正観さんによると…。(みやびの山里・京都大原…1988年、小林正寛 遊帆堂)
〈用語の解説〉
〇学問の神
学問の神とされる菅原道真は、29歳で従五位に叙せられ、兵部少輔、民部少輔、式部少輔を歴任、46歳で蔵人頭(文書と儀式を担当。長は「別当」といい左大臣が兼任したから、その下の蔵人頭が事実上の長)、式部少輔、左中弁、左京上部を経て、48歳で参議(四位以上、国政に参加し意見を述べられる)兼式部大輔になり、50歳で従三位中納言兼民部卿、さらに正三位権(権は代理、代行のこと)大納言、54歳で右大臣に就任。
(イラストはネット画像です)
📚私の読書📚
769冊目 マンガ世界の偉人「グレン・ミラー」 坂本あきら 朝日新聞出版
~数々の美しい名曲を生み出したジャズバンドリーダー~
その1 グレン・ミラー(1904~1944) アメリカ
~数々のヒット曲を生み出したジャズバンドリーダー~
〇グレン・ミラーは、今から約70年前にジャズの大ヒット曲を次々に生み出し、多くの人々を楽しませた「グレン・ミラー楽団」のバンド・リーダーです。ムードいっぱいの「ムーンライト・セレナーデ」、軽快なテンポの「茶色の小瓶」など、親しみやすくて耳に残る名曲の数々は、今も世界中の人々に愛されています。
☆ムーンライト・セレナーデ~グレン・ミラー☆
その2 ジャズってどんな音楽?
①1900年代~1920年代
~黒人たちの即興音楽が西洋の楽器と出会ってジャズ誕生!~
今から150年ほど前に奴隷の身分から解放されたアメリカ南部の黒人たちは、トランペットやピアノなど、白人たちの楽器を使って、黒人音楽のリズムに合った演奏を始めました。こうしてできた新しい音楽が「ジャズ」です。思わず体が動き出してしまうようなリズムは白人たちにも受け入れられ、大都市の酒場でダンス音楽として演奏されると、人々の間で大流行しました。
②1930年代
~西洋音楽の要素も加わった大人数の「ビッグバンド」がブレイク!
白人たちもジャズを楽しむようになると、西洋音楽の要素が加わって、ブラスバンドの楽団やクラシックのオーケストラのように、大人数で楽譜に合わせてジャスを演奏するようになりました。こうして生まれた「ビッグバンド」の曲は、よりたくさんの人たちに支持されるようになりました。中でも絶大な人気を集めたのがグレンミラー楽団です。
その3 ジャズの名曲を生み出した巨人たち
①ルイ・アームストロング~ジャズ史上最高のミュージシャン
☆この素晴らしき世界☆
ルイ・アームストロングは、ジャズの故郷・ニューオリンズに生まれ、ジャズ史上最高のミュージシャンと言われる人物です。力強く温かいトランペットの響きは「まるで歌を歌っているようだ」と称賛され、独特のしゃがれ声で歌う味わい深い歌も、たくさんの人々の心をつかみました。性格は朗らかで誰とでも打ち解け、ジャズを世界に広める役割を果たしました。
②デューク・エリントン~「ビッグバンド」の時代を切り開いた
☆A列車で行こう☆
デューク・エリントンは大人数で編成する「ビッグバンド」の時代を切り開いたピアニストです。彼の率いるデューク・エリントン楽団は、ニューヨークの有名な酒場で演奏を行い、人気を集めました。「デューク」とは貴族の位の1つ「公爵」という意味で、貴族のように上品な雰囲気をまとっていたことからつけられたあだ名です。
③ベ二ー・グッドマン~人種の壁を超えた「スイングの王様」
☆シング・シング・シング☆
~映画「スイングガールズ」より~
ベニー・グッドマンは、踊り出したくなるような「スイング」というスタイルの名曲を次々に生み出し、「スイングの王様」と呼ばれたクラリネット奏者です。黒人差別が残っていた時代に、白人でありながら黒人を積極的にメンバーに加えたことでも知られます。貧しい家に生まれてからのサクセスストーリーは「ベニーグッドマン物語」という映画にもなっています。
※そういえばちょうど福岡に行ったときに、「中州ジャス」というイベントがあったようです。今年は、9月12日(土)・13日(日)の2日間、中洲の街にジャズの音が響き渡ります。 ... 中洲の街がJAZZ一色に染まる2日間。ジャズもいいものですね♪
📚私の読書📚
770冊目 「となりの小さいおじさん」 瀬知 洋司 アルソス
~大切なことのほぼ9割は手のひらサイズに教わった~
第1章 おじさん、あんたは一体なんなんだ?
