ない方々にはゴメンナサイだが,誰しも忘れてしまいたい事がいくつかあるもので,そういう苦い思い出に限って,暮らしの折々にひょっこりと顔を覗かせたりする。

 

また,これもほとんどの殿方には,このネット社会により漂流が一定期間は続くから,遺族の目を思えばとてもではないが書き残せないような「叫びだしたいほど恥ずかしい出来事や,卑怯未練な別れ」もあると思われる。

 

であるから,そんな事は一切ない私は・・・などと虚偽を記すのはやめて,人一倍あるのかもしれない身としては,都合のいい事のみを記しておくことにする!?

 

高校時代,親には「成績のいい友人宅で泊りがけで勉強を教えてもらうから。少しでも受験力を高めたいし!」と真っ赤な嘘をつき,博多の友人宅に泊まったことがあった。

 

まだ陽も傾かない早い時間から,友人の豪邸で,当時はまだ関税の関係で高かったジョニーウォーカー黒ラベルなんどを二人してひっかけて,すっかりいい気持になった両名は,

 

バイクの2ケツで郊外までバリバリ走って楽しみ,女子に声かけようにも不作だよなあ~なんて,時々ゆっくり走らせては街角の女の子達を見てボヤきつつ,夕暮れ時の商店街にたどりついた。

 

ここで,なぜか理由は全くわからないが,いきなり火が着いた友人の青春は!?バリバリとすさまじいエンジン音をまき散らしながらの派手なスラロームを始め,雑踏を右へ左へとかわしながらのプレイタイムになったのだった。

 

一昨日からワルの先輩に借りていたド派手なスタジャンを着てケツを固めた私も,驚き騒ぐ人々を尻目に有頂天になっていたのだが,

 

数ブロック過ぎたところでウ~ウウ~ンと無粋なサイレンが響き,横道から白と黒の悩ましいツートンカラーがお出ましになったのだった。

 

パトが入れない狭い筋に逃げ込んで!と二人とも思わないではなかったが,どうせナンバーは控えてるだろうし,学校に知らされてまた停学というのもなと瞬時に気持ちが一致し,おとなしくハコへと誘導されたのだったが・・・

 

「キサンたちゃ~あげな危険運転ばしてよかと思っとおとか!あ~ん」(貴様らは あんな危険運転をしていいと思ってるのか?オッラー)

 

「こげな人の多かところで!ふとか図体してから物事の善悪もわからんとや?」なんて,殺風景な交番の中で二人の警官がかわるがわる畳み掛けてくる。

 

そこはそれ,二人はそれぞれ無免許だろうが条件違反だろうが,いつも積極的に立哨警官達にバイクで近づいては,

 

「ご苦労様です!」「お疲れさまです!」と,元気良く挨拶して,「おお~キサン達,今日も頑張れよ!ちゃ~んと法規を守った運転ばするとぜ」と「励まして」もらって敵前脱出をしている経験も豊富だったので,

 

交互に警官に対して「どうもすみません。ついモヤモヤがたまっていて心にもない荒い走りをしてしまいました。これが青春なんスかね?」なんて,振り返れば非常に恥ずかしい「心にもない」反省の言葉を繰り返しつつ,

 

 

なんとか心証を良くして学校には伏せておいてもらおうと小賢しい芝居を打っていたのだった。

 

そのうち私に不意に「キサン,まさかタバコやら持っとらんめえねえ?未成年やしなあ,じゅうぶんわかっちゃおろうばってん」と,二人のうち,いかにも意地悪そうな顔をしたチビが私に聴いてきた。

 

待ってました!と私は顔を輝かせ!?「おまわりさん,僕は本当はすごくまじめな高校生なんですよ~そんなもの持ってるはずがないじゃないですか!」と自信たっぷりに答えた。

 

本当に持っていなかったからだ。その夜はだけど。

 

すると,「ふ~ん。ならそのジャンパーを見せてんやい」と彼が偉そうに言い,私はすぐにスタジャンを脱いでニコニコと渡したのだった。

 

チビは手慣れた様子でスタジャンを逆さにすると左右に振り始めた。私が,どうせ何も出ないぞ この間抜けのチビが!と内心で思っていると,

 

カキンと音がして床にジッポーが落ち,続いてパサリとショートピースの箱が美しく着地したのだった。

 

