】山下一穂さん(上) 畑に自然を再生する
一九九九年に本紙での『川に訊(き)く』という連載で書いていたのは、高知の川と山里の折々であった。
その後、あの連載がきっかけになって旧・池川町に家を借りるようになった私は、長岡郡本山町で無農薬有機農業を展開している山下一穂さんを知るに至った。
その就農九年目の山下さんを含めて有機農業には、三十年以上も普及に尽力されてこられた全国のさまざまなジャンルの方々がいらっしゃる。
今回の連載ではその皆さんを三週間に一度くらいの間隔でお訪ねし、読者に紹介してゆきたい。
【写真】短期集中的に自然を再生した、キャベツなど8種類の野菜畑での山下一穂さん(長岡郡本山町寺家)
有機元年!
今年を「有機元年」と呼ぼう。昨年十二月二十五日に決定した二〇〇八年度の概算要求。農林水産省では、有機農業に対する四億六千万円が財務省に認められ、「有機農業」に初めて国の予算がつけられることになった年だからだ。
「有機農業」とはそもそも、一九七一年に「日本有機農業研究会」を農業者有志たちと立ちあげた研究者、一楽照雄さんが、アメリカの書物を邦訳する時に「オーガニック・ファーミング」をこう訳したことで生まれた言葉である(後日、詳細を書く)。
農水省生産局農業振興課環境保全型農業対策室というところが、有機農業の担当部署である。山下一穂さんはそこを事務局に昨年十月二十五日に誕生した「全国有機農業推進委員会」の十六名の委員の一人となった。
“新人類”
就農してたった九年目で、「驚くほどおいしい」と全国で評判になる味となった山下さんの無農薬有機野菜。それをつくる山下さんのことを、一緒に委員会に所属されている、古くから有機農業の普及に尽くされてきた皆さんは、“新人類”と呼んでいるそうだ。
作る野菜のおいしさはその方々から見ても満点の腕が立ち、弁も立つ。コンピューターなど近代機器も駆使して“ブログ”(日記)も展開。おまけに性格が明るくて誰からも好かれるからなのだそうだ。
これまで長年、有機農業を続けてこられた方々は、わが高知県でも“いごっそう”がほとんど。そりゃあ、当たり前だ。「有機なんかで作物はできるか。意地を張らずに農薬を使え」といわれる毎日を、歯を食いしばって耐え、自分自身や消費者の健康と安全のために、少しずつでも収量を上げつつ、おいしさも上がってゆくように努力してこられた不屈の人々だからだ。
しかし、山下一穂さんの著書には、「超かんたん無農薬有機野菜」とあり、山下さんが口笛を吹きながら農業をしているようなマンガがある。本当に、そんなに「かんたん」なのか。
だまされてはいけない。山下さんという男は、「“いごっそう”の中の“いごっそう”」ともいうべき男性で、人知れずやってきた努力をさらりと公開して、「ほら、僕のような男にでもできるのだから、あなたにもできるよ」と言ってのけてしまう“男の美学”をお持ちの方なのだから。
丸ごと堆肥化
山下さんが笑う写真の畑は、山下さんと奥さまのみどりさんが、五月に緑肥であるソルゴーの種をまいて、背丈ほどにも成長した七月にそれをハンマーナイフモアで粉砕してからすき込んで、二カ月間も熟成させて「畑丸ごと堆肥(たいひ)化」という状態にしたもので、山下さんはこの畑を「短期集中的に 自然を再生した畑」という。
戦後アメリカから肥料や農薬が入ってくるまでわが国では、里に近い山に広葉樹を植え、落葉を畑の肥料としていた。それが「寒肥え」となり、春にはまた連作障害もなく作物ができる循環を生んでくれていた。
ソルゴーを使えばそんな自然循環を「超かんたん」に再生できることを考え出した山下さん。
「恐るべし、山下一穂」という意味を込めて旧人類である有機農業の先人たちがつけた愛称が、“新人類”なのである。