『橋の上のホラティウス』

そして門の守り手、
勇敢なホラティウスは言った。
「地上のあらゆる人間に
遅かれ早かれ死は訪れる。
ならば、先祖の遺灰のため、
神々の殿堂のため、
強敵に立ち向かう以上の
死に方があるだろうか。

かつて私をあやしてくれた
優しい母親のため、
我が子を抱き
乳をやる妻のため、
永遠の炎を燃やす
清き乙女たちのため、
恥ずべき悪党セクストゥスから
皆を守るため以上の死に方が
あるだろうか。

執政官どの、なるべく早く
橋を落としてくれ
私は、二人の仲間とともに
ここで敵を食い止める。
路にひしめく一千の敵は
この三人によって
食い止められるであろう。

さあ、私の横に立ち
橋を守るのは誰だ?」

 ―― トマス・バビントン・マコーリー −−−−  (若き日のチャーチルが愛唱した詩)


ホラティウスは、セクストゥスの恥ずべき攻撃を食い止めるため、
そして町の人々が橋を壊し、効果的な防御策をとるまでの時間を
稼ぐために、自らの命を捧げた。

数の上で圧倒的優位を誇る敵と直面したとき、
勇気、決意、自己犠牲、道徳的権威が、
どれほどのことを成し遂げ得るかを讃えるこの勇壮な詩は、
日本の神道を信仰する人が書いていてもおかしくないような内容で、
神風の戦略をも連想させる。

――マクスウェル・テイラー・ケネディ――  (「空母バンカーヒルと二人のカミカゼ 」著者)

 

映画「ウィンストン チャーチル」を鑑賞した。

 

日本人のメイクアップアーティストが,この映画で受賞した事は報じられたが,大英帝国をナチスに立ち向かわせた彼が,どこかの国で実に軽薄に政治家の口に上る「不退転の決意」ではない,

 

国家国民への文字どおり命懸けの責任感を遂行する原動力となったであろう,歴史に裏打ちされた気高い決意にふれる報道は見当たらなかったように記憶する。

 

チャーチルは,名門中の名門である貴族だが,士官学校は二度も落第し,三度目でようやくお情けで入校できたと伝わっている。しかし,どの科目も抜群に成績が悪い中,英国史だけはずば抜けて良い成績だったらしく,このあたり,後に大英帝国の危機を救った宰相の面目がうかがえるところだ。

 

彼が任官した当時,広大な帝国の辺境勤務に就いた若い将校は,トランプ博打と酒に興ずる傾向が強かったのだが,母親が送ってくれる膨大な古典を中心とする書物にチャーチルは読み耽り,それが彼の強烈な個性を形成するのにたいへん役立ったそうだ。

 

作中,チェンバレンやハリファックス等の融和主義者が画策するヒトラーへの譲歩策に抗いつつ,ダンケルクの危機等の厳しい戦況に呻吟した彼は,国民の声に直に触れてみろとの国王のアドバイスに従い,貴族の身には馴染みがなかった地下鉄へと乗り込む。

 

ふれあった庶民の一人に彼が思わず「そして門の守り手 勇敢なホラティウスは言った」と詩の一節を呟くと,名もなき市井の民はすぐに詩の続きを暗唱する。

 

そして,チャーチルの周囲に集まっていた庶民達は,口々にヒトラーへ屈服せずに最後まで抵抗する決意を示したのだった。

 

この場面を観ながら私は,マクスウェル・テイラー・ケネディが,「ホラティウスが橋を守りきれたかどうかが大事なのではなく,多くの西洋人が,彼が示した自己犠牲によって,数百年間にわたって勇気づけられてきたという事実が重要なのだ」と記していることを思い浮かべた。

 

鹿児島県の鹿屋市から出撃し,聖なる沖縄の海で空母バンカーヒルという巨艦に真一文字に突入した二人の若者と,決して持ち場から離れようとせず,自分以外の多くの命を救うために気高く戦死していった米軍兵士達を共に讃えていたことも。

 

