長期展望 | 【未来予測・世界情勢・政治・経済・金融・有事・戦争・災害・スポーツ・芸能・サイエンス等の時事情報ブログ】 http://ameblo.jp/e269/

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Part1.『1995年は米国バブルの幕開け』

1997年9月27日に長期展望を発表してから約2年半が経過しましたので、この2年半の間の動きを加えて長期展望第二弾をレポートしたいと思います。
前回は2015年に日経平均は14万円まで上昇するとレポートしましたが、今回の新たなレポートでは何時、日経平均がいくらまで上昇するのか私自身楽しみです。

日米の株式市場の株価指数の上昇率比較
1997年10月の安値から2000年2月までの間の上昇率を見ますと、日経平均は57%(ドル換算値は98%)、TOPIXは80%(ドル換算値は130%)、単純平均は50%(ドル換算値は86%)、日経店頭平均は353%(ドル換算値は440%)上昇となっております。
これに対してNYダウは56%、NASDAQは236%上昇となっており、1997年からの上昇率で、日本人から見た比較では日経平均はNYダウの上昇率を若干上回り、日経店頭平均はNASDAQの上昇率を上回ったように見えますが、米国人から見た場合には(ドル換算値)日米の株式市場の上昇率格差は格段の差となっており、欧米人にとってこの2年半の日本の株式市場の上昇率は驚異的な数値、日本の株式市場に対する見方が一変しているであろうことはこの株価指数の動きから想像することが出来ると思います。
しかし米国のこれまでの株式市場の上昇は1980年代後半の日本のバブル相場が『小バブル相場』に過ぎないと言えるような驚異的な相場になっております。
今回の情報通信のバブル相場は、米国では1995年から始まり、日本では1999年7月から始まりました。この米国のバブル相場を『米国の100年チャート』から分析して見たいと思います。

米国のバブルが始まった1995年に何が起こったのか
バブル相場は理由もなく突然起こるものではありません。日本の小バブル相場は日銀の円高阻止の為の低金利政策、政府・大蔵省・日銀による景気対策としての資金の垂れ流しにより金余り現象が発生し、この過剰流動性によって行き場がなくなったお金が株や土地・マンション、ゴルフ会員権、レジャー会員権に走り、銀行も時価評価で積極的に貸し続けたという投機が原因であり、その過剰流動性が発生した原因は『1985年9月のG5によるプラザ合意』でした。プラザ合意とは1985年当時の1ドル=230円前後を190円前後まで円高・ドル安にするという合意、即ち『米国が世界に対してドル安政策を取る』と宣言したことで急激に円高が進んだことにより、日本政府が急激な円高を防ぐために金利を引き下げ、金利低下を促進させるために市場にお金を放出し続けたことから始まりました。
先進5ケ国の大蔵大臣・中央銀行総裁会議(G5)とは現在のG7のことですが、この米国のドル安政策によって『円が急騰した』日本にバブル相場が起こったのが1980年代後半の動きでした。

では今回何故米国にバブル相場が起こったのかと言いますと、1985年とは逆に米国は1995年7月に『ドル高政策に転換する』と世界に対して宣言したことがきっかけでした。1995年からのNYダウのチャートをご覧いただければ分かりますようにNYダウは1995年から暴騰し始めております。このドル高政策への転換により儲かるドルを世界の投資家や国家が買い始め、買ったドルを株式市場に投資したり、債券に投資したり、会社を作ったりということが行われたことで、米国の株式市場が1995年から急上昇を開始したわけです。すなわち、ドル高政策への転換が米国のバブル相場の始まりであった可能性は非常に高いのではないかと思っております。

1995年からのNYダウのチャート


この1995年という年に日本では何が起こっていたのか

1995年6月に円はついに80円を突破、安い輸入商品が大量に流入してきたことで、日本の国内産業は『売れば売るほど損をする』というデフレ現象が起こり、日本経済は円高デフレでクラッシュするといわれ、株式市場も1万円を割ると言われていたのが1995年6月でした。従って、米国のドル高・円安政策は『日本にとっては米国さまさま、神風が吹いた』ということで、日本は米国に救われたと思われた方も沢山いらっしゃるのではないかと思います。
しかし米国がドル安政策からドル高政策に転換した理由は日本経済の救済ではありません。米国がドル高政策に転換した理由は『米国経済のインフレを防ぐため』でした。結果的にはドル高政策によって日本経済は救われ、その後の橋本前総理の『財政再建政策』によって再び日本経済は金融システム不安からクラッシュに向かったことは記憶に新しいのではないかと思います。