正観さんによると…。(知って楽しむ情報集~人間観察40年の情報いろいろ)
●空港カウンター
空港カウンターに40人も50人も並んでいることがありました。団体用の受付というのが1つのカウンターで、ほかに個人のカウンターが3つくらいあります。こちらは、じっと待っているのですが、受付の人は隣の人とおしゃべりをしながら、のんびりとやっていました。
添乗員が、「時間がないから急いでくれ」と言いにいっても、「ちょっと待ってくれ」と言って全然急ぐそぶりがない。そして、夕方5時になるとピッといなくなり、交代で次の人が入ってくる。
※昨年の夏のヨーロッパ旅行では、添乗員さんがいつもいらっしゃいましたが、大事な観光地や駅、空港などは現地のスタッフさんのサポートがついていましたね。全て添乗員さんだけではやってられない感じでしたね。そういうところは、観光客の私たちではにっちもさっちもいかないし、現地に詳しい人じゃないと難しいですね。やはり行ってみて初めてわかることがありましたよ。
(イラストはネット画像です)
🛫ハッピーツアー日本100名城水戸城へ🚄
久しぶりのハッピーツアー!!
年末ですが、今回はバスからスタートです。
新山口駅の駐車場にマイカーを置いて、ここからバスで山口宇部空港を目指します。
若いお嬢様方や私たち世代?のおじさまが利用されていました。
朝早く運転手さんありがとうございます。
前日の夜、太川陽介さんとクロちゃんと若い知的な女性タレントさんの四国の松山スタートバス旅の番組をちょいと見たので、やはりバスには親しみをもっていましたよ。バス旅もいいものですね。タクシーで空港まで行くよりは、うーーーんと安いのです。
ありがたや!!バスさん。
朝7時に無事に空港に着きました。
バスに乗っていた時間は30分くらいです。
空港には、エヴァンゲリオンの大きな絵が飾ってありましたよ。
うんうん、エヴァも無限大!宇部も無限大!旅に出るとワクワクがもっと無限大です♪
山口宇部空港も朝焼けです。
行ってきまーす♪
離陸です。飲み物はスープをいただきながら、下を見るとややっ!!
ここは、なつかしい明石大橋じゃないかな?
だって橋の東側には街並みが見えてあの大規模な街は、神戸、大阪に違いない気がする。
テレビモニターの演歌歌手の藤あやこさんの福岡旅を楽しく見ていたら、
こんどは下をのぞくとあの島のような場所は、中部国際空港のセントレアではないかしらん?
お~美しい富士山が見えてきました。
冬の富士山は美しいな♪
雪山が神々しいです。
なぜか千葉の房総半島の上を飛行機は飛びながら(たくさん飛行機が離着陸するので、時間稼ぎ?)、まあ無事に羽田空港に到着!!
向こうには、スターウォーズの飛行機も見えますよ。
かっこいいね。
さあ、京急に乗って、品川に到着しました。
ここで、特急ときわに乗りますよ。
鉄子としては特急に乗るのもわくわくします。
座席はこんな感じです。
渋くてかっこいいですね。
東京駅が近づいてきましたよ。
駅舎がこれまた情緒があっていいんですよね。
特急ときわは、東京駅、上野駅でほぼ満員になりましたよ。
帰省ラッシュかしらん?
ランチにはちょいと早いですが、11時過ぎると品川で買ったのり弁当をいただきました。
以前、うっしーがのり弁を食べたと言っていたのを覚えていました。
品川駅で偶然のり弁専門店を見つけて、買ったらおいしかったです。
今までほっともっとの大きなのり弁しか味わったことがなかったですが、
品川駅ののり弁は、おしゃれでおいしいです。特に鮭が!!
およそ1時間30分?くらいで水戸駅に到着!!
快適な特急旅でした。
駅前には、水戸黄門御一行様がいらっしゃいました。
BGMは、♪「人生楽ありゃあ苦もあるさあーーー♪」です。
子どもの頃再放送をよく見ていましたよ。
水戸黄門が道徳の授業みたいなものでしたかね?
水戸駅立派です。
では歩いて目的地を目指しまーす♪
10分くらい歩いたら、令和3年に復元された二の丸各櫓が見えてきましたよ。
う~久しぶりのお城巡り!!
