学校の役割と今後 | 生きること、働くこと、そして日々考えること

生きること、働くこと、そして日々考えること

今まで、生きてきた中で、生きること、働くこと、その目的など色々と考える機会がありました。

自分の回顧録として、書き残し、まとめておきたいと思っています。

今、学校のおかれている立場と求められるもの、取り巻く環境が昔と比較すると大幅に変化していると感じています。

- 教師を敬わない生徒と親

- サラリーマン化した教師

- 少子化

- 書類等の処理で時間的に余裕のない教育現場

 

今こそ学校の役割を再度考え直し、社会全体で共有すべきだと思います。

 

先ず、教師とは何か、何をしなくてはいけない存在なのかを明確にすべきです。

良く学校に道徳やしつけを期待する様な言動を聞きます。

これは間違っています。

道徳やしつけは親の仕事で義務です。

それを教師に押し付けることはあってはならないことです。

親が教えたことをベースとして集団生活の過ごし方など補助的な役割を負うことは必要かも知れませんが、教師の仕事は生徒に知識を学ばせることです。

 

学校とは、学問を学ぶところです。

小中の義務教育では成人となるに当たり、最低限必要な基礎知識と今後の将来を決めるに十分な知識を学ぶことが目的であるべきです。

また、国民として自分の生活・生きる目的である人生に多大なる影響を与える国の運営を決める選挙に臨まなければならないため、国の存在意義、骨幹を成す憲法などの基本的な考え、生きるということ、働くということ、国民の義務と権利を学ばせる必要があります。

 

個人的な考えとしては義務教育終了時点で、自分の進むべき方向性をある程度決められる様にし、高校からはその道を進むための専門教育とする場とすべきだと思います。

また、高校を卒業した時点で成人となり、選挙権も持つわけですので、具体的な社会の一員となるべく必要な知識・経験を積む場とすることも必要でしょう。

 

文系で言うならば、高校時点でも各企業や業界団体が資金を出し、その業界・企業に必要な、実際に使えることを学ばせるインターン的な授業を取り入れ、それにかかる費用は企業・業界で負担するということも可能だと考えます。

高校は大学に入学するために試験勉強をする場ではないのです。

逆に具体的な仕事で使えることを学べる場にすれば、入社後のOJTも要らなくなり、企業も適材の人選ができ、学生も自分にあった仕事を選びやすくなります。

 

大学に関しては、より深い専門知識を探求する場とすべきです。現在の様に良い会社に入るための学歴を得る場では意味がないのです。

 

少子化を考えればあまり価値のない大学は廃校として、より専門性の高い学校にすべきです。

 

また、小中高にある部活動も学校の活動としては廃止すべきだと考えます。

学校は知識を学ぶ場として特化して、芸術・文化・スポーツ等の活動は地域社会として学校活動とは別の場としてボランティアなども含めて行うべきです。そうなれば教師の負担軽減のもつながります。