https://youtu.be/oNOszjYH488

 

これは南モンゴルへの中国共産党のしうちを紹介した動画。

 

                      

 

大阪のG20では,チベット,東トルキスタン(ウイグル),南モンゴル,そして香港からも人々が集まって,もちろん日本人有志も加わり,

 

軍事侵略して居座り,大虐殺と強制収容,放射能汚染に断種手術,宗教弾圧と棄教強要,強姦に輪姦など,やりたい放題の鬼畜の所業を続ける中国共産党へ抗議の意思を示した。

 

まさに,天人共に許さざる悪行で,その規模,期間,執拗さから見ても,あのナチスもひれ伏すであろう「民族浄化」だ。

 

ところが,わが?マスコミの報道ぶりは実に控えめで,いったい何に遠慮しているのか,この「人道に反する罪」を平気で続けている共産主義者達へ,日本人の怒りが向かないようにしようとでも言わんばかりだった。

 

これは,今や知る人ぞ知る法輪功信者からの臓器狩りも同じで,

まさに,共産党に歯向かう奴は好き放題に皆殺し の世界で,政治的な目的を達成するために暴力および暴力による脅迫を用いることをテロリズムと呼ぶならば,そのお手本が中国共産党だ。

 

なのに,軍事侵略と民族浄化に立ち向かう勇気ある人々を「テロリストだ」とうそぶき,都合のいい虐殺理由としている。

 

わが国は「平和主義」「基本的人権の尊重」「国民主権」を憲法の基本的精神としているらしいが,それと,日中友好の掛け声がどう整合するのか全くわからない。

 

チベット人,東トルキスタン人,モンゴル人,そして法輪功の人々の命は命ではないのだろうか?虫けらのように人の命を奪い続けていいのだろうか?

 

あまつさえ,中国共産党は尖閣の海から資源を吸い取り続け,軍事力で威圧しては侵略し,北朝鮮の後ろ盾であるから拉致の実行犯と一体と言っていい「まごうかたなき敵」だ。

 

どこの世界に,押し込み強盗や人さらいを自分にはたらく敵を「ご招待」するマヌケがいるのだろうか?というと,極東にただ一国あるのだ。

 

これは道義上も決して許されることではない。わが?メディアが,そういった道義をお茶の間に思わせない「工作」の片棒・・・どころか主体的な役割を中国共産党のために担っているのだとしたら,

 

これはもう絶対に同胞とは呼べず,早急にスパイ防止法を持って,こればかりは東京裁判を模倣して事後法による裁きで殲滅すべきだ。

 

参院選では,こういった観点から「人道への鋭敏な感性を喚起する」訴えを与野党共にすることはなかった。

 

もちろん,中国共産党ばかりではない各国のスパイを野放しにして,いつまでもアメリカの舎弟でいる「年だけ食った駄々っ子」でいることの恥辱を訴えることもなかった。

 

核武装がアメリカの監視により無理ならば,敵対国群の原発群や核基地を精密に叩ける通常弾頭による武装が絶対に必要だ。

 

人でなしと金目当てに無節操につきあうよりは,戦争と聞くと発狂する見苦しい御都合主義をやめて,悪逆非道をやめさせるために,「日本の脅威」を鬼畜共に覚えさせるための重武装を進める必要がある。

 

民族を問わず,むごたらしく殺されていくアジアの友を見殺しにするわけにはいかない。

 

わが国を頼って亡命してきた多くの独立運動家達を命懸けでかくまい,ある時は共に海をわたって友のために武器を取り,屍をさらしていったのが誇り高き先人達だったのだから。

 

戦後民主主義の見苦しい偽善と御都合主義を捨てて,顕彰と継承が始められる時が来たと思う。

信義によって生き死にするのが日本人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思春期を終えようとする頃から,漠然と憧れ始めたのが「別れの風景」だった。

 

台湾生まれで台湾育ちだった亡母によると,なんといっても一番悲しくて切ないのは船の別れなんだそうで,これはおそらく,大東亜戦争(太平洋戦争)敗戦によって,台南の明治製糖で仲良く暮らしていた台湾の人々と生木を裂くような別れを強いられ,引揚船で宇品港へ帰ってきた体験によるのだろう。

 

高度経済成長期に入った時期の仮想敵国はソ連(ロシア)で,国の方針が「敵の上陸は夏である」だったため,野戦砲兵士官だった父は戦闘訓練で長期間不在になることが多く,

 

災害派遣の多さとも相まって,長く留守を守る母としてはいきおい,年端もいかぬ小僧だった私を話し相手にしていたというわけだった。

 

