反社特殊法人のNHKは相変わらず犯罪者を量産している。

 

以下は,対NHK訴訟原告団連絡会の同志が,東京,鹿児島,沖縄へ

送った抗議ハガキの文面だ。

 

                          以下引用

 

「いつもお世話になっております。

 

 

平成30年12月7日の総合テレビ19時30分からの「実感ドドド」での米軍普天間基地の辺野古への移設工事に関する報道は、反対派に同情的な偏向報道であり、公共放送にふさわしくないと思います。

 

 

在日米軍の存在が尖閣諸島を狙う中国や、核・弾道ミサイルを振りかざす北朝鮮への強力な抑止力になっていることに言及し、わが国の安全保障を広い視野から視聴者に考えさせるのが公共放送の役目ではありませんか。

 

 

ほぼ全国民から受信料を強制的に徴収する特権は、国民共通の利益のために用いられるべきです。奪われた北方領土、竹島、今にも強奪されそうな尖閣、盗掘され続けている東シナ海海底ガス田、40年も北に拉致されたままの多数の国民。

 

 

これら諸問題について定期的な啓発番組や毎日の広報、竹島、尖閣の天気予報による領有権の主張は、NHKのネットワーク、豊富な資金(職員の給料が高過ぎます)によって十分可能だと思います。  

 

 

公共放送にあるまじき露骨な反沖縄米軍基地、護憲、反安倍政権の報道姿勢に対する批判から、受信契約を拒否する人々が何万人もいることを認識し、報道姿勢を改善されますようお願い致します。

 

 

NHK受信契約が合憲との最高裁判決が出たからといって、自らの報道姿勢を改めることなく、さらに強権的に受信料を徴収することは、許されることではありません。」

 

                   引用終わり

 

ごく最近も,NHK佐賀局長が女湯に乱入し,尽きることのないNHKの変態ぶりをアピールした。

 

この男は,ふだんからセクハラの帝王ぶりを遺憾なく発揮していた常習犯だったというから,会長の上田の管理者責任,使用者責任は免れないところだが,会長の「謝罪記者会見」が開かれた形跡は全くない。

 

これ以外にも,ごく最近に限っても,相変わらずNHKは犯罪者を続々と輩出して恥じることがないのだが,例によって例の如く,自分の事は棚に上げて,紳士淑女面しては反社会的行動を繰り返している。

 

首相をもしのぐ高給を貪る上田を筆頭に,平均給与が1800万円に迫ろうかという,国民を愚弄しきった法外な金を懐に入れ,海外出張時の飛行機の座席クラスやホテルの等級も絶対に明らかにしない傲慢な姿勢は,

 

営業努力を全くしないで,引き分けに終わった最高裁判決を「さも勝ったように」記者クラブを使って宣伝し,驚いた国民が契約と支払いを強いられる様子をあざ笑いながら悪事を重ねる様子は,公共放送の名に全く値せず,もはや公衆の敵ナンバーワンだ。

 

放送法があるのだから受信料制度が合憲であることは自明の理だ。がしかし,放送法には公平公正で不偏不党の放送をしなければならない旨が明記されている。

 

「勝った勝った宣伝の」最高裁判決でNHKが狙ったのは,契約をしろと「通知」すれば,自動的に契約者とみなせる「お墨付き」を得ることだった。

 

そして,どこまでも遡って受信料をむしり取り,自分達だけはのうのうと国民から巻き上げた金で安楽な暮らしを続けることをセコく企んだのだった。

 

判決では,国民がいつから受像機を設置したかを立証することをNHK側に求めている。これは事実上不可能なことで,放送法に違反する反日偏向報道により支払いを拒絶する決意を固めたなら,

 

あくまでも,契約書の提示と受像機の設置の立証を求め,訴訟するならいつでも来い!との強硬な姿勢で反撃すべきだ。たとえ敗れても,当初に「消滅時効5年援用」をすれば直近の5年分のみで済むのだから。

 

1件取れたら1万円などと,自らの十分の一にも満たない報酬で「取り立て」を受託させている会社をそそのかしては,一人暮らしの女性や独居老人を大声で脅しあげさせ,ドアに靴を挟んでは契約と支払いを強要するよう命じている。