「これはなんや?」とチビが言い,目が点になった私が「いや それは先輩に借りたスタジャンなんで気づかなかったんです」と急遽「説明」しても,

 

「バカが!み~んなそげんツマラン言い訳ばするったい」と全く取り合ってくれない。そのうち,もう一人も寄ってきて「キサン達,服ば全部脱げい」な~んて,年頃の高校生が頬を染める?ような事まで要求しだした。

 

「いやそのあの,本当に知らなかったんですよ。ネ このとおり」と,私達は二人して必死でズボンのポケットを引っ張り出して見せたり,靴を脱いだり,シャツをまくり上げて見せたりと弁明におおわらわになったのだが,

 

そこへ,まるで救世主の如く,ハコ長らしい二人の上司が入ってきて,なんとも粋なことに「キサン達も昔は覚えがあろうが」と部下二人にニヤリと笑顔を向け,

 

ついで私達に「二人共,これに懲りて二度とせんて約束できるや?」と優しく静かに声をかけてくれた。

 

地獄に仏と高校生二人が,あらん限りの演技力を振り絞って固い約束をしたのは言うまでもない。

 

それからの私は本当に真面目な高校生に・・・なるわけもなく,相変わらず免許も持たないくせに借り物のバイクを乗り回しては,自分から警官に挨拶して敵前脱出を繰り返したり,

 

夏祭りの夜に,彼女を乗せた顔見知りの他校の生徒を追いかけまわしていたパトから「二人のバイクはどっちに逃げたか?キサンさっきから見とったろうが?」と血相変えて聞かれると,

 

入っていった路地の逆を指さして,「あいつ迷ってるみたいだったけど確かに見ましたよ!」と,まことしやかな作り話をして「逃走ほう助」し,「人にものを聞く時の言葉づかいからまず学べよ おまえたち」とニンマリしてつぶやいたり,

 

 

はては大学に進んでからも,喧嘩沙汰を起こして留置場で手厚く「保護」されてお泊りしたりと,なかなか素行が改まることはなかったが,

 

叩けばホコリならぬタバコが出た夜の楽しさと,人情味あふれる警官の説諭は,今も色褪せずに胸にそっとしまってある。

 

「はい そこの二人 左に寄せて停まりなさい!」と言われても困るんだよなあ~青春は!?

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確か「拉致解決」「領土奪還」「東北被災者救済」が内閣の最優先課題のはずだったが,

 

いつのまにか消え去ってしまった。

 

戦後レジームの超克もまた,票欲しさからか一時期はかなり宣伝されたが,これまた虚しく消え去り,

 

アメリカにすごまれるままに高額な兵器のお買い物リストに頷いては激しく尻尾を振り,国民の金をジャブジャブと使いつつ,

 

アメリカ様が「失望する」天皇陛下の御親拝の露払いとしての首

相靖国参拝は完全に忘れ去っている。

 

敗戦から73年過ぎてもなお「東京裁判史観」に土下座を続け,原爆と都市無差別爆撃と言う鬼畜の所行をなした敵国の言いなりとなることを恥としない。

 

ばかりか,必要やむをえない場合にのみ敢然と武器を取るべき自衛戦争すら,誰か他の人が死んでくれ それにだけは関わりたくないからと,まるで幼児の駄々のような恥知らずなふるまいを大多数が見せている。

 

神仏の前には誰の命も等価だろうに,アメリカ軍と自衛隊員だけが死んでくれ,我が家の幸せだけは戦争で奪われたくないなんて見苦しい身勝手をホタえるくらいなら,

 

チベットやウイグルなどのように,軍事侵略されて居座られ,来る日も来る日も好き勝手に殺され放題,犯され放題な日本にしてくれと,ヒトラーも真っ青な中国共産党に頼むがいい。

 

日本中を沖縄戦にする,軍事常識から全くありえない「専守防衛」なる嘘っぱちを掲げてもう長いが,国土戦しかやらないのに原発をズラリと並べていても核シェルターは皆無で,防空壕すらないのは,

 

政府自体に「まさか本当にやりはしないだろう」「アメリカが何とかしてくれるだろう」という,情けない奴隷根性が根深く巣くっているからだ。

 

これを指摘し抗議しない,人事と天下りばかりを慮る自衛隊の将官もどき達もまた,制服の下は「絶滅期待種の盗人ダニ官僚」に成り果てているのだろう。おもちゃの兵隊の階級章なのか?