また,同時期にヒトラーに蹂躙されたフランスで,すでに世界的な飛行家として名を成しながら,真っ先に空軍を志願して侵略者との戦いに身を投じた「星の王子様」サン・テグジュペリのことも考えた。

 

彼の中にもまた,「数の上で圧倒的優位を誇る敵と直面したとき、勇気、決意、自己犠牲、道徳的権威が、どれほどのことを成し遂げ得るか」を示したホラティウスは確かに息づいていたのだと。

 

 

わが国の歴史にも多くの気高いホラティウス達がいる。

 

諸外国に比しても何ら遜色はなく,それどころか,かつてはアジアの灯台とまで呼ばれて,数百年にわたる隷属からの解放を呼号し,在野には,亡命してきた各植民地の独立運動家達をかくまい,励まし,支え,ひいては海原を渡って共に屍をさらす「本物の」サムライ達がいた。

 

今は・・・言うも無残で卑屈な植民地に成り果てて,サムライという言葉は,いまだに世界語であり続けていることを幸い,アスリート達と金儲けを企む者達の「醜いただのツール」に貶められている。

 

そう思い及んだ時,多くの悲しき命を積み重ねて日本を守ってきた死者達への申し訳なさに思わず悔し涙が滲んだ。

 

生まれ変わり死に変わって,再び世界を驚嘆させ,心底からの敬意を勝ち取れる日本にするために微力を尽くそうと,あらためて決心させてくれた映画だった。

 

 

     熊本から沖縄へ特攻出撃した義烈空挺隊

     

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学校の修学旅行は長崎だった。

 

泊まったのは小浜温泉という所で,海岸沿いに立ち並ぶ旅館群の一角だった。

 

部屋に落ち着くと,今思えばパシリにしていたのに「竹鉄砲を二挺買ってこい!」と命じ,コルク弾と本体を結ぶ紐を切り離し,階下の温泉通りを歩く大人達を狙い撃つことにした。

 

なぜそんなことを思いついたのか解らない。ジャリの考える悪戯に理由なんてないからだろう。ただ「面白そうだ」ということで,後先なんて考えなかったのだろう。

 

何人かが通り過ぎた。当時流行っていたビートルズ風の長髪の兄ちゃん達を狙ったが,なんだかつまらなくて鉄砲の筒先をいったん下げた。

 

ふと横を見ると,調達したパシリ君がとても緊張した顔つきで私の手元を見つめている。

 

私は少し笑って「見てろよ,面白くなるぞ」と彼に囁き,もう一度両手で鉄砲を構え,ノタノタと歩いてきたオッチャンの禿げ頭に狙いをつけた。

 

ほぼ同時にポンと小気味のいい音が響いて,少年の興味と遊び心?を乗せたコルク弾はみごとに標的の禿げ頭に二発共命中したのだった。

 

見上げたオッチャンと私の目が合った。すかさず「アカンベ」をした私は窓を閉めて引っ込んだ のだったが・・・

 

もちろんその後すぐに,旅館に怒鳴り込んできたオッチャンの通報と抗議によって,先生が二人部屋に駆け込んできて,

 

「誰がやったんだあ~」という事になり,ニヤリと手を上げた私に「おまえかあ~」と電光石火の往復ビンタが炸裂,ロビーに連行されると,カンカンに怒っているオッチャンに不承不承で謝らされたのは言うまでもない。

 

おまけに最初「ごめんね」と言ったら,湯気を立てているオッチャンが「ごめんなさいだろうがあ~」と怒りをレッドゾーンに振り切らせたものだから,先生二人が平謝りに謝る羽目となり,

 

嫌々言い直させられた挙句に,オッチャンがようやくプリプリと引き上げた後で,またぞろビンタを張られ,先生達の部屋に火を点けてやろうかと真剣に思いつつ部屋に引き上げることになってしまった。

 

パシリ君を始め,なんとなく私に気を使って黙りこくっている同級生達に気兼ねしたわけでもないが,先生の巡回を待って「おまえら早く寝るんだゾ」と偉そうに言うのに「は~い」と元気よく答えるとスグに,

 

