気にいらない見解や史観に「遭遇」すると,決まって「アナクロ!」だの「偏狭な!」だのという,相手の口を封じるレッテル貼りをする女性達がいる。

 

その口は,まるでお稲荷様のように尖り,今にもムキになっておかしな事を言い募ろうとするかのように身構えている。

 

異論は絶対に許さないゾ!という執念と憎悪を燃えたぎらせ,ゆとりのない心を目いっぱい映した剣呑な表情は,「あ~あ せっかくの美人が台無しだなあ」と実に残念だ。

 

もちろん,美人は砂の中のダイヤモンドなのだから,せっかくでない多くのそれはますます鑑賞に堪えなくなってしまうのだ。

 

どこで刷り込まれたか,ロシア革命後にソ連が試み,そのあまりの弊害に驚愕して取りやめたジェンダーフリーなどという カビの生えたいかがわしい考えを振り回し,

 

「男は男らしく,女は女らしくせんか!」なんて口にしようものなら,たちまちキッとなって

 

「だいたい,らしく なんて考えがとっくに死語なのよ!」

 

「あなたってレイシストなの?いつの時代の人間?」

 

「性で役割が固定されるのは異常よ!」

 

「まさか性の多様性を認めないつもり?」

 

と,連続射撃の嵐は止まらなくなるのだ。

 

こういった女性議員が鹿児島県のとある市議会にいた。

 

男が女がといった「時代遅れの」考えを撲滅しなければ社会は絶対に良くならない!と公言してはばからなかった。

 

学校においても,更衣室やトイレは男女別でなくていい。宿泊学習でも男女一緒に寝かせればいい。

 

結局はアスタリスクを付けたり色分けして「区別しながら」管理している男女混合名簿ぐらいで満足してる場合じゃない!と,東大のド変態,上野千鶴子婆さんばりに意気軒昂だった。

 

わが友人の男性議員がその市議会にいた。

 

彼は,「どうせこんなアホに言ったってなあ~どこで刷り込まれたか知らんが処置なしだ」と考えがちな私とは違って,何事も「言行一致を求める」タイプなので!?

 

議員の「視察旅行」の際に,彼女の信念の固さと言行一致度を確かめることにしたのだった。

 

宴席で,スウィートポテトジュース つまりは芋焼酎を「さあ,今夜は徹底的に飲んで人間同士のホンネを見せ合いましょう」とドンドン勧め,(その際,平素は女性に絶対使わない「互いのケツの穴を見せ合うまで」という下品なフレーズも添えたそうだ)

 

「え?酔った?じゃあ酔い覚ましに(ここらへんはよく理由がわからないが)風呂に入った方がいい!」

 

そういえばアナタは,学校でも更衣室やトイレも男女一緒にすべきだ,宿泊学習でも同じ部屋に泊まらせろと仰ってますよね~」

 

「さあ 行こう!どこへ?浴場だよ浴場。男女差なんてないんだよな?なにしろ同じ人間だもんねえ~上がったらボクらの部屋に招待するから雑魚寝しようね。」

 

「う~ん 今夜ボクらに愛が芽生えるかもなあ・・・ねえ,古臭いモラルなんかに縛られず,自分の体なんだから好き勝手に使っていいんだもんねえ?」

 

「そういえば,中学校でもコンドームを配って自由なセックスを奨励すべきだ,正しい避妊を教えてからドンドンやらせるべきだ的なこともよく仰いますよね?いまや小学校でもその必要があるかもしれない なんてね」

 

「いやあ~自由の謳歌って素晴らしいよなあ!議場であんなに反対した私が馬鹿だった。今夜深く悔い改めるからゼヒ二人で実践して,議員の高潔な言行一致ぶりを見せていただきたい」

 

と,ピッタリと寄り添いながら,彼は彼女に固い信念の実行を繰り返し迫ったそうだ。

 

議場での雄姿とはうって変ってアワアワと唇を震わせていた彼女は,途切れ途切れに「体調が悪いのよ」と絞り出すと,廊下を脱兎のごとく駆け去ってしまったという。

 

「あの無責任なイカサマ女めが。しかしその,なんといっても全く好みではないタイプに迫るんだから,迫真の演技が要求する精神的苦痛は大きかったな」と,有意義な視察旅行を終えて戻ってきた彼は語ったのだった。

 

これは,ジェンダーフリーを止めるための,ささやかな「実践」の御紹介である。

 

もしもイカれた言行一致が広まったら,わが国はどうなることか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           以下引用

「弾薬保管 だましうち」 住民ら式典に怒号 宮古島市の陸上自衛隊

H31/4/8(月) 8:10配信

沖縄タイムス

 
 

 沖縄県宮古島への陸自配備に反対する市民団体でつくる「4・7抗議行動実行委員会」は7日、宮古島駐屯地前で抗議集会を開いた。約60人の市民が参加し「だましてミサイルを持ち込むな」「祝賀式典は私たちには全くめでたくない」と抗議の声を上げた。

