チベットやウイグル,そして法輪功に至るまで,アメリカも
安保上の情報保全の問題も大きく,偏向報道を避け,不偏不党を貫かなくてはならない放送法の規定を蔑ろにする危険な性格が窺えます。
チベットやウイグル,そして法輪功に至るまで,アメリカも
安保上の情報保全の問題も大きく,偏向報道を避け,不偏不党を貫かなくてはならない放送法の規定を蔑ろにする危険な性格が窺えます。
人生百年時代到来だと,例によって例の如く,誰が政策の起案書(稟議書)を書いたかは知らないがさんざん言いふらされている。
毎日毎日,葬儀屋は繁盛しているが,そんなに「健康で長生き」してるのかはなはだ疑問だ。おおかたダニ官僚の合法的な「盗み・タカり」と,関連業界の懐を温めるためのナチス流宣伝だろう。
「命長ければ恥多し」と伝わるけれど,少年時代には,例えば遠藤周作氏の「男とは,犯した数々の過ちを思い出すと,思わず叫びだしたくなるような冷や汗たらたらの恥ずかしさに苛まれるものだ」的な文章を読んでもサッパリ意味が解らなかったが,
半世紀を超えて生きてくると,残念ながらよ~く意味が解るようになってしまった。
国道で,今日も教育訓練に忙しい自衛隊車列の勇姿を見かけると,手を振ろうかなとも一瞬思うが,いやいやこれは若くプリティな女性の「専権事項」で,俺がやったら隊員の士気がかえって落ちると思いとどまる。
自らが隊員だった頃も,小さな子供達とプリティが振ってくれる手ほど,士気を高めるものはなかったからだ!?
事故なく永久の幸いあれと車列を見送っていると,昭和の終わりの某駐屯地の幹部食堂でのオリーブドラブ色の恥ずかしい思い出が忽然と甦った。
自衛隊の食堂は,当たり前だが大勢の迷彩やオリーブドラブ色に染められて,よほど特異な体型でもない限り後ろからでは誰が誰やら判別がつかない。
順番待ちの行列で,一瞥した背格好から直前の隊員を同期の桜だと思い込んだ私は,鼻歌交じりに右腕を彼の首に巻きつけるとスリーパーホールド状態で釣り上げ,「オラオラ~」と揺さぶったのだ。
相手が足をバタつかせながらもがいた刹那,当の同期の桜が斜め前の行列から目を丸くしてこっちを見ているのに気付いた。
「え?」
「ということは・・・君は誰?」
で,すぐに彼を降ろして振り向かせると,ジャン ジャジャンジャンジャ~ン♪そこには真っ赤な顔をした上官が目を白黒させているではないか。
ひたすら謝ったが,思わぬ奇襲を背後から受けた上官殿は「何事かと思ったゾ」と苦笑いし,しかも「俺も,もっと徒手格闘の腕を上げないとなあ~」なんて,大学を出たばかりで無知なボンクラ幹部を泣かせるフォローまでしてくれたのだった。
星ひとつ違えば「不動の姿勢」だった旧軍なら,その場でボコボコに殴られた挙句に営倉行きだったかもしれない。今もなお,火の出るような恥ずかしさと共に上官の温情への感謝が浮かぶ。
カードにまつわる恥ずかしい出来事もある。
これは「体験からすら学ばず」何度かやってしまったのだが,目前の相手はメンバーズカードを求めているのに,相手の美貌に目を奪われた私は,おもむろに抜き出した近所のスーパーのポイントカードを鷹揚に頷きながらトレーに乗せ彼女の失笑を買ってしまった。
また,公衆の面前ではちょっと口に出しにくい特定の場所の割引カードを微笑と共に提示したこともある。
この際は,確認したお嬢さんが「ハッ!」とした表情を浮かべて「お客様,あの~これは手前共とは提携していない・・・」と,目を合わせずに俯(うつむ)きかげんで恥ずかしそうに口ごもったので気づいたのだったが。
ここまで来ると,もはやミスター・ビーンものだ。
これが女性関係となれば言うに及ばず,アホな勘違いからの「ワンポイントの余裕を見せながらの「デートの承諾」」や,つい混乱して相手の名前を呼び間違えたり,二人で行って「いない」スポットの思い出を楽しげに話した後で,
「えっ?二人で行こうって言うの?なんでヨ?」と怪訝な顔をされたり,
「ねえ,わたしがいつ改名したの?」とか,
「それって誰との話?わたしは(語気を強めて)行ってないんだけどサ!」なんて,「そんなに信用ならない男だったのね・オーラ」を激しく放射されたりしていたのだった。
慌てて