〇パワースポットと神様の真実
「神様って、なんのためにいるんだ?」
「おまえらがいる世界をチェックする役目があるんだ。神社はそのための場所だぞ。本当はああいう場じゃなくてもいいが、始祖の神々を祀った歴史がある。それが今も続いてるってことだよ。」
「おまえはいろんな神社で、いろんなお願いをしているだろ?」
「もうやめろ。ただ感謝するだけでいい。住所も名前もいらん」
第2章 小さいおじさんの生態学
〇世界の管理者は人間ではない
「大自然には始祖の神々がいる。彼らは自然霊、つまり精霊(聖霊)と呼ばれる存在だ。だからおまえがそこに入るときは注意しないといけない」
「始祖の神々…」
「おまえらの世界の管理者だぞ」
「人間がこの世界で一番上だと思ってるだろうがそうじゃない。彼らがいるからこの世界が維持されている。おまえらが好きなようにできるのもそういうことだ」
「ラスボスか…」
「地球の上で人間があれこれ好き放題やってるだけだ」
「お釈迦様の手の平の上の孫悟空みたい」
「自然界に入るときは、精霊に心から敬意を払え。でないと面倒が起きるぞ」
第3章 おじさんから学んだこと
〇お金が入ればお金を使う。それを継続する。
つまり【お金を使う】こと、そしてそれを自分にとって無理のない範囲で継続すること。これがお金の循環を生むというわけです。
【お金が入ればお金を使う。吐き出す。これを継続する】
すると自分も世の中もうまくいく。
極めてシンプルなルールだと思いませんか?
♦わたしの教訓♦
ちょっといいことを先にだれかにすれば、ちょっといいことが自分に起きる。
第4章 おじさんが語るちょっと深い話
〇周囲に運がいい人が増殖中
①やたらと感謝される
感謝されるので、わたしも相手に感謝します。直接言えないときは心で伝えます。気持ちはエネルギーの塊。一瞬で相手に届きます。
②周囲の顔ぶれがガラっと変わる
どんなに嫌なことを言われても、ムカつく態度を取られても、引きずらなくなりました。そういう相手が勝手に離れていくんですから、これはこれで快適(笑)
意識エネルギーが変化した結果でしょう。意識のステージを変えると、周囲の顔ぶれがガラッと変わります。経験ある方もいらっしゃるのでは?
③お金を使うと数倍になって戻る
わたしが日々実践しているのは「お金に困るイメージの消滅」です。
おじさんからイメージのパワーについて教わったので、お金を使えば使うほどお金が訪ねてくる。お金に困らない。そんなイメージを脳に植えつけています。
もう一つの実践法。それは「お金に意識を向けない」こと。
お金に困らないイメージを植えつける一方、たとえ手元のお金が少なくなっても、お金、お金と思わない、心配しないーーそういうことです。
お金に困らないイメージ、お金に意識を向けないイメージ。
矛盾するように思えますが、この二つ、ちゃんと共存できます。
④やたらと運がいい
間違いなく、わたしは周囲の人に守られています。もちろん守護霊チームにも。
なぜ守られているかと言えば、わたし自身のエネルギーの「通り」が劇的に良くなったから。良くなったのは、おじさんのアドバイスを守っているからです。
同時に、わたし自身も周囲の人を守っています。
これ、お互い様のエネルギー循環ですね。
わたしの周囲には運がいい(ツキのある)人が増殖中です。
※となりの小さいおじさんの本、おもしろかったです。
なかなかこういう風に思えない自分もいますが、まあついてる…って正観さんもいわれているようにポジティブに思うようにしましょう!!
⚾パ・リーグ 25回戦 9月 10日 (木) ソフトバンク 3-2 日本ハム(みずほPAYPAY)⚾
ソフトバンクは2回裏、柳田のソロで先制する。直後に同点とされるも、3回に正木のソロで勝ち越すと、続く4回には再び柳田がソロを放ち、リードを広げた。投げては、先発・松本晴が5回2安打1失点と試合をつくり今季10勝目。敗れた日本ハムは、8回に1点差に迫るも及ばなかった。(ネット情報より)
★エキサイティングプレーヤー 柳田 悠岐 選手…?回目★
2打席連続本塁打を放つ活躍。持ち前のパワーを存分に発揮した。
ギータは今年は、コンスタントに調子がいいですね。
チーム最年長だそうです。37歳!!まだ若い気がしますが、がんばってー!!
⚾パ・リーグ 21回戦 9月 11日 (金) ソフトバンク 11-1 ロッテ(みずほPAYPAY)⚾
ソフトバンクは1点を追う1回裏、正木の先頭打者本塁打で同点とする。そのまま迎えた4回に柳田のソロなどで一挙7点を加えてリードを奪うと、7回には山川の2ランで追加点を挙げた。投げては、先発・前田悠が7回1失点9奪三振の好投で今季12勝目。敗れたロッテは、投打ともに振るわなかった。(ネット情報より)
★エキサイティングプレーヤー 正木 智也 選手…?回目★
先頭打者アーチを含む4安打2打点の活躍。自慢の打棒を見せつけた。
正木選手、一番に定着ですね。
なんか安定感がありますね~♪
今日も見ていただき、ありがとうございます。
さああと2日お仕事をしたらシルバーウイーク!!
がんばりましょう!!
名古屋アジア大会の宿舎にクルーズ船が使われるとラジオで聴きました。いいアイデアですね。でも中には、コンテナ型宿舎など選手から不満もあるとのこと…。
なかなかうまいこといかないけれど、名古屋がんばってほしいですね。
前に日本であったのは、1994年の広島大会とのこと。
なんとそんな昔…ついこの間、広島であった気がしていましたが…。
大変だけれど、選手のみなさんも関係者の方々も応援しております。
次回は、土曜日かな?
ごきげんよう。またね…。