【写真】放火された自衛隊沖縄協力本部。窓が割られ、ベッド燃える

 同実行委員会は抗議声明で「多くの市民が抗議の声を上げる中、祝賀式典を強行することに抗議する。住民の命と暮らしを脅かす基地建設を認めない」と反発した。

 「ミサイル基地いらない宮古島住民連絡会」の仲里成繁代表は、岩屋毅防衛相が弾薬を島外へ搬出したとの発言に「搬出時には住民の立ち会いを求めていたのに秘密裏に持ち出した。憤りを覚える」と述べた。

 沖縄平和運動センターの山城博治議長は「危険な物は置かないということで受け入れた下地敏彦市長は抗議すべきだ。式典に参加するのは信じられない」とあきれた様子で話した。

 下地市長は「これまで丁寧に説明しなかったことを踏まえ、保良の場合にはしっかり説明してほしい。千代田についても説明してほしいと(岩屋防衛相に)伝えた」と述べた。

 宮古地区自衛隊協力会の野津武彦会長は、弾薬保管の問題について「情報を全く持っていないのでコメントできない」と話した。

 

           引用終わり

声を上げ,怒りのこぶしを突きあげたのであろう方々の「私たちにはまったくめでたくない」とのコメントには笑ってしまった。

 
その「おめでたさ」にだ。
 
一方,怒ってるからとりあえず謝っとこうばかりか,本当に弾薬を島外にいったん搬出した国にも笑った。
 
これはヨシモトの台本にでもしてもらおうと双方が思ってやっているのだろうか?
 
どこの世界に,部隊配備するけど主要装備の弾薬は当面置きません!なんて宣言する間抜けがいるのか?また,いつどれほどの量を運び込んで,どこで保管しときます~なんて「丁寧な説明」をするバカがいるのか?
 
弾薬庫や武器庫の位置を「情報公開」している国家があれば,当該国の大使をテレビカメラの前に連れてこい。
 
いれば,敵の攻撃をほう助する行為として立派な処刑もので,だいたいが軍の移動や装備の内容,武器弾薬の詳細な保管状況等はハナから公開不要,というか,国家安保を脅かすものとして情報公開の対象にならないのが「世界の常識」だ。
 
第二次大戦中,ナチの暗号をイギリスが解読したことを知られないため,あえてチャーチルが見殺しにした「コベントリー爆撃」は,コベントリーの犠牲によってイギリス全体を勝利させるためだった。
 
では,コベントリーの人々が「もう二度と政府を信じない!私たちだけはイギリスの国家安全保障政策の埒外としろ!」なんて言っているか?言っていないだろう?
 
もしも言っていれば,わが?植民地支配の犬にして極めつけの売国奴であるメディアが大挙してコベントリーに押しかけ,「それ見たことか!」とウンザリするほど連日放映しているだろうから。
 
基地等を置けば攻撃対象になるのは当たり前で,それは沖縄のみならず他県でも同じで甘受しなければならないことだ。しかし,被害は最小限にとどめなければならないから諜報が要る。
 
要すれば先制攻撃も要る。なのに,開戦即本土決戦である「専守防衛」が国是でございますと言って官民の多くが澄ましている。
 
部隊をどこに置いてどう運用して最大限の効果を狙うかは,一にかかって政府が決めなければならないことだ。二言目には「民意が!民意が!」と騒ぐが,
 
これまた沖縄ばかりではなく,どこだろうが,その「民意」に日本国全体の安全保障を委ねるわけには絶対にいかず,自治体には国防を担任する能力も当然ないことから,政府は練り上げた安保政策による配置と運用の必要性を堂々と国民に説明した上で断固として進めるのが当たり前だ。
 
その場限りの言い逃れをする,税金に吸い付くのだけが生きがいの「ダニ官僚」の作文を,これまた何も考えずに読み上げるボケ大臣の姿は,タイミングが4月1日だったら格好のエイプリルフールネタになって世界に「ウケた」だろう。
 
まさか,今まさに領土侵略を受けている真っ最中の国家が,配備した部隊が即時応戦「できないように」弾薬を(税金を使い散らして)右往左往しながら運び去り,
 
おずおずと「いつか適切な時期?を見定めてまた宮古まで運ばないといけませんなあ。しかし,参院選への影響もあるし困りましたなあ・・・」なんて悩んでいるなんて他国には想像もつかないだろうからだ。
 
しかし,この驚愕の実態も,原発という安保上の最大の弱点周辺にもいまだにシェルター皆無で,いまや中国共産党が売りまくり,一発の焼夷手榴弾で重大な軍事目標が吹き飛ばされている「軍事ドローンの脅威」にすら,
 
なんら有効な防御態勢を取らないまま「統一地方選」だ「選挙イヤー」だに明け暮れているアルバトロスのアス・キス政府と,全く期待されていないド間抜け野党にとっては「全然気にならないこと」というわけだ。
 
もちろん,「みなさまの」ではなく「アベさまの」NHKと化した反社特殊法人NHKをはじめとするコバンザメ記者クラブの面々も同じ事。
 
「安保はアメリカ旦那がちゃあ~んとしてくださるだよ。オラ達は,不良白人様の国際興業がうまくいって分け前にあずかれるようにオリパラムードをさんざん盛り上げておけばいいだ」
 
