地球の周りには、一万を超える人工衛星が飛んでいる。

 それが一斉に地球にい落ちてきたら、一体どうなるのだろう。

 そういう危惧を抱いた者はいないだろう。

 一般の人々は、それだけの衛星があるということすら知らない。

 科学者は、科学を過信するあまり、露ほども危機感を持っていない。

 しかし、それが現実に起こった。

 大きな彗星が、月を掠めていった。

 その影響により、すべての衛星のコントロールが利かなくなった。

 少しは宇宙に飛び散ったが、大半は地球に降り注いだ。

 小さな衛星は、大気圏で燃え尽きたが、地表に落下した衛星も多くあった。

 その中には、核を搭載したものもあった。

 幾つかの大国が、極秘裏に打ち上がていたのだ。

 そのひとつが、運悪く大きな火山帯に突っ込んだ。

 火を吹く、山、山、山。

 また、活断層に落ちた、核を搭載した衛星もあった。

 激しく揺れる大地。

 海は荒れ、地は滑り、山は火を吹く。

 世界中が、阿鼻叫喚に包まれた。

 こうなっては、科学なんてなんの役にも立たない。

 人々は、神に祈りを捧げるしかなかった。

「可愛い顔さらしやがって、なかなかやるやないけ」

 凶悪な面相にお似合いの、右頬から顎にかけて走る引き攣れた刃物傷のある男が、女を睨みつけていた。

 男は、ごつい体格をひけらかすように、小さめのTシャツを着ている。

 どこで買ったのか、そのTシャツには、まるで刺青のような龍の絵柄