GW以来かな?わくわくです。
土塁がみごとですねー。
こちらは、復元された大手門です。大きくて見事でした。
🏰日本100名城~85城目 水戸城(茨城県)🏰
~土塁と堀で守られた御三家の城~
鎌倉時代に馬場氏が築いた館を佐竹義宣が大改修し、さらに徳川頼房(家康の十一男)が入城して、御三家にふさわしい城に改築した城である。
台地上の最高所に本丸を築き、二の丸、三の丸を連郭式に配した縄張りである。また石垣を用いず、土塁と堀のみで守りを固めている。三の丸の空堀や二の丸と本丸の間のJR水郡線が走る深い堀底を見れば、防御力の高さを実感できるだろう。御三家でありながら天守の代用として三重五階の御三階櫓を建てている。(日本100名城ガイドブックより)
※うんうん、たしかに土塁は高いですよ。
歩いてきた道から眺めてもその高さがよくわかります。
そうそうこの大手門跡のあたりでは、幕末のときに佐幕派と討幕派が激闘を繰り広げているそうです。
やはり幕末…御三家といえども怖いですね~…😿
うん?佐竹氏?といえば、関ヶ原の戦いの後、徳川家康ににらまれて、常陸水戸から出羽秋田に転風させられた大名でしたね。秋田県の久保田城も佐竹氏が誇りをかけた土造の城でしたよ。2025年のGWに行きましたよ。( ´艸`)
(ネット画像です)
こちらは薬医門です。
しまった!!この門まで行かなかった…。こちらは本物です。
佐竹氏が建てたものであり、現存する唯一の遺構が橋詰門(薬医門)である。
本丸跡の県立水戸第一高校校内に復元移築されているそうです。
こちらは、水戸光圀の
「大日本史」の編纂を行った水戸城三の丸の跡地です。
水戸藩第2代藩主の徳川光圀が行った大事業の「大日本史」の編纂を行ったところです。事業は江戸の駒込邸で始まった後、史局を移し彰考館として小石川邸で続け、さらに水戸城の三の丸に移転されました。光圀の死後も編纂事業は水戸藩で続けられ、神武天皇から後小松天皇までの百代の帝王の治世の歴史書が完成したのは、明治時代に入ってからのことでした。
水戸のご老公は、助さん格さんと旅をしているだけでなく、大日本史を編纂した方なのですね。
徳川光圀は、城下町や寺社の整備を行いながら、大日本史の編纂事業に取り組み続け、水戸藩における学問振興に注力していきます。
1665年(寛文5年)には、「明」(みん:中国の江南を根拠地とした、漢人王朝)から儒学者「朱舜水」(しゅしゅんすい)を招き、儒学、国学、史学など、様々な学派を網羅した学問の教えを受けました。この学風が、水戸藩における学問「水戸学」(みとがく)の基礎となっているのです。
一般的には、この徳川光圀による修史事業に携わった学者達の間で成立した学問を「前期水戸学」と呼び、9代藩主「徳川斉昭」(とくがわなりあき)による藩政改革で成立したものを「後期水戸学」と呼びます。
以後、水戸徳川家に受け継がれた水戸学は、「尊王・敬幕」(そんのう・けいばく)の政治的思想(自分達は、天皇の家臣であり、将軍家の家臣ではないが将軍家に対しても敬意を持つ考え)が強く、多くの幕末志士達に影響を与えていくことになるのです。(ネット情報より)
※なーるほど!!幕末の思想が少しずつわかっていくな…。
お城巡りをすると、歴史の点と線が結びついていくんですよね。
やはり現地に行った甲斐があります。
※なーるほど。水戸黄門さまは、旅だけではなかったのね。
学問を奨励されて、水戸学の基本を築かれたのね。
すごいお方ですね。
私は、東野英治郎さんの黄門さまが一番好きだったな。
笑い方も豪快で、里見浩太朗さんも今でもべらぼうとかで大活躍でしたが、あのころは助さんでしたよ。うっかり八兵衛、風車の弥七…まだ由美かおるさんのお色気シーンなどもなくて、ほのぼのとしていましたよ。私の子ども時代の黄門さまは…。
こちらの建物には、「近世日本の教育遺産群~学ぶ心・礼節の本腰~」
と書いてありました。
水戸、茨城県は教育に熱心な地なんでしょうかね。
そういえば国立の筑波大学がありますものね。
水戸城の敷地内には、茨城大学の教育学部附属幼稚園や中学校がありましたよ。
あれ??茨城県は、筑波大学(たしか国立)もあるし、茨城大学もあるの?
二つも国立大学があるなんて、そりゃあすごい教育県ですね。
続きはまた次回に…。
♪私の好きな歌♪ ボレロ(再)♪ モーリス・ベジャール・バレエ団
2025年の年末から2026年新年にかけての東急ジルベスターコンサート、カウントダウンの曲は、生誕150周年を迎えるラヴェルの名曲の「ボレロ」でした。聴きたいのはやまやまですが、紅白の後の「ゆく年くる年」にも山口の瑠璃光寺五重塔が紹介されるから、きっとこっちを見ていると思うので、ボレロは今回のブログで楽しみましょう。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
今日も見ていただいてありがとうございます。
さあ2026年!!
昨年の年末には、娘たちと会ってきました。
今日の夜にうり坊がやってくるので、
これで一応年末年始に子どもたちに会えて、ほっと一安心でしょうかね。
2026年もみんなそれぞれがんばって元気に生活してくれたら
それだけで幸せでございます。
わが家の猫のにゃんちゅうもね。(=^・・^=)
外猫ちゃんたちも!!
私たちも元気でいましょう!!
今日は元旦ですが、マイルーム(特にマイデスクの中)の整理を
元旦早々する予定です。えへへ、毎年の年中行事です。( ´艸`)
次回は、3日の土曜日にお会いしましょう。
ではまたね…。ごきげんよう!!
みなさまもよいお正月をおすごしくださいませ。
























