正観さんによると…。(みやびの山里・京都大原…1988年、小林正寛 遊帆堂)

 

〇即身仏の存在

 

 モミジだけでなく、この寺を有名にしているものは即身仏(そくしんぶつ)の存在である。

 即身仏は、一年前からその準備をし、内臓に腐敗するものが何もない状態にしたうえで、「入定(にゅうじょう)」する。

 古知谷阿弥陀寺の即身仏は、弾誓(だんぜい)上人という僧だった。

 

 

(イラストはネット画像です)

 

 

🚙ハッピーツアー 日光金谷ホテルから会津若松城🚙

 

 ハッピーツアー2日目の朝です。

日光の新緑はすばらしいな。

やはりGWは、人が多いですが

この季節の旅行は大好きです。

季節も暑くもなく寒くもなく新緑がきれい! 

 

 

朝食は朝一番に行きます。

7時半からでした。

大きな木目の鏡に白亜の階段が映っていて、

こういう光景も好きです。

 

 

朝一番のおかげで、特等席に座ることができました。

早起きは三文の得ですね。( ´艸`)

玄関先のお庭が見えて、これまた新緑が美しい🍃

 

 

 

選べるドリンクは、私は栃木牛乳をいただきました。

栃木県は、私の好きな乃木大将が那須塩原に土地を買われ、畑仕事をされていたのをNHKの名作ドラマ「坂の上の雲」で見ましたよ。

野菜もなんとなく乃木大将が愛された栃木の土地からの恵みのように思えます。

 

 

 

パンもおしゃれです。

食パンがおかれている道具がおしゃれじゃないですか。

そしてジャムも1瓶ずつ。

持って帰りたーい!!

って言ったら、ドラが恥ずかしいって。

でも食品ロスになるしと思いつつ、

あっ旅の途中だったからすぐに家に帰れないんだと我に返りました。

 

 

このオムレツの完璧なこと!!

どうでしょう!この美しさ。

こんなに完璧に家では作れませーん。

ドラは、目玉焼きは私以上に上手になっていますが…。👏

 

 

 

大満足の日光金谷ホテルでした。

福島県からわざわざ南下してやってきましたが、

遠くから来た甲斐がありましたよ。

ありがとうございました。

 

さあ、朝早く8時半にはお宿をチェックアウトして次の目的地に向かいます。

日光の駅前通りを通ります。

昨日の夕方は観光客さんがたくさん歩いていて、とてもにぎやかでしたよ。

 

 

 

日光道を通って、宇都宮を目指します。

 

 

距離的には、内陸部を通る夢街道を通りたかったのですが、ナビではすごく遅くなるらしいので、ここは遠回りでも東北道を通りました。

磐越道に入るまで、1時間半以上はかかったのではないかしらん?

ドラ、小さいレンタカーで大急ぎでした。

そんなに急がんでも…と思いながらも運転にあれこれ言ったら激怒するので

もうおまかせです。😿

自分が高速の運転は苦手なので、ドラに運命を委ねるしかありません。😿

 

 

磐越道に入って、ようやく五百川パーキングエリアで休憩です。

 

 

磐越道…というと、私が旅行から帰った後間もなくマイクロバスの高校生の事故があり、

私自身もショックを受けております。

痛ましい事故で未来ある高校の生徒さんたちがどんな思いで乗っていたか…。

目覚ましい勢いで、少子高齢化社会に日本は突入している気配がします。

こういう事故や事件がこれからも増えていきそうで恐ろしいですね。

大丈夫かな?わが家の子どもやちびドラちゃんたちの未来は…。😿

 

高齢者が働いた方がいいといいつつも、安心安全が保たれるのでしょうか?

判断力は、確実に私たちシニア世代は減ってきていますもの…。

自分で自覚し、判断するのは難しい…。

自分も含めて、自戒です。😿

 

磐越道のそばには、見えないけれど猪苗代湖という有名な湖があるきっと風光明媚な場所ですよ。磐梯山は高くそびえていましたよ。

 

 

 

さあ、目的地の会津若松に到着です。

全部で2時間半くらいだったかな?