 

第一線の隊員の命よりも,小銭を数える方が優先なのか?

 

また,こういった「輝ける嘘」をお茶の間の目や耳に隠す「絶滅期待種」の記者クラブ・マスコミも,政府という名の植民地総督府と賤しくセコいダニ官僚の群れと一心同体となって,

 

いわゆる「奴隷頭」の役目として,キャインキャインと宗主国様へちぎれるほど尻尾を振りながら,汚らしい情報操作と真実の隠蔽に日々邁進している。

 

こういった絶滅期待種の売国奴達が盗んでいる税金の総体を明らかにした上で,税収が足りないのどうのという相談を国民にすべきだろうに。

 

同胞とも思えないダニは無慈悲に駆除されるべきだ。こればかりは,敵である北朝鮮のやり方に倣い情けなど無用である。半世紀をはるかに超えて自浄を待ったわけだから,抹殺と追放しかないと思われる。

 

以下に,西郷イトさんの子孫である神職の文章を掲げる。

 

これは筆者からの,「島津伝統の言い伝え「歴史上の人物のふるまいをいくら学んでも,自分の行いにしなければ甲斐のないことだ」に照らせば,

 

公職を利用しての卑しいタカリを平然と繰り返しつつ,議会では「南洲遺訓はわがモットー」などとうそぶいて恥じなかった前知事や,

 

維新150年を金儲けのチャンスとしか捉えられない県議会や経済界の様子はひどいものですね。

 

私は,大河ドラマなど観る気になれませんでした。大いなるもののために生き死にした先人達を踏みにじる醜い拝金主義しかないくせに,何が維新の地なのだと苦々しい思いです。」 という

 

問いかけへの答となっている。

 

                 以下引用

 

「大河ドラマに関しては全く同感で私もほとんど観ませんでしたが,昨夜は最終回という事で,また偶々神社の宿直でしたので観ておりましたが,最後まで創作甚だしく,落胆すること頻りでした。

 

西郷翁は,国の財務は「収入の中で支出を考えねばならず,支出で収入を考えてはならない」と仰っていますが,今の政策などは全く逆で,増税にも暗澹たる思いです。

 

もし翁が,今の政治家を見れば,戦争で亡くなられた方々に申し訳ないと涙を流されたことでしょう。

 

また外交に関しても,「戦の一字を忘れてはならない」とのお言葉が重く感じられるところです。

 

私は浅学の素人に過ぎませんが,できる限り西郷翁の正しい思いを伝えられるよう学び直す所存です。」

 

                 引用終わり

 

来春に統一地方選が迫っている。

 

こういった無念の思いを公にする郷土出身の政治屋の存在は,国政から地方まで寡聞にして知らない。

 

偉人の子孫にも様々あるし,

 

誰しも絶滅期待種のマスコミに媚びて口裏を合わせておけば文化人枠のギャラでも懐にといった誘惑には抗しがたいかもしれないが,

 

少なくとも私には,この西郷翁の子孫の志に触れる機会を与えられたことは幸いだった。

 

明治10年,西郷党の中にも,強大な官賊への挑戦は敗戦必至であることをじゅうぶんに予見していた人々は少なくなかった。

 

がしかし,維新が,士農工商の士へ他を引き上げる平等ではなく,士を下へ引き下げる平等に堕することに抗して,第二の維新へ挑む戦いにこめた救国の志は,後世必ず誰かの胸に届くと信じて死んでいった人々がいたことも事実で,

 

御代がわりを前にして,今もなお,沸々と滾る西郷翁の永遠の維新者としての志を同時代人に見いだせたことは幸せだった。

 

  いつまでも「煙は薄し」ではなあ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和から平成に御代替わりして間もない頃,ここは,奄美群島のとある島にあった農業高校の会議室である。

 

若い女性が皆無で殺風景だった学園に,23歳の期限付女性教諭がやってくると聞いて,男性諸氏が老いも若きもにわかに活気づいたのは二週間ほど前だった。

 

後に県教委の幹部に抜擢された二十歳過ぎの兄ちゃんに言わせると「彼はここで唯一のマトモな教員ですよ」だった!?イケメンM教諭もまた,結婚こそしていたが,ウキウキとしながら私に「バッチリだったらサムアップしましょうネ!」と弾んだ声で言ったぐらいだ。

