祝福神~ご縁に感謝♪ -21ページ目

祝福神~ご縁に感謝♪

4人の両親を看取って、なんだか淋しい日々です。これからは小林正観さんの言葉「祝福神」(7つの言葉)…「うれしい、楽しい、しあわせ、愛してる、ありがとう、ツイテル、大好き」の言葉を言いながら明るく年を重ねていきたいです。みなさんとのご縁に感謝です。

 正観さんによると…。(みやびの山里・京都大原…1988年、小林正寛 遊帆堂)

 

〇念仏三昧堂

 

 法然の念仏発祥の地とされるここに念仏三昧(ざんまい)堂を建てたのだ。1198年のことだった。

 開山(初代)が法然で、2世が出家後の熊谷次郎直実(法名は蓮生)である。

 法然の死後16年たった安貞2年(1228年)、広隆寺の来迎坊にあった法然の棺から急に光が出て南南東を指し示したため、法然の弟子たちはここ(念仏三昧堂)に集まり、遺体を火葬にし直した。

 

 

(光明寺の写真はネット画像です)

 

 

👣ハッピーツアーIN弘道館(茨城県水戸市)👣

 

 大手門のすぐ近くには、弘道館があります。

でもその前には、「徳川慶喜向学の地」という石碑がありましたよ。

 

江戸時代後期には、9代藩主・徳川斉昭らが、天皇家を尊び、国全体で諸外国に立ち向かう「尊王攘夷」の考え方を示しました。藩を超えて国家的視野から様々な課題に対応する理念が広まり、明治維新に影響をおよぼします。

 

また、徳川斉昭は藩政改革の一環として藩校・弘道館を建てました。正庁(学校御殿)をはじめとして、文館、武館、医学館、天文台、孔子廟(こうしびょう)などが建設され、さらに馬場や調練場、矢場、砲術場なども整備した大規模な施設でした。医者を養成する医学館では、医学の教授のほか、種痘や製薬なども実施されていました。

 

15代将軍となった徳川慶喜は、徳川斉昭の子として江戸で生まれますが、斉昭の教育方針によって幼くして水戸へ移り、弘道館で学びました。そして、水戸で研鑽を積んだ徳川慶喜に仕えた人物のひとりが、日本屈指の実業家に成長する渋沢栄一です。(ネット情報より)

 

※そうか…。大河ドラマ「青天を衝け」では、徳川慶喜を草彅剛さん、渋沢栄一さんを今「国宝」で有名な吉沢亮さんが演じられていましたね。なつかしい!

 

 

日本最大規模の藩校 江戸時代の総合大学
 
 弘道館(こうどうかん)は、水戸藩第9代藩主徳川斉昭が、天保12年(1841年)に開設した日本最大規模の藩校です。
最後の将軍徳川慶喜は、幼少期に弘道館で学び、大政奉還後ここで謹慎生活をおくりました。
幾度の戦火を免れた正門、正庁、至善堂は国の重要文化財に指定されています。
 
 
 

「青天を衝け」では、徳川斉昭公を竹中直人さんが熱く演じていらっしゃいましたね。

 

 

弘道館に入る門には、もう年末なので、門松が飾られていました。

門松の飾り付けがなんか蝶々結びみたいでかわいいね。

 

 

 弘道館の前には大きなクスノキが植えてありました。

弘道館公園には、斉昭の自筆による「要石(かなめいし)歌碑」を挟んで2本のクスノキがあります。右側の大きなクスノキは樹齢300年程度と推定され、弘道館のできる以前からその地の武家屋敷に植えられてあったものと言われています。

 あれ?この木はクスノキではないのかな?

 弘道館は、「教育によって人心を安定させ、教育を基盤として国を興す」という建学の精神のもと設立されたものだそうです。弘道とは「人は道を弘める能力をもっている」の意味だそうです。なるほどー。

 今の日本の教育は大丈夫かしら?教育を大切にしない国は……。😿

 

 水戸光圀さんが楠木正成を慕っていたというお話も見ましたが…。水戸とクスノキ…ご縁があるのね。そういえば私の小学校も大きなクスノキがありましたよ。今でもあるのかしら?