奴隷は生かしておいて搾り取らないといけないからまず殺されはしない。でも,人間としての誇りとは無縁の存在で,命を超える価値を夢想だに出来ないように育てられ,再生産されていく。
 
それで何が悪い!命あっての物種だ!と考えるのは自由だが,
 
たとえ殺されても,人間としての誇りを捨てるわけにはいかないと決意し,高潔な死を遂げ,あるいは遂げつつある人々が世界中にいる。
 
孟子がかつて言ったように,こうすれば助かるのに,あえて死を選んだ人々の存在に歴史上ふれれば命を超える価値があるのだと解る。
 
これを「忘れ,冷笑するように仕向ける」のが,アメリカが敷いた占領政策路線を今日もひた走る「戦後民主主義教育」の成果だ。
 
こんな醜いありさまばかりを半世紀を超えて見せつけられているから,めぐりゆく春ごとに舞う桜の美しさが,いつも悲しく瞳に映じるのだろう。
 
よみがえりの春を寿ぎたいのはやまやまなれど・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

わが国が高度経済成長期にさしかかった頃,母親たちはまだ割烹着を着ていた。

 

台所に立つその姿は,いまだに鮮やかに目に浮かぶ。

 

母の白い割烹着からは,いつもシャボンの香りがしていた。昼間は亀の子たわしの内職を近所の奥さん達と縁側でしながら,小学校から帰った私に,

 

手作りの蒸しパンや,祖母が送ってくれた「チマキ」を手際よく出してくれて,その日の学校での出来事を根掘り葉掘り聞きだすのが常だった。

 

子供心にも,こういった場では口が裂けても,給食のデザートをパシリ君に集めさせて心ゆくまで食べただの,学校周辺をうろつく変なオヤジから買ったアンテナペンでスカートめくりにいそしんだだのという,よけいな事は言わない方がいいと解っていたので,

 

私は,今日の授業はよく解っただの,いつも家で言われているとおりに転校生に優しくしてあげただのと,悪意無き?作り話をしては母を安心させることに余念がなかった。

 

近所のジャリん子が皆行くからというだけの理由で,外人牧師一家がいる教会での日曜学校に通うようになっていた私は,夏休みに「林間学校」へ参加した。

 

熊本だったんだか長崎だったんだかはもう忘れてしまったが,久留米と比べてもずいぶんな田舎の山中にある宿泊施設でのそれでは,

 

プールで他県の上級生ともめて殴り合ったり,雨の一日を,屋内遊技場で言葉も通じない牧師の息子と日長一日を遊具で思い切り遊んで過ごしたり,

 

大部屋での就寝時には,これまた見知らぬ上級生の女子の布団に潜り込んでからかっては,どこかよその県の日本人牧師にビンタを張られたりと,

 

日頃の教会での教えとは程遠い暮らしを「満喫」したのだった。

 

久留米市に帰る日がやってきて,指定の場所に着いたバスの窓から,私はめざとく迎えに来ていた母の姿を見つけた。

 

割烹着こそ着ていなかったが,何日も何日も,大自然の中でブルネットやプラチナブロンドをなびかせ,真っ白な肌に少しのそばかすを見せていた牧師の美しい娘達を見慣れてしまった身には,

 

それはそれは野暮ったく,垢ぬけないアジア人の婦人の姿に見えた。

 

自宅へと歩く道すがら,林間学校での様子を矢継ぎ早に尋ねる母に対して私はひたすら黙りこくっていた。

 

今にして思えば,あれが私のヴィタ・セクスアリスの始まりだったのかもしれない。

 

布団に入ってからも,ブラウンやブルーの瞳が浮かんでは消え,消えては浮かんでなかなか眠れなかった。

 

翌日登校してクラスの女子達を見回しても,担任のオバハンの野暮ったいスーツ姿を見ても,出るのは深いため息ばかりである。

 

ましてや,体育の時間に女子がはくモッコリブルマーなんどを見た日には(当時は,まるで唐揚げについたチューリップのような不格好なブルマー全盛だったので)

 

一緒に泳いだ時に白人の娘達が見せていたカモシカのように美しく長い足を思い浮かべてゲンナリしてしまった。

 

子供心にも,どうしてあの,いつも生肉の匂いをさせている太った牧師のオッチャンと,赤ら顔の牧師婦人から,あんな天使のような娘達が生まれてきたのかと不思議でならなかったのだ。

 

わがヴィタ・セクスアリスは,その後さまざまな変遷をたどった。今となっては,白だろうが黄色だろうが黒だろうが,長さや厚みや匂いなど多少の違いはあっても特段の支障はないようにも思える。

 

ことここに至れば,一刻も早く世界中が親戚だらけになって,むごたらしい戦争をしなくなるように願うばかりである。

 

とはいえ,そう簡単にいけばこの世はパラダイスなんだが・・・

 

「そうして彼らは剣を打ち直して鋤とし,槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず,もはや戦うすべを学ばない」(ミカ書)