「闇夜に君が眩しくて-そして三年後-(1)」 | 重ねの夢 重ねの世界 ~いつか、どこかのあなたと~

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あなたの夢とわたしの夢が重なる時…もうひとつの「重ねの世界」の扉が開く


※この物語はフィクションです

「闇夜に君が眩しくて-そして三年後-(1)」

2011年の、あの大震災の日から3年が過ぎた。

卒業式はやっぱり中止になって、予定していた式当日には卒業証書が簡単に手渡されただけだった。
そのあとクラスメイトと飲みには行ったけど、東京の街はどこも灯りが少なめで、まるで見知らぬ街のように暗く、居酒屋の店内だげは明るくてもみんなの心はやっぱり暗かった。
その頃は震災からまだ半月も経っていなかったから、テレビや新聞も悲しいことや心配なことばかりを報道し、誰もが不安で落ち着きがない日々を過ごした。

その翌年、あたし達の卒業式は改めて2012年の卒業生達と同時に行われた。
あたしは今更な気もしたけれど、社会に出てから一年目のみんなと会える良い機会だと思って出席した。
学生時代よりも髪が少し黒くなり、顔つきもちょっぴり大人になったクラスメート達と近況を報告しあうのは楽しかった。
その時、まだ新入社員だったあたしは、なんだかんだ言っても今思うと幸せだった。

そして今、あたしは25年の人生の中で一番暗い日々を過ごしている。
あの震災の直後に「タフな女を目指そう!」と意気込んで、社会に出てからも頑張ってきたつもりだ。
会社に入社してからの一年は慣れない事ばかりで大変だったけど、一生懸命やっていればなんとかなったし、新入社員ということで周りの先輩達からフォローされて可愛がってもらっていたと思う。
でも今年の春に別の支店に転勤して仕事量がぐっと増え、内容も重たいものを担当するようになってからは仕事が上手く回らなくなってきた。それに加えて会社のシステムも変わり、様々な変化にうまく順応できないあたしは同僚達からも遅れ、日に日に残業も増えていった。
仕事はどれもこれにも締め切りがあって、優先順位が高いものばかりだから、手当たり次第にやるしかない。
それではきっとダメなんだ。でも、どうしたらいいんだ。どうしたら……
そのうちに小さなミスから大きなミスまで繰り返すようになり、あたしのせいで外からの苦情も入った。周りにも迷惑をかけている自分が情けなくて胃がキリキリと痛い。心がいつも不安で重苦しくて、休日の午後がひどく憂鬱で、何をしても気が晴れない。

そんなこんなで、残業量が大幅に増えて人事部から指導が入り、最近あたしの担当は少し減らされたりはしたけれど、「ダメな女」の日々は相変わらずで、周囲の目が怖くなってきた。
あたしは全然「タフな女」なんかじゃない。なれなかった。
仕事をするのが、生きているのが、苦しくて仕方ない。

あたしなんか、辞めてしまったほうが職場はほっとするに違いない。
代わりにもっと出来る女が入ってきてくれるだろう。
だけどそうしたら家賃も生活費も払えなくなる。
身動きがとれなくて、真っ暗闇の中にいる気分。

こんなあたしなんか、もういなくなっちぇばいいのに……

でも、そう思うとき、何故か三年前のあの東日本大震災を思い出す。
命を失われた人、家や仕事を失いながら必死に生きる人たちを思い出す。
逃げ出そうとしているヘタレな自分が一層に情けない。
あたしは生きている。
あの時に被災した人々からすれば、今のあたしの悩みや苦しみなんか、ほんとうに些細でちっぽけな苦しみなんだろう。
でも、でも……
あの頃にバイトの上司が言った言葉も思い出す。
「すぐ人と比べるから良くないね。」
そうなんだ。あたしは、あたしだもの。
良いことも悪いことも、あたし基準で受け止めて、乗り越えるしかないんだ。

出口も見えなくてぐるぐると思いながら、いつものように残業ですっかりと夜も更けた街の中をうつむきながら歩いていると、ふと、いつかどこかで耳にしたギターの音が聞こえたような気がした。
思わず顔を上げて周りを見回すと、近くにCDショップがあった。
ふらふらとCDショップの中に入ると、そこでは流行のアイドルグループの音楽が流れていた。元気な歌だった。あのギターの音とは違った。

あのギターの音は…そうだ!あれは、大震災で停電のあった夜に、熱を出して布団の中で聞いた音と同じだ!
暗闇の中から小さく聞こえた、あの音にとても良く似ている。
「僕がここにいるからね」と、そんなふうに歌ってくれたあの歌を、もう一度たまらなく聞きたくなった。
あの人は今も、どこかで歌を歌っているのだろうか。

CDショップの中に、ふと目に付くコーナーがあった。
新曲のコーナーで、その中に、あたしよりもちょっと上の世代に人気のあるミュージシャンだけど前から気になっていた人のCDが飾られていた。
最近テレビじゃあんまり見なくなったけど、そういえばこの人って、来月の夏フェスとかに出るって、どこかに書いてあったっけ。
ライブも夏フェスも、大学の頃は何度か行ったけど、社会人になってからまだ一度も行ってない。

そして新曲コーナーの視聴ヘッドホンを付けてみて、あたしは驚いた!
この人だ!
きっと、あの夜の歌は、この人が歌っていたんだ!
違うかもしれない。
でも、きっと同じだ。
心に届く、目に見えないものが同じだと思う。

あの計画停電の夜、風邪をひいて布団の中で震えながら目指した「タフな女」に、まだ全然なれていないけど、それどころか毎日「ダメな女」に打ちひしがれてはいるけれど、それでもあたしは、明日になればまた、あたしの一歩を歩き出さなきゃならない。

歌が聞きたい。心に届く歌を。
すっかり心が折れている今のあたしは、励まされるとかえって辛い。
だけど、この人の歌ならば生で聞いてみたいと思った。
あの夜のように、誰かと同じ時間に生きている実感が欲しい。

そうだ!今年の夏は、夏フェスに行こう!
あたしはそう決めた。



続く

☆この彼女の三年前はこちらです→「闇夜に君が眩しくて(2)」~それぞれの停電物語~