 

 

 

最初のお部屋にどーーーんと「尊攘」の掛け軸がありました。

いやーすごい存在感!!

さすが「水戸!」という感じです。

 

「尊攘(そんじょう)」の書は、安政3年(1856年)に徳川斉昭の命により、水戸藩医で能書家として知られていた松延年(まつのべ ねん)が書いたものだそうです。

 「尊王攘夷(そんのうじょうい)」の略語で、天皇を尊び、外国勢力を排除しようとする思想を指します。江戸時代末期に水戸学や国学の影響を受けて広まり、幕府を批判し、倒幕へとつながる政治運動となりました。

 

※うーーん、どうして御三家の水戸が?と疑問に思いますが、御三家の中でも尾張、紀州、そしていつも三番手だった水戸が、尊王攘夷を唱えることで幕府の中で存在感をもとうとしていたのでしょうかね。実際に最後の将軍は、水戸出身の徳川慶喜で大政奉還をしましたものね。なんとなく弘道館の教えが実を結んだんでしょうか?

歴史とは不思議なものですね。

 

 

 

畳縁や柱に付けられた金具など、所々に葵の紋を見つけました。

さすが御三家の水戸ですね。写真ではわかりづらいですが…。

 

 

お庭には、白と赤の山茶花が対になって咲いています。

お正月の頃が見ごろでしょうかね?

 

 

廊下も畳敷きなのがうれしいですね。

外は昔のように木造ですい張りにご用心って書いてありました。

 

 

大政奉還後の慶応4年(明治元年(1868年))、慶喜は水戸へ下り、幼少時代を過ごした至善堂にこもり、静岡に移るまでの約4ヶ月間、厳しい謹慎生活を送りました。

 

 

「青天を衝け」では、徳川慶喜公(草彅剛さん)が謹慎されていたシーンを思い出します。ここだったのね。😿

 

 

廊下の窓から少し光や緑が見えるのが救いですね。

 

 

謹慎されていた時にも使われたもの。大きいよね。

中に物を入れていたら重たかっただろうな…。

江戸から運んだんでしょうね。

昔の方は大変だよね…。😿

 

 

 徳川斉昭公が藩主となって発した第一声が「愛民専一」であったように、斉昭公は大規模な農政改革に着手するとともに、農民に対して並々ならぬ関心を寄せました。農人形もその一つです。斉昭公は国の基である農民が、度々の天災にも負けず、日夜汗と泥まみれに働く尊い姿に心うたれ、自ら青銅で作った農夫の像(農人形)を食事のたびに膳にのせ、最初の一箸のご飯を供えて農民の労に感謝したそうです。農人形は、水戸独自の農本主義から生まれた像で、全国にその例を見ないものです。
 近代になって水戸の彫刻師がこの農人形を初めて木に彫り、水戸の代表的な民芸品の一つとなっています。

 

※徳川斉昭さんは、なかなかすごい賢い方ですね。

徳川斉昭は、「烈公」(れっこう)と称されるほど苛烈な性格であったと言われていますが、

農民を大切に思う気持ちももっていらした。

 

 

「名君」とも言われていたしな…。

 毛利のお殿様「そうせい…」(部下に対して…)とえらい違い…( ´艸`)

この絵のお姿は、たしか徳川斉昭さま。

穏やかそうに見えますが…。

 

 

(ネット写真より)

 

そうそう!水戸光圀さんが作られた「大日本史」も展示してありました。

すごいなー。水戸のご老公様!!