 

特に,認知症の傾向がある老人に目を付け,地上波しか契約していないのに「衛星契約が必要だ」と騙してはサインを偽造するなど(筆者はその場面に遭遇し,父親の認知症につけこんでペテンにかけようとしていた受託会社の社員を追い払った)

 

NHK側の執拗で狡猾な「そそのかし」は全国津々浦々で目に余るものがある。実際に認知症詐欺は長崎県で立件された。

 

自分達で頭を下げて営業して経費を稼ぐ気は毛頭なく,総務省に利権のエサを撒いては庶民が及びもつかない大金をせしめ続け,連続強姦,覚せい剤常用,暴行,恐喝,ディレクターに抗議した女性声優に「仕事がこないようにしてやるぞ!」とすごんで嫌がらせを続けるなど,

 

何十年と犯罪者を量産し続ける暴力団以下の極悪な組織を,国民はなぜこれ以上養ってやらなければならないのだろう?公序良俗に反する集団が「公共放送」を名乗る資格などない。

 

電波ヤクザを続けたいのなら自分の給料は自分で稼げ。いったいどれだけ人の道に反した悪行を積み重ねれば気が済むのか?

 

自浄能力がないのはもう十二分に証明された。国民を馬鹿にするにもほどがある。国民から脅し取った施設設備をすみやかに民放へ無償譲渡し,積年の犯罪と反日放送の謝罪として,退職したのも含め30年はボランティアを務めるべきだ。

 

どれほど経費を湯水の如く使っているかの「細目」を一切明らかにせず,犯罪集団のくせに堅気のフリをして世間を闊歩するとはどこまで堕落するつもりなのか?汚濁にまみれた卑劣な人間集団は,

 

国民に説明もせず,国会での質問により明らかになった中国や韓国などの外国人採用(それぞれの母国から経費を取れ!)によって共に甘い汁を吸っているのも含めて,一刻も早く日本国から立ち去るがいい。

 

受像機がなくても金を取ろうと各方面に手を回し,すさまじい人件費や青天井の経費には手を付けずに隠し,数十円の値下げでごまかして薄汚い欲望を遂げようとする豚共は日本国から抹殺されるべきだ。

 

まさに,いつか流行った映画の有名なコピー「豚は死ね!」である。

 

おごれる平家 久しからず。

 

犯罪者を量産する反社特殊法人

民間の「株主総会」を開け!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学生の頃,韓国クラブでバーテンダーをしていた。

 

働き始めて気づいたのだが,キッチンのアル中男性と私以外は皆韓国人だった。

 

通ってくるピアノマンは,当時「ニュー・イージーリスニング・ミュージック」としてとても人気があったリチャード・クレイダーマンというピアニストによく似た,

 

スレンダーで肩先まで届くしなやかな長髪が魅力的な20代後半の男性だった。

 

ご本人も明らかにそれを意識している様子だったが,彼が細くて長い指で奏でるショパンは魅惑の響きで,

 

柔道だボクシングだと,汗振り飛ばす肉弾相打つ闘いにしか縁のない青春を送っていた身にとっては,どこか遠い世界の出来事のような摩訶不思議な気分にさせられるひとときだった。

 

「これでもしも,喧嘩も強かったりしたら,さぞかしモテモテだろうなあ・・・」なんて思っていると,演奏がひととおり済んだ彼はボックスに腰をおろし,

 

癖で,長い髪をしきりに指先でかきあげながら,おもむろに私に目配せしてオーダーを取りに来るようにうながす。

 

カウンターを出て彼の前に立つと,メニューを開いたり瞳を閉じたり髪をかきあげたりしながらの,かなり長い時がいつものように始まるのだった。

 

そして,いいかげん二十歳の兄ちゃんを待たせたあげくに,パーラメントを何本も吸い終わった彼は思い切ったように顔を上げると,

 

 

「今夜こそは別のオーダーを!」という私の期待を裏切って短く一言,「昆布茶」とエレガンスな微笑みを浮かべて判を押したように言うのだった。

 

「そうか!昆布茶をオーダーする奴はモテるのかもしれん」と思った私は,女子学生達と一緒の折に実行してみて反応をうかがったりもしたが,

 

