑いがこみあげてしかたなかった。

 

柔道着だけを持ち,ダボダボのズボンと不必要に長い学ラン姿の高校生が,一人でニヤニヤしているのは,他の乗客達から見れば変な感じだったろう。

 

大学に進んでからも,同じ久留米市出身ということもあり,医療技術の長期研修で上京してきた中村君との接触はしばらくあったが,通勤電車内での淡い恋の話を聞くことはあっても,あの学級日誌に記された「あっせん」の四文字が話題に上ることはなかった。

 

現在は,恋人を持てないのではなく「持たない」選択をする若者が男女共に増えているとも聞く。

 

街中を一人で歩いている若い男女をみかけるたびに,フラッシュバックする青春の四文字「あっせん」に,思わず微苦笑することがある。

 

             ゆくりなく いとしき日々に 野分吹き

 

 

 

 

 

沖縄の知事選が終了した。

 

大差が!民意が!政権に打撃が!と例によってやかましいが,大手メディア以外の記事をたんねんに読むと,デニー知事に喜んで投票した県民ばかりではなかったことが察せられる。

 

「チッ」と舌打ちしながらも,なんだ政府のこのやり口はと,怒りと抗議を誇りをもって示すために投ぜられた批判票も多かったように感じる。

 

デニー知事はかつて,米軍を去らせた後は自衛隊を配置するしかないとの,しごくマトモな持論を公にしていた人物だが,

 

今回の知事選に臨んでは,こちらが戦う構えを解けば,どこの国とも事を荒立てないで平和裡にやっていけるといった,いわば女学生の作文的な言辞を弄し,現実との遊離が甚だしいように見受けられた。

 

おめでたい者どもの票を取って勝つための迎合なのか,考え方が変わったのか,そのあたりは御本人でないからなんとも言えないが。

 

政権側は,愚にもつかぬ御機嫌取りや「金目での釣り」,国家安全保障上で沖縄が果たす重要性を真正面から訴えない姑息な戦術など,誇りある者なら到底容認しがたい愚かなふるまいを繰り返し,結果として,沖縄のプライドの壁に撥ね返されたのではないか。

 

本土に住みつつ,沖縄を思えばいてもたってもいられない的な,おためごかしの同情を弄ぶ者は多いが,そういった方々が,自らの住む地域にアメリカ軍を駐留させようと強く求める例は寡聞にして知らない。

 

元来が,国家安全保障は政府の専権事項だから,まず国家戦略の大綱と,それに応じた部隊配備のおおまかな全体図を必要度と共に示し,配備先の自治体に協力を求めるべきで,

 

日本国防衛の必要上,当該自治体がどういった貢献度を持つかを直截に示して,過重な負担とならないための最大限の配慮をしつつ,整斉と配備を進めていくべきだ。

 

これは,諸外国にあっては至極あたりまえのことで,国防上の必要性が自治体の「民意」によって妨げられ,妨害を受けるなどありえない というのは,数年前に,欧米勤務が長かった時事通信社の支局長殿から直接に聞いたところだ。

 

「マスコミの仲間内では言えないし,もちろん記事にはできないけれど,諸外国での軍隊配備は,国家安全保障上の必要ということで迅速に決まるし,自治体側もまた,国防へ貢献できることを名誉と捉えるのが普通ですよ」と。

 

沖縄の現行配備が過重ならば,九州など隣接自治体へアメリカ軍を適宜移していくべきで,同じ国民として,外国軍の駐留による悲哀や危険を共有していくべきだと以前から思う。

 

別にあんな星柄のパンツの旗など好きではないし,かといって,アメリカ兵だからといって全否定する気もないけれど。

 

「怒りのこぶしを突き上げて」アメリカ軍への訓練場提供に反対の気勢を上げる暇があったら,憲法の精神があ~と,何の実効性も期待できないことが証明済の「呪文」を唱える暇があったら,少林寺拳法を学んで錬成を積んだ方がまだいいだろう。

 