遠かったね。まあ日光まで行ったからね…。

今回一番長く車で走りましたよ。

 

 

東北の名城、会津若松城の西の駐車場を目指します。

一番近いらしいです。

みごとな石垣です。

 

 

🏰日本100名城~88城目 会津若松城(福島県会津若松市)🏰

 

 ~蒲生氏郷が築いた奥州支配の要の城~

 

 豊臣秀吉の命令で奥州の押さえとして黒川城に入った蒲生氏郷は大改造を行い、七重の天守を築き、名を若松に改めた。天守は後に加藤氏により五重に改修された。

 本丸を取り囲む3つの曲輪を守る雄大なスケールの実践的縄張りが特徴だ。戊辰戦争を耐え抜いた堅城は丹念に見るに限る。大手門と北出丸の縄張りと石垣などや干飯櫓から月見櫓にかけて雁行する石垣が見事である。天守台石垣は蒲生氏時代からの野面積。(日本100名城ガイドブックより)

 

 はるばる来ました。会津若松城へ。

よくサンドイッチマンのテレビとかで見たな…。

もちろん数々のドラマでは、幕末の会津若松城を何度見たことか…。

見るたびにとてもつらい心境になっていましたよ…😿

 

でも今の会津若松城はたくさんの観光客でにぎわっていますよ。

すばらしいにぎわいでしたよ。

 

 

 

若松城の切符を買うために並んでいたら、

ややっ!!外国の方の八重の桜ですよ。

かっこいい!!

会津若松のジャンヌ・ダルクみたい!!

お写真を撮らせていただきました。

ありがとうございます。

 

 

入場券を買うために、このようにテントまで出て、大行列でございます。

 

 

 

お城の内部の野面積は、蒲生氏のころのものなんでしょうね。

とても素朴で、松阪から会津若松に来られた蒲生氏に思いを馳せますよ。

 

 

会津若松城といえば、幕末の松平容保さんをすぐに思い浮かべますが…。

 

 

私はやはりこのお城を築いた蒲生氏郷公が最近好きでございます。

 

「織田信長」や「豊臣秀吉」などの天下人に一目置かれながら、40歳の若さで生涯を閉じた「蒲生氏郷」(がもううじさと)。数々の戦場で武功を立てただけでなく、領地の経営や家臣団の統制にも長け、「世に優れたる利発人」と称された戦国武将でした。その一方で、キリシタン大名や「千利休」(せんのりきゅう)の高弟「利休七哲」(りきゅうしちてつ)のひとりとしての顔も持ち、当代きっての文化人としても知られた人物です。「六角氏」(ろっかくし)の重臣一族から「織田家」の家臣、そして、東北一の大大名へとのし上がった蒲生氏郷です。(名古屋刀剣ワールドより)

 

 

  

 

大河ドラマ「八重の桜」の新島八重さん。

綾瀬はるかさんが熱演されましたね。

 

 

 

 

会津藩(あいづはん:現在の福島県会津若松市)出身の「新島八重」(にいじまやえ)は、日本の幕末から明治時代にかけて活躍した女性です。幕末の混乱期で、新島八重は自ら武器を手に取り、「戊辰戦争」を最後まで戦い抜きました。明治時代に入ると、現在の「同志社大学」の創設、「日本赤十字社」での奉仕活動に携わり、「幕末のジャンヌ・ダルク」、「日本のナイチンゲール」などの異名でも呼ばれます。2013年(平成25年)には、新島八重が主人公のNHK大河ドラマ「八重の桜」が放送されました。(名古屋刀剣ワールドより)

 

もう13年も前のドラマなんですね。

ついこの間のような気がしますが…。(笑)

 

 

天守閣の上から見た会津の町並みです。

テントがたっていて人でにぎわっているところは、

お茶関係のイベントらしいです。

私も行きたかったけれど、ドラが許してくれませんでした。

残念!!

 

 

芝生の大きな広場では、大きな赤べこさんの前で記念写真でしょうね。( ´艸`)

 

 

天守閣から眺めるこの光景が好きでした。

走長屋が見えますね。

でも会津若松城は、大変人気があって、人もたくさんです。

ゆっくり眺めている雰囲気ではありませんでしたよ。

 

 

平成23年に既存の建物の屋根が赤瓦に履き替えられたことで、

天守・走長屋・鉄門・南走長屋・子飯櫓の全てが赤瓦葺きになり、江戸時代末期の姿に一新されたそうです。

堂々とした風格がありますね。

 

 

赤べこちゃんの近くに来ましたよ。

 

 

さあ会津若松城に来たらぜひ行きたかった千家ゆかりのお茶室の「麟閣」に来ました。

ここだけは、ドラがなんといっても立ち寄りたかったのです。

ここは休憩所かな?