基本的条件の違いにより,何の成果も得られなかったのは言うまでもない。

 

そんなクレイダーマンにひたすら昆布茶を出し続けて何か月も経った頃に,ママから「今夜は忘年会をするから,アンタも来なさいよ」と声がかかった。

 

キッチン担当の彼は,アル中だから今さらという理不尽な?ことで外され,日本人としては一人だけですき焼きパーティに参加することになったのだった。

 

私は,ずっと受けてきた反日教育と,NHKに代表される偏向番組が公共の電波を濫用して流しまくる「日本悪者史観」=「東京裁判史観」を思い,

 

韓国でも同様の反日教育が続けられていることも思い合わせ,たとえ全員から非難されても,おおげさに言えば命を賭けても祖国の名誉を守り抜くぞ!と決意を固めて,

 

万が一に備えて下着まで新品を身に着けて,集団での乱闘に臨んだ高校時代のような決死の気持ちで指定された部屋に向かったのだった。

 

すると・・・案に相違して,ママとパパはしきりに「日本人だった時代は良かったなあ」と懐旧談を重ねるし,私より少しだけ年上のホステス達は,

 

王子ばかりで結婚相手を探していたところへ,日本から可憐な娘達を連れてやってきた翁のおかげで子孫繁栄に至ったという済州島の神話(日本から娘達を連れてきた部分は韓国の教育ではカットされている)を聞いて育った話を楽しそうに口にして盛り上がるしで,内心で身構えていた私は,なんだか拍子抜けしてポカンとしてしまった。

 

ママが「でもね,国ではこんなこと絶対に言えないんだよ」と言うと,ホステス達も「そう,そんなふうに親からも親戚からも言われてます」と頷きあって声を揃えた。

 

釜山の娘,ソウルの娘,済州島の娘と,みんな反応は同じだった。

 

私が「朝鮮というのは,朝日鮮やかなる国という意味なんでしょう?百済の救援に向かった日本軍は,落花岩の悲劇に涙したと聞きました」と乏しい知識を動員して言うと,

 

ママがポツリと「喧嘩ばかりしてるけど,本当は想いあっている恋人なのかもしれないわね」と呟くように言い,パパもまた「大和朝廷が隼人族を鎮圧したのは,九州全体が半島と親密に交わっていたから,中央支配を脅かすと危ぶんだのかもしれないな」と応じ,

 

「でもね,おおっぴらに言えないことが多いけど,俺達には命を賭けた友情の歴史だってあるんだからね」と結んだ。

 

部屋を出ると,私はホステス4人が暮らす4DKのマンションでの二次会に誘われた。

 

タクシーの中で「うう・・・徹底抗戦が杞憂に終わったら,次はトルコのスルタンのようにハーレムだとは!なんというドラマチックな青春だろう」と,私は新品の下着を着けたのはこのためだったかと天の配剤に深く感謝したのだった。

 

話が弾むといきおい朝鮮語が飛び交い,ナヌム タンシンウル サランハムニダの「いっちょ覚え」の私がとまどっていると,済州島生まれで,大昔の(失礼します)呉 善花 教授のような魅力的な娘が,

 

「このひとにも解るように話さないとかわいそうヨ」と,ハンドベルのような美しい声で助け船を出してくれ,それはそれでまた四人がいっせいに笑い転げたりで夜は更けていった。

 

そろそろ眠ろうと誰からともなく言いだし,それぞれが歯を磨いたり,バスルームを使った後で着替えたりする華やかな気配で,私は急に所在なくなってボンヤリ座っていた。

 

「しかしなあ,俺もバスルームでまず体を洗いたいんだが。いくら下着は新しいとはいえ,そこらへんを命じてくれる女官長がパッと目の前に現れんかな・・・」なんて思っていると,

 

しばらくして,あの済州島の娘が一抱えのスポーツウェアを持ってくると「最後にシャワー浴びたらこれに着替えてネ」と可愛く頷いてくれた。

 

言われるままにシャワーを浴び,鏡の中の日本青年の火照った頼りない顔を見つめ,置いてあった封を破っていない歯ブラシを使ってから着替えた。

 