「いや,つい若くで亡くなった叔母の事を考えてたら名前が出てしまって。君のように美人だったもんだから」とか,
「あら?あそこには君といつか行きたいなあ とずっと思ってるんで,先週の朝に見た夢を現実かと思い込んでしまってたみたいだね」なんて,
火に油を注ぐ「愚にもつかぬ言い訳と作り話」を試みては,もともと厚いとは言えなかった信用が粉みじんに爆砕されてしまったものだった。
振り返れば,人生は確かに取り返しのつかない恥に満ち満ちている。まだ一回りしないでこれならば,これから何十年も生きればいったいどれほどの恥を・・・と実に恐ろしい。
ましてや,私の場合は特に乏しい知性が加齢と共にますます衰え,記憶も次第にあやふやになってくると言うではないか。
ここはひとつ,盗人ダニ官僚共と,年寄りを食い物にして蓄財に励んでいるくせに,腐臭を放つ偽善の仮面をつけては「地域福祉への貢献」なんて歯の浮くような美辞麗句で守銭奴の本性を隠している者共の収入を減らしてやるためにも,
残り世をなるべく急いで駆け抜けて,閻魔大王からの糾弾を少しでも減らすべきだと,かなり飛躍した結論に落ち着く昨今だ。
「あの~大王様もそんな経験ないスか?」と言ったらますます怒るだろうな。
おそらくは,FB上でのつながりの一部を見て,うまいこと票になればとの思惑でだろう,
来春の鹿児島市議選に立民から出るという人物から「友達リクエスト」が届いた。
私の日常の発信内容を一瞥すれば,自分が公認を受けたと喜んでいる政党も軽蔑しきっているのは一目瞭然だから,一読もしていないのは明らかだ。
常日頃から,国政でも地方でも,与野党問わず所かまわずベタベタと貼りまくられたポスターには「チッ!これを環境破壊と言わずして何をそう呼ぶ?ベルタだったか何だったか,あのスウェーデン娘はこれにまず怒り狂わないと!」と,
かつて,不快さに耐えかねた(のだろう)何者かに一連の10枚ほどのド真ん中を破り捨てられた,鹿児島女子高という名門高付近のマダム土井ポスターに快哉を叫んだ身としては,可笑しいやら並みいる国賊面がいまいましいやら,なんとも複雑な感慨を日々抱かされているのだが,
以下は私の「ていねいな」返信である。
「リクエストありがとうございます。様々な方が立候補されるようですが,私は,総務省の示す基準によらず,
ラスベガス市が市議5人で回せるならば当市も夜間議会と日当制を入れ,職員のラスパイレスも県下に率先して70ほどにして県都がまず範を示し,
官製ワーキングプアの解消や天下りの「市民への門戸開放」,選挙事務手当廃止と振替休対応もしくは選挙事務そのものを公務員を含めた市民全体での抽選にした「みんなで創る明るい選挙」といった政策を実行しつつ,
苦しい暮らしに喘ぐ市民のために口先ばかりでない志の実行を確約する方々を支持します。
馴れ合いの温床の記者クラブ廃止も。
これまでは,市議県議にそう求めれば「いやあ 自分達も生活があるから」ばかりで(^^)
であれば,一応の(^^)左右問わず,金目当てに耳ざわりのいい事ばかり言ってるなとしか思えません。
もう20年を超えて,バッジを着けると手のひら返す例を嫌というほど見てきました。
こんなのばかりでよくもまあ「維新,維新」とホタえていられる,事大主義と権威主義のメッカで,南洲遺訓もつまみ食いばかりで西郷さんは客寄せパンダだなあが残念ながら社会運動上の実感です。御奮闘ください」
現時点では無反応だ。
私が,今は失望して離れた日本会議時代に改憲集会事務局としてその「コウモリぶり」を体験し,一人で向かった事務所にいた本人に直接憲法に対する信念のあやふやさを面談で抗議した「今日は改憲 明日は護憲 その日その日の風任せ」だった衆議院のバットマン川内や,
プレーリードッグ枝野が推す人物ならば,キリスト教徒にして極右!?の私に「俺の名前を書いてくれ」というのは無理な相談だ。
互いに無駄な「指の運動」だったなあ・・・承諾はしたけど(~~)
大東亜戦争は閣議決定を経た正式呼称。わが国は,征服者アメリカが「今後はこう呼べ!オッラー」と命じた「太平洋戦争」なんていかがわしいものを戦ってはいない。
いったいいつまで,多勢に無勢で一回敗けただけの頭目にアゴで使われていることか。