往年の?名画での別れのシーンやBGMの素晴らしさをいくら強調されても,チビ助の身にはピンとこなかったが,それが少年に「いつか訪れる別れの風景への憧憬」をおぼろげながら植え付けたことは間違いない。

 

あれから数十年の歳月が流れ,雪の街角,波止場,霧に煙る空港,駅のホーム,ホテルのロビー,紫煙がたちこめる喫茶店,深夜のカウンターバー,長距離バスのステーション,タクシーの後部座席など,

 

思い返せばよくもまあ,女とはヒールの音を無慈悲に響かせて,残り香だけを置き去りに颯爽と立ち去るものだと笑ってしまうくらいの歩みを重ねて!?きた。

 

これで,メスの飼い犬にまで逃げ出されては立つ瀬がないなと,桜島の恵みである湯煙に露天で一人浸かりながら苦笑いすることがある。

 

要はフラれっぱなしの人生だったわけだが,最も印象的だった別れは?と聞かれるならば(誰も聞きはしないけど)亡母とは違って駅頭でのそれだった気がする。

 

白いカーテンが冬空を覆いつくしている湖畔で,彼女が作ってバスケットに入れてきてくれた心尽くしのサンドイッチを食べた。

 

ふと見上げると,降りしきる雪をかぶった一羽の鴉が身じろぎもせずに枝に止まっていた。理由は解らないが,あいつは俺のようだと思ったのを今も覚えている。

 

「この雪のこと,この寒さのこと,いつまでも覚えとくんだよ」と,厚い毛織のコートの肩に積もる雪を払おうともせずに,背を向けたままで彼女が静かに呟いた。

 

ことさらに時計を見ないで,まるで永遠の時があるかのように無理に装って過ごした冬の午後は足早に立ち去り,駅頭での別れの夜は駆け足でやってきて私達を捉えた。

 

二人の沈黙をあざ笑うようにホームへ滑り込んできた特急は,慌ただしく開いたドアへと彼女を瞬く間に吸い込んでしまった。

 

発車のベルが鳴り響いてドアが閉まろうとする刹那,それまで静かだった彼女の表情が急に狂おしくなった。

 

「気をつけて帰ってね」

 

絞り出すように彼女は言った。

 

手を半分だけ挙げて何も言葉を返せない私の目前でドアは閉まり,つられるようにホームの端へと歩き出した私が抱えた未練を振り切るようなスピードで,電車の尾灯はみるみる小さくなっていった。

 

駅を出るといつしか雪は止み,冬空を仰ぐと銀河がまるで流れ落ちるように美しく煌めいていた。

 

「見上げれば 星冴える夜の 別れなり」

 

「この愛で 包むすべなし 冬銀河」

 

別れの風景とは,めぐりあった二人にとって,世を去るまで輝きを失わない永遠の宝石であるらしい。

別れは,二人に色褪せない詩情を残して去っていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   日本復活は靖国の神々の心から
                      荒谷 卓

                       以下抜粋 

      (原文はhttps://musubinosato.jp/oyaji/)

 

 

そもそも、我々戦後の日本人は、 皇軍兵士の戦いぶりによって如何に 恩恵を 頂戴しているかを知らねばならぬ。

 

一つの例を挙げよう。

 

平成七年から九年にかけて 、 現職自衛官として私は、 プロイセン
陸軍大学校の歴史と伝統を引き継 ぐ ドイツ連邦軍指揮大学に留学した。 その折 、 ドイツのテレビでは 頻繁に日本の神風特攻隊の映像が放映されてい ることに気がついた。

 

そこに映る 、飛行場から水杯を交わして飛び立つ前の 神風特攻隊員 達は、 実に落ち着いて涼しく鎮まっていた 。コ ッ クピットに乗り込み最後の挨拶をする ときでさえ 、 「ちょっと出かけてくるぞ」とでも言いそうな、国家国民に対する慈愛に満ちた清らかな表情であった 。

 

ドイツ人に、「なぜ神風特攻隊の映像が、こんなに頻繁に放映されるのか」と訪ねると、ドイツの人々が尊敬と畏怖の念を持って 答えた。

 

必死の特攻という激烈なる戦闘に向かうというのに静かに慈愛 に満ちた清々しい態度 、 この行為と精神を 当たり前のようにできる
日本の兵士は近代欧州人には驚異であるだけでなく 、 神秘的だと。

 

指揮大学の学友でもある 約四十カ国の 留学生たちにも「神風特攻隊の映像を見たことはあるか」と質問したところ、多くの海外軍人は「当然だ」と言う。

 