今度はベランダ越しに隣の女子部屋に行こうと思いつき,窓を静かに叩いて手を振って,中に入れてもらうと布団を敷き並べた真ん中に座り込んだ。

 

コルク弾の「事件」が全員に大うけしたのに気を良くした私は,ショートボブがよく似合う転校生の布団に二人で入り込み,教室やグランドでの姿とはまた一味違うシチュエーションに少しだけドギマギしながらも,

 

相変わらずゴニョゴニョと,遠い都会からやってきた彼女が知らない久留米という九州の田舎町の日常を,盆や暮れに墓参に帰る鹿児島の祖父母の暮らしも交えながら話していた。

 

くるくると動く張り裂けそうに大きな彼女の瞳に,なんだか吸い込まれそうになり,母親しか女性がいない家とは違う,心地よい匂いに包まれて不思議な柔らかい気持ちになっていた私は,

 

二十センチ以内に女子が入ってくるという初の経験に遭遇して,いつしか滑らかな口の動きを封じられそうになっていた。

 

刹那,ガバッと布団が剥ぎ取られて「ああ~っ!こんなにひっついて喋ってるよ~」と,いつの時代にもいる!?コロコロとしたオバはん風の女子が大声で騒ぎ立て,

 

いっせいに他の女子達から枕が乱れ飛んできて,可愛く顔を赤らめた彼女との,あまやかにマセた時は終わってしまった。

 

そのまま私は眠り込んでしまって,気づいた時には窓からうっすらと朝の光が入り込んでいた。

 

みんなが起きないようにベランダへと抜き足差し足で降りた時,私は彼女の寝顔をもう一度見ようと振り返った。

 

長い睫毛と小さく形の良い鼻の線,そして形の整った唇が醸し出すきれいな顔を斜めに向けて彼女はすやすやと眠っていた。

 

中学進学と同時に,親の転勤で再び大都会へと去った彼女とは二度と会うことはなかったけれど,

 

汚濁にまみれた春夏秋冬を積み重ねる人生の折々に,胸の底から大切な宝石を取り出すように,あの夜を見つめ直すことがある。

 

 

願わくば,誰しもが持つ白いキャンバスが永遠の輝きを放ち続けることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「近年,教員のブラック化として騒がれている問題だが,現場としては「働かない教員達」の存在に最も困っているとの意見を現職から聞く。
 
校務分掌上で位置づけられた係業務を進めていなくとも,また完成させていなくとも,平気で時間で有休を取って帰宅してしまう教員を管理職は強く引き止めることができない。
 
民間とは大違いな「甘え」が今も残り,結局は係ではない教員に「児童生徒のためだから」と管理職が泣き落としをして,理不尽な「ブラック化」が根絶されない実態が現存することは,真面目な?そしてバイアスのかからない「取材」をすれば容易に解るはず。
 
「こんな実態でも,年齢が同じなら同じ給料ですからね」といった嘆きに接したことはないのか?貴紙ばかりではなく,それこそ内田 良氏にしても,いったいどういった取材をしているのかと理解に苦しむ。
 
また,教職調整額には触れても,教員特別手当には触れず,行政職と比べて月額にして数万円高い給料表や,期末勤勉手当の算定基礎への教職調整額の算入と跳ね返り,ひいては生涯賃金の大きな違い等の要素はなぜ報じないのか?
 
高待遇の代わりに,就業時間がくれば必ずしもピッタリとは終われない「面も持つ」仕事だとは採用時に聞かされているのに,あるいは,そこを推察の上で応募しなければならないはずなのに,この点を取材対象には聴かないのか?
 
また,部活動指導に関する諸手当や,修学旅行引率等への「教員特殊業務手当」の支給状況,加えて,いわゆる主任手当(教育業務連絡指導手当)の8割が特定政党に上納されている事などに全く触れないのはなぜか?
 
加えて,修学旅行引率中に飲酒しているにもかかわらず手当を支給されている例や,勤務中の居眠りの横行,部活でのレギュラー選抜権を盾に取った生徒への恣意的な体罰等を知れば,それほど疲弊していてよくこんな悪事を働けるなといった観点が生まれそうなものだが?
 