リビングに戻ると,まるでウィスキーボンボンのようなカラフルなパジャマを着た四人がニコニコと迎えてくれた。

 

「あの~それで俺はどこで寝るの?」と思わず口ごもると,釜山出身の娘が「ソファーで寝なさいね。ただし,大事な「ギ シ キ」を終えてから」と,一言ずつ区切りながら可笑しさを噛み殺すような表情で言った。

 

「儀式?」キョトンとした私を四人は手招きすると,ふざけながら仰向けにした私によってたかって金属製の手錠を手首と足首にかけ,心底楽しそうにひとしきり笑い転げると,それぞれの部屋に入っていった。

 

明け方に,やっとのことで起き上がった私は,ケンケン飛びしながらトイレへ行った。

 

マンションの中は,20代前半の娘達の,甘くて健やかな香りと微かな寝息で満たされ,ほんの数時間前に優しく響いていた朗らかな笑い声の余韻が,今も鮮やかに私の耳朶を打つように感じられた。

 

「俺はかつて,百済の姫を救援しようとして果たせなかった日本軍の将校だったのかもしれない。あるいは,半島の娘と結ばれて,大和朝廷の大軍に敗れて殺された隼人族だったのかも。」

 

離れない両手首と両足を,まるでハーレムの花園のような心地よい空間に身を浸して見つめながら,私は,永遠に結ばれないかもしれない半島と祖国の運命を思って再び眠りに落ちた。

西郷翁から福岡玄洋社へ連なる大亜細亜主義の夢。

日韓両者が対等に合邦する理想は脆く儚かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう8年ほど前になるだろうか。

 

鹿児島県北部の人影もまばらな片田舎へ彼が講演に来た時の事だ。

 

民間から一般公募で課長採用になった私は,今にも崩壊しそうなほど古びた建物での講演となったことを気の毒に思いながら,彼の独特な語り口に聞き入っていた。

 

講演の初めに,彼一流の毒舌は鋭くマスメディアの在り方に向けられた。

 

その偽善と商業主義の横暴を剔抉し,万人にわかりやすく提示してみせる語り口はみごとで思わず頬を緩めていると

 

 

立ち見の私の斜め後ろに立っていた西日本新聞の記者殿が「チェッ」と舌打ちし,「なんだ!マスコミのおかげで食っているくせして」といまいましそうに呟いたのは可笑しかった。

 

まごうかたなき賤業に憂き身をやつし,正義と良心を売り物にして恥じることのない醜悪な習性が板についた者にとっては,彼の指摘は図星も図星で腹立たしかったのだろう。

 

二転三転するようで一定の方向性はキッチリ維持した勝谷氏の多岐にわたる話は,いつしかワールドカップのサッカーへと移っていった。

 

彼は,それまでとは違ったペースでやや落ち着いた様子を見せると,一呼吸半ほど間を置いて会場の上方を見上げながらこう言った。

 

「小柄な日本選手達が,突進してくる大柄な外国人選手をなんとか食い止めようとして,次から次へと跳ね飛ばされていくのを見ていると,

 

あの,沖縄から本土へと続く南の海で,押し寄せてくるアメリカ軍に必死で体当たりして砕け散っていった若者達とダブってしかたなかったんです」と。

 

言い終えると,彼はしばらく間を置いてから微笑んだが,私にはそれが,流れようとする涙を瞼で止めたように見えてしかたなかった。

 

公務員労組と記者クラブマスコミがタッグを組み,成果に比して野放図なまでに高すぎる「聖域化された」公務員給与の是正と,行政の無駄を排除していく改革の試みを,

 

有権者への恥知らずな情報操作で無残に潰していく醜悪極まりない現場にいた私は,勝谷氏の発した美しい言葉に胸温まる思いを抱いて家路についたのだった。

 

行政改革への敵意に満ち満ちて,市役所ぐるみの卑劣極まりないハラスメントで「外部の目」を封じ込める税泥パラダイスでの実に虚しい日々で手にした,唯一の忘れえぬ言葉だった。

 

ありがとう。幽世でしばしの休息を。

 

 

 

今は風の彼方に去り 再びの時が訪れるまで