では、その所感は?と聞くと、一様に「世の中にこんなに勇ましい軍人がいるということを神風の映像で知った」「日本軍の映像で知った」「日本軍がなぜあのように強かったかが神風の映像を見たときに判った」と答えた。

 

アルバニアの大佐は「今日本は大人しくしているが、いざとなると、また特攻をするんだろう」と言う。また、リトアニアの国軍司令官は「ロシアや中国等の大国でも日本に単独では勝てなかった。米国も一国では勝てなかったはずだ」と述べた。

 

他の軍人たちも「日本人は大人しそうに見えるが恐ろしい存在だ」などと言う。

このとき、私はあらためて、皇軍兵士の壮絶なる戦いぶりによって現在の日本は守られていることに涙して感謝した。

 

この歴史的事実こそが、今なお実態としての日本の抑止力となっているのだ。と同時に、実証もしないまま、日米安保などの理論のみで抑止を語ることの愚かさを恥じた。

戦後、国体史の中で恥辱の時代として刻まれる期間が六十六年目となるが、日本人としての尊厳を捨てて米国に依存する政体がいまなお継続している。

 

(中略)


すでに、常識ある国民は、日本の安全保障は日米安保体制によって保たれているという虚構に気がついている。

 

それは、安保と防衛を完全に米国に依存している状態を正当化するための欺瞞に過ぎないのだ。

 

自国民が拉致され、領土が侵略され、主権が侵害されても、自らは何もせず米国にお願いするだけの政府。

 

おおよそ政府としての責任要件を満たさないものを、あたかも正統な政府であるかのような啓蒙の呪縛を祓い清めるときは近い。

 

             以上 抜粋終わり

 

これは,わが国に初めての特殊作戦群を創設した武人の文章である。経歴の細部は,冒頭の「熊野飛鳥むすびの里」のHPを御高覧願いたい。

 

彼がドイツで流した涙は,参院選に入った現在のわが国でもまだ流されている。

 

与野党共に,「自国民が拉致され、領土が侵略され、主権が侵害されても、自らは何もせず米国にお願いするだけの政府」であり続けることへの忸怩たる思いのカケラも訴えようとしない。

 

ふれることすらない。

 

いまだに植民地総督府であることを恥じ,独立自尊を取り戻すために払わなければならない犠牲を国民に求めることをしない。

 

卑怯,臆病,怠惰,欺瞞のオンパレードで,どちらも万が一の際にはアメリカ兵と隊員に死んでもらおうとしか思っていないのがよくわかる。

 

9条へ自衛隊を書き加える?それこそ戦後レジームの永久化だ。いまだに「憲法の精神で平和を守ろう」?何を幼稚園児のような寝言をホザいている?

 

どちらにしても人間としての誇りのカケラも見当たらない。いずれも「やるやる詐欺の手法」で国民を騙し,バッジと高額な年収を目指しているだけだ。

 

かつて,イギリスからの独立を目指してインド国民軍を結成し,ガンジーと共に車の両輪として戦ったチャンドラ・ボースがシンガポールで兵士達を前に行った演説の一説に,

 

「われらのただひとつの願いは祖国を生かすために死ぬこと。」

 

「今日,私はただひとつのもの,至上のものを求める。諸君の血を求める!血を与えよ!私は自由を約束しよう」という珠玉の言葉がある。

 

「兵士諸君,わが友よ!」と,熱誠をもって語りかけ,悪逆非道の白人による植民地支配からの独立を訴えた。

 

 

インド人はかつて,この呼びかけにまるで飛瀑に打たれたように魂を燃やし,日本軍と共に果敢にイギリスと惨烈な戦争をした。決して「ぬちどぅたから」と奴隷の平和に安住し続けようとはしなかった。

 

人間としての誇りを自らに呼び覚ましたからだ。

 

またしても,内心では国民一般をナメ切った卑しい下心を覆い隠した口先男や口先女達のガナリ立てる空手形が,参院選で津々浦々の風に乗って撒き散らされる。

 

「息が詰まる。窓を開けよう!英雄達の息吹を吸おうではないか」

とのロマンロランの叫びが胸の奥にこだまする。

 

国家の至宝ともいうべき武人の高潔な志と高い能力に裏打ちされた涙を,末長く国防政策に生かせなかったのは痛恨の極みだが,(サムライは出世できないのが世の常とはいえ)

 

歴史を断絶し,独立への希望を持たせなくすることが,米中露等の狙いである以上,生まれ変わり死に変わって日本人を根絶やしにはできないことをどうあっても思い知らせてやらなければならない。

今もなお,大和島根をお守りくださってありがとうございます。