一時期は,食事やトイレの暇もない的な,非常な誇張を加えた報道がされてもいたが,本当に恒常的に数分間しか食事や排せつに使えない状態ならば,病気休職者の数は現状規模で済むはずがないだろうに。
 
こういった,職務命令に従わずとも厳正な処分を受けない「愚者の楽園」の実態を覆い隠し,一部の,理不尽であっても児童生徒を見捨てられないがゆえに忍の一字で耐えている教師達への顧慮が全くない報道を続ける真意は何か?
 
もっとも,学習塾等の業界は,こういった甘えが持続してくれれば,営業機会が増え,顧客獲得が容易になるだろうが,それでは,経済力のない保護者がグータラな「5時まで教員の穀潰し」に当たれば一巻の終わりではないか?
 
志望者が減ったから定員増を図れ!負担を減らせ!と言う前に,年齢が同じで待遇が同じなら均等に働くという大原則を現場で実現する方策をまず考えるべきではないか?
 
教員を公務員でなくすのもまた一策だろう。かつて労組は校長を集団で虐めて自殺に追い込んで万歳した。国労や動労と同じだ。やがて現場は荒れ,今度は教員が生徒に暴力をふるわれるようになった。ブーメランである。
 
手厚く身分を保護した結果がこのザマなのに,一部の教員に負担を押し付けて素知らぬ風を装う業界をそのままにして,これ以上の甘えを許してどうするのだろう?
 
どういった業界でも,できない者をできる者がある程度カバーするのは事実だが,学校現場のそれは,おおむね日教組のおかげで何十年も度を越した事態が続いている。たまには,当の日教組さえ舌を巻くのも散見はされるけれども。
 
もっと複合的な観点から報道してもらいたい。思想的な親近感を超えてのそれは辛い部分もあるだろうが,慰安婦等で地に堕ちた感のある貴紙(貴紙ばかりではなくNHKはじめもっとひどい捏造歪曲もあるが)の信頼も,そういったバランス感覚を取り戻すことによって回復するのではないか?
 
大本営発表や,時として軍部も驚いたと伝わる,戦中の戦意高揚記事ではあるまいし,現場の声の一部だけを切り取って一種の「ムード」を作り上げているようでは,真のメディアの存在意義は(驚愕の軽減税率奪取も含めて)いつまでも示せない。
 
売らんかながジャーナリズムの宿命ではあるが,それにしてもこの偏向と隠蔽はひどい。
 
保身一途の教育行政当局だから,なかなか行政側も口を割らないけれども,匿名を絶対条件に,報じられない側の教師達の本音も聞きだすべきだ。
 
近年の新聞部数の激減は著しい。愚かなネトウヨならずとも,こういった極端にバランス感覚に欠けた報道ばかりに接すれば,どこかの地方紙のコピーの「読む子は伸びる〇〇新聞」なんて悪い冗談で,読む子は「ゆがむ」ではないかと笑いたくもなる。
 
その実は部数増が目当てのNIEもだが,ネット社会の良い点としての「目の肥え」も計算に入れた方がいいのではないか。
 
神ならぬ身に完璧な公正公平を求めるべくもないことは承知しつつも,報道と実態のあまりの乖離に一言申し上げた。」

                           と

 

 

朝日新聞に,住所氏名連絡先を明記してお送りした。

 

三週間経っても返事はない。その間にまたまた教師の淫行や盗撮が報じられた。NHKもまた,セクハラを引き起こした。

 

死ぬほど疲弊していながら,性犯罪への飽くなき情熱は衰えを見せないとは笑止で,嘘っぱちを並べては泣き言をまき散らし,真面目な教師達の嘆きは「無かったこと」にして隠蔽しつつ,あろうことか定員増で国民の税負担を増大させようと狙い,あつかましくも「新聞への軽減税率」をほしいままにする。

 

根性の腐りぶりにもほどがある。

 

これでは,ナチス由来の「記者クラブ制度」と,天下りダニ官僚とは一体だ!と指摘されてもやむをえない。

 

 

「先生」と おまわりさん の 盗撮には御用心