 

 

「雲高気静」の掛け軸は、

徳川慶喜の筆で、明治2年(1869)9月に謹慎解除された頃、勝海舟に贈ったそうです。

無血開城…勝海舟もすごい人だな…。

来年の大河ドラマがまた幕末、徳川側から描かれたもの(小栗上野介…松阪桃李さん主演)だそうなので、またこの辺が詳しく描かれるのかな?楽しみ~!!

 

しかし品のある字ですね。「雲高気静」…徳川慶喜公さすがですね。

幕末維新を生き延びられましたね。😿

たしか長生きをされましたよ。明治の終わり頃まで…。

 

 

(ネット画像です)

 

 明治維新の精神的指導者といわれる吉田松陰(1830年~1859年、長州藩士)は、東北奥羽地方へ遊学の途中、嘉永4年(1851年)12月19日から同5年1月20日まで水戸に滞在しました。松陰22歳の時です。水戸に滞在中の松陰は、会沢正志斎や豊田天功ら水戸藩の学者に教えをうけました。この資料は、水戸での宿泊先であった永井政助家の子息で、年齢が近く意気投合した芳之介に松陰が贈った惜別の詩です。

 

 

※一番感動したのは、この吉田松陰先生の書です。

右肩上りで松陰先生らしい堂々とした豪快な字ですね。

おー水戸まで松陰先生来られていたのか…。

それも私と同じ12月ですよ!!

松陰先生はこの1年前に長崎の平戸に行かれていて、なんとこれも同じ!!

私も1年前の年末に長崎の平戸城に行っていました。

ブルブル…勝手な偶然にびっくりしております。

私は、飛行機や特急でこの水戸まで来たけれど、

松陰先生はあの時代に、足と馬と船ですか?

は~すごいな。

 

 

大河ドラマの松陰先生と言えば、私は「八重の桜」の

小栗旬さんの吉田松陰さんを覚えています。

ちょうどドラマの前半に、東北地方、会津もそうですが松陰先生が遊学されていて、元気でパワフルなお姿を覚えていますよ。

松陰先生の思いが、松下村塾の生徒さんたちに伝わり、明治時代をつくっていったんですよね。(まあ一部かもですが…)あの時代の息吹をこの水戸でも確かに感じましたよ。

あの時代、生きるか死ぬかの時代、欧米諸国に飲み込まれそうな時代…。

今の日本も少し同じような気配もしますが…。

どうかこの平和な時代が続きますように……と願います。

 

 

 

水戸の弘道館、ありがとうございました。

とても学びになりました。

幕末維新の勢いをかすかですが、感じ入りました。

続きはまた次回にね♪

 

 

 

♪私の好きな歌♪  青い珊瑚礁(再)♪  松田聖子

 

 

 2025年の年末の紅白は、私もがんばりましたよ。

7時20分からずっと見続けましたよ。ついでのそのあとのゆく年くる年まで…。😿

最後の大トリの聖子ちゃん、たった一人でおみごとでした。

それまでは、派手な演出がほとんどでしたが、聖子ちゃんは舞台にたったひとり。

大丈夫かな?と心配したけれど、きっと復活の歌声を届けたかったんだろうなと感動しました。若いころのパワーはないけれど、昔と同じ音の高さで今の聖子ちゃんの一番かわいい声でした。すばらしい!!松田聖子ちゃん、きっと歌声で勝負したんでしょうね。

努力家の聖子ちゃん、ボイストレーニングをがんばったんだよ。

これでこそ!!松田聖子ですよ。感動しました。ありがとう!!聖子ちゃん♪

松田聖子はやはり最強です。強かった!!日本中のファンを喜ばせましたね。

 

 

 今日はお正月3日目。

寒くて底冷えしています。

雪も少し降ってます?車に少し積雪が…。

…が、ボチボチ外に出ましょうかね。寒くてそのまま家にいるかしらん?

紅白の余韻に浸りながら…。

次回は、5日の月曜日にお会いしましょう。

 ではまたね…。ごきげんよう!!

みなさまもよいお正月をおすごしくださいませ。