 

さっきから,職員朝礼開始を待つ会議室前をウロウロしている,まるでドラム缶のような体型で,福笑いみたいなキツいメイクをしたおばはん?がいる。

 

「あら,保護者召喚の人かな?」なんて,なんせ何十人もの生徒が賑やかに学校謹慎するのが珍しくもなかった学校だけに皆が思っていると,チャイムと共に校長がやおら立ち上がって廊下に向けてうなずき,そのドラム缶を招じ入れた。

 

「エッ!まさか・・・これが23歳の」と絶句した私はすぐに,親指が下を向いた,サムアップならぬサムダウンが出るかとイケメンM教諭を見たが,彼はすでに長机に突っ伏して,全身で落胆を強く表現していたのだった。

 

荒れる学園の希望の灯が無残に打ち砕かれてから3週間ほどが過ぎ,新入者歓迎会の夜がやってきた。新入者それぞれの自己紹介が始まり,やがてドラム嬢の番になった。

 

彼女は,なぜかは知らんがスリップを必ずスカートの下からはみださせて着る癖があり,今夜もまたそうやっていて,なんとも言えないだらしなさを見せていた。

 

これがまあ,しどけなさを身にまとった彼女は凋落の姿態を妖しくのけぞらせていた・・・とでも描写できるのなら絵にもなるんだがなあなんて,私が内心ひそかに思っていると,

 

ドラム嬢の自己紹介は進んでいき,最後に「お酒の好み」にふれることになったのだが,そこで彼女は「私はワインしか口に合わないんで,ほかのお酒を飲むことはありません」と言った。

 

私が内心「しかし,そういうセリフは人前で言わない方がいいんじゃ?たとえ美人でも反感を買うのに悪いけどアナタの場合は特に・・・」と思うよりも早く,背後に座っていた日教組のお歴々の中から「チッ!」と舌打ちが鳴り響き,

 

互いに「先生 先生」と賢愚を問わず呼び合い,厳しく個人の責任を追求することなど管理職に始まって誰一人できないぬるま湯の世界にしては珍しく,

 

気に入らないことがあると,朝礼だろうが職員会議だろうが「山田あ~(仮名)今度のことはオマエが悪い!オマエのせいだ!」と,立ち上がって指さしては怒鳴りあげて糾弾するので有名だった狂犬教諭の口から「おまえは焼酎を飲んでればいいんだ!焼酎を」との実に素直な言葉が吐かれたのだった。

 

彼は平素から「山本(仮名)は仕事もできんくせに口ばかり達者で生意気だよなあ~殴ってやろうかな」なんて,常日頃から平和主義だの話し合いによる共通理解をだのと日教組魂を披歴する割には,実に野蛮で?強圧的な性格だったのだが,

 

私は,彼がほんの数日前に声涙共に下る様子でるる述べた「いかなる差別も許さない!子供や女性の人権へのこまやかな配慮を,われわれ教育者は徹底して実行し,周囲に波及させなければならないのです」という正論を思い出し,

 

また,彼に次ぐ猛者として,校長へ厳しい当たりを常に見せていた戦闘的な肥後教諭(仮名)がさっき,ドラム嬢とは別の,やはりムクムクとよく太った(あんこ型の力士体型)女性職員の自己紹介の際に大声で入れた合いの手「いよっ 小錦!!」とも併せて,日頃の教育労働者としての主張との大きなギャップに驚いたのだった。

 

もちろん,これに関しては日教組ばかりを責められないのは承知している。自分自身もそういう面は持っているし,何よりも女性達ご自身が,心ときめく見栄えのいい男性がすることならばウットリするけれど,そうではない男性が同じことをしても「フン!あほくさ」となさる場合が多いのだから。

 

さはさりながら,

 

誰しも自分で容貌を選んで生まれてくるわけではないし,女の美醜も男の才能も,親の計らいでもなければ本人のせいでもなく,すべては与えられたものなのだが,

 

見た目ってのは確かにあるよなあ・・・と,栄養の行き届き過ぎた様子の女性達を拝見するたびに,奄美での大胆にして率直な女性差別の表明を懐かしく思い出す。

 

 

造化の神は不平等で不公平 なのだ!?