結局は,ゆくゆくはアメリカ軍のほとんどを国土から引き取らせて新国軍を創り,地元の若者を中心とした部隊配置を行い,自らの手で自らを護るという世界の常識を取り戻し,必要やむをえない戦争ができる国造りを急ピッチで進めるしかない。

 

今回の選挙で,もしも政権が推す候補が,そして政府が,こういったことを真正面から振りかざし,堂々と颯爽と,国防への貢献と政府として絶対に譲れない責任を訴え,併せて,対米自立を踏み出す一歩をここから記そうと呼びかけていたなら,ある程度は違った結果となっていたかもしれない。

 

しかし,美味しい軍事攻撃目標の原発をズラリと並べていながら核シェルターの整備も全くしないし,自衛隊の駐屯地や基地をドローン攻撃されても110番をするしかないし,せっかく戦時中の防空壕が発見されても「再活用」する気は毛頭ないし,

 

貯水池等や通信ケーブルポイント,送電結節やガス等のライフラインへの「歩く殺しの機械達」によるかく乱攻撃への備えと実戦的訓練も全然なしで,軍事学上に全く存在しない「専守防衛」という珍妙な小役人の気休め言葉が大手を振って氾濫している現状では,

 

そして,プロフェッショナル達が,保身と安泰のためにダニ役人の真似っこを平気でしているようなことでは,拉致も領土も,何もかもがアメリカ頼みで,指をくわえて「何かしたフリ」を続け,国民に忘れさせ,諦めさせることしかできないのだが。

 

街角にアメリカ兵が立哨し,たとえ軍用機が墜落してもアメリカ軍が規制線を張って日本人は一歩も入れず,アメリカ軍の都合で要所要所に装甲車が布陣し,傍若無人に軍用車が走り回り,抗議する日本人は問答無用で撃ち殺すといった光景が全国で見られるようになって,

 

入管せずに横田基地から日本に降り立ち,あまつさえ,自衛隊員まで呼びつけて(情けない!)演説をぶったトランプの無礼千万なスタイルが当然のこととして定着し(親密らしい?シンゾー総督は抗議すらしなかった)

 

自分達はアメリカの植民地に生まれ育ったのだという現実を嫌というほど見せつけられなければ,日本人の魂に火は点かないのかもしれない。

 

しかし,悪辣な統治に長けたアングロサクソンは百も承知だろう。

 

いくら「パールハーバーを忘れない」と言われても「ヒロシマ・ナガサキを忘れないよ」と言い返せもしない腰抜けばかりだと思っても,70年以上かけての占領教育で念入りに去勢した民が本来持っている誇り高い魂にわざわざ点火して,厄介なトラブルを頻発させるのは得策ではないことを。

 

なにしろ白い悪魔達の植民地経営は,わが国と違って年季が入っている。

 

白いのは,おも白い恋人 だけでたくさんなのだが!?

 

わが国にもかつて存在した,良い意味で使われた方の「悪党」が,今ほど必要とされている時代はない。

 

宗主国の懐深く入り込み,その悪辣さの上を行く手練手管で,極秘裏に敵の喉笛を切り裂く手段を模索し,ひそやかに準備しながら,長い時間をかけて対等を手に入れていく。

 

生まれ代わり死に代わって,楠木が足利を執拗に狙い続けたような,いつかは必ずという,「水に流さない」執念に裏打ちされた独立への持久戦の真っ最中なのだと思う。

 

それは,現代のローマ帝国を衰退させるために,古き祖国の名において挑まれる長い戦いに違いない。

 

 

戦争ビジネスをバックアップさせるために日本人の血を流させる。まるで古代ローマの属領で編成された「補助部隊」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは韓国や中国への修学旅行が流行り始めていた頃だった。

 

やれ朝鮮植民地化の蛮行だの,お定まりの南京大虐殺だのを,旅行前にさんざんNHKの反日番組を生徒に見せては洗脳した挙句に現地へ連れて行っては,

 