 

 

天正19年(1591年)千利休は豊臣秀吉の怒りにふれ、死を命じられました。それにより利休の茶道が絶えるのを惜しんだ、時の会津城主「蒲生氏郷」は、利休の子少庵(しょうあん)を会津にかくまい、徳川家康とともに秀吉に千家の再興を願いでたのです。この時に建てたのがこの「麟閣(りんかく)」と伝えられています。
その後、少庵は許され京都へ帰って千家を再興し、現在の茶道へと伝えられています。
戊辰戦争後、城下に移築され保存されていましたが、平成になって元の場所である鶴ヶ城内へ移築復元されました。
茶室を眺めながらお茶を楽しんだり、少庵の命日にちなんだ月例の茶会が開かれています。

(ネット情報より)

 

今の世も茶道が継がれているのは、蒲生氏郷と徳川家康のおかげですね。

お茶を習っているものにとっては、ある意味聖地かもですね。

来れて良かった…。😿

 

 

「麟閣」のお庭には、赤がはえるこんな席もありましたよ。

写真はないけれど、もちろんここから会津若松城も見ることができます。

 

 

私もいただきました。

おいしい!!

格別なお味です。和菓子は薯預饅頭です。

山芋や米粉を使ったお饅頭だそうで、

しっとりとして実においしかったです。

 

 

 

 茶室麟閣には、麟閣の南側、表門上、脇門上の3ヶ所に、三千家の家元による扁額(へんがく)が掲げられており、全国的にも大変珍しいと言われています。

 

 麟閣の正門上には、平成7年に奉納。裏千家15代家元・鵬雲斎 千宗室氏による扁額だそうです。観光客は、ここから入りますよ。

 

 

脇門上

平成16年に奉納。武者小路千家14代家元・不徹斎千宗守氏による扁額がありました。正門の横にある門です。

 

 

麟閣東側

平成2年に奉納。表千家14代家元而妙斎千宗左氏による扁額

 

 

 

一番、目立たたないところにありますが、まあ麟閣に掲げてある一番古い扁額ですね。

お茶を運んできてくださったスタッフの方に教えていただきました。

そのくらい目立たないところにあるのですが、まあそれが表千家でしょうかね。

奥ゆかしいといいますか…。( ´艸`)

これがわびさびの世界なんでしょうね。

 

 

会津若松城のお堀です。

すばらしいお城でしたね。

お城を中心とした町づくりもさすがです。

会津に来れて良かったです。

これで日本100名城の北海道・東北ブロックは制覇でございます。

うれしいな~♪

 

 

さあ、会津若松駅そばのトヨタレンタカーさんに車を返して、

次の旅にうつります。

赤べこさんありがとうございました。

続きは次回にね♪

 

 

 

⚾パ・リーグ7回戦 5月10日(日) ソフトバンク 8-3 ロッテ(みずほPAYPAYドーム)

 

 ソフトバンクは2点を追う3回裏、周東の適時三塁打などで同点とする。続く4回に栗原のソロで勝ち越しに成功すると、5回には周東と栗原の適時打でリードを広げた。投げては、先発・前田悠が5回2失点で今季初勝利。敗れたロッテは、先発・毛利が試合をつくれなかった。(ネット情報より)

 

★エキサイティングプレーヤー 周東 佑京選手…2回目★

 

 2本の適時打に加え、ホームスチールを含む2盗塁を記録した。周東の野球は見せてくれますね~♪でもこんな気持ちの良い勝ち試合があった後もまたまた連敗です。

ふーーん、やはりほかのチームはうまく世代交代が進んでいるみたいですね。

今は3位ですよ。かなしー。😿

 

 

 

♪私の好きな歌♪  「キラキラ♪(再)」 小田和正

 

 小田さんの歌声は、とても心が穏やかになります。

小田さんの誠実さが歌にあらわれているんですよね。

ゆらゆらしながらも、ときどきはキラキラッと輝く瞬間がある。

やはり人生っていいですね。

 

 

 今日も見ていただいてありがとうございます。

 今週も長かったですね~!

ようやく明日は休み…。でもすぐに仕事。そして休み…。

体のリズムが崩れちゃいそうですが、まあがんばりましょう。😿

 次回は、日曜日にお会いしましょう。

 ではまたね…。ごきげんよう!