感想文に「日本に生まれたくなかった」だの「自分にこんな汚い血が流れているとは知らなかった」だのと書かせて,日教組と,それに付和雷同して「摩擦を避ける」「抗議すべき時に沈黙する卑怯者」の教師集団が共にバンザイしていた醜悪な時代。

 

県立高校の事務室で働いていた私は,どういった流れで旅行請負業者が決まるかを見聞きすることがあったが,業者さんは商売だから,当然ながら学校現場の意向がどうで,下に媚び,下に飼われることが多い校長の実態も知り尽くしている場合が多かった。

 

私は,文字どおり「やむにやまれず」こういった,一次資料による立証もないままで日本の名誉を汚すナチスのような洗脳が血税で行われていることに怒りを覚え,新聞の時事評論欄に実名で告発しようと思い定めた。

 

そんな頃,日本旅行という会社の営業マンとよく言葉を交わすようになった。彼は,公務員としては,黙っておけばいいのに黙ってはいられない,つまりは三匹のサルにはなれない私が,抑えた表現ではあっても堪え切れずに話す「立場を利用した売国行為への怒り」を,穏やかに,如才なく,自らの職責を損なうことのない言葉を選びながら,辛抱強く聞いては,控えめに答えてくれるのが常だった。

 

暑い盛り,校舎の廊下で行き会った際に,彼に先を譲って歩いていると,サマースーツをキチンと着こなした首筋に玉の汗がいっぱい光っていた。

 

ノータイの半袖シャツという自分の軽装に思わず気が引けて「こんなに暑い中をスーツでいつもたいへんですね」と声をかけると,「いえ,自分達はこれが制服ですから」と彼は微笑んだ。

 

おしなべて,民業が一人で一日で済ませる仕事を三人でゆっくり数日間はかけ,それでいて,給料は三倍以上を取って平気という,ぬるま湯の極致のような世界に生きていた私は言葉もなく頷くしかなかった。

 

服装もだけど,この人はいったい私の何倍働いているのだろうかと,血税で一切を賄われている身としては申し訳なかったのだ。

 

無念なことに,今は全く彼には支障がなくなったから記すが,支店長と共に校長室を訪問した時など,いったん職員室の担当者へと引き合わされ,再び校長室へ戻った際に,つい先ほど差し出した名刺が,くずかごに投げ捨てられているのを目撃したこともあると,軽蔑と憐憫をかみ殺したような表情を浮かべて話してくれたこともあった。

 

鹿児島まで新幹線が開通する前に,玄関口の改札で奥さんと二人連れの彼と出くわしたことがある。

 

丁重に挨拶すると,いつも添乗ばかりで忙しいから本当に久しぶりの夫婦の外出ですと,人としての誠意を自然に感じさせる微笑みと口調で彼は話してくれた。

 

後日,県を依願退職し,一般課長職公募で採用になった阿久根市という自治体での業務上で日本旅行を訪問した際に,対応してくれた支店長の口から彼がもう長く難病と闘っていることを聞き,

 

それからほどなくして,力尽きて世に棲む日々を終えたことを知った。

 

最後の最後まで,新療法の確立によってカムバックするという希望を捨てなかったという。

 

無言のうちに,懸命に働くことの美しさと厳しさと哀しさを,知らず知らずに,何の成果を上げなくとも田舎では結構な額の給与と賞与が振り込まれることに慣れ切っていた私に教えてくれた彼。

 

もちろん勝手な思い込みだが,仕事を離れたところでもしも話を聞いてくれたなら,私が抱いている故郷と,その連なりである祖国へのひたすらな愛を,彼は理解し共鳴してくれただろうと思うことがある。

 

神仏に愛される魂は汚濁にまみれた現世での修業期間が短いとはいえ,旅先や,新幹線が着く鹿児島中央駅のホーム,そして空港で,団体旅行に付く添乗員さんの姿を見かけると,世の不条理が胸に迫り,どうしてあなたが先に逝ったんですかと呟かずにはいられない。

 

そちらへ行ったら,敗け続けでも逃げなかった私の話も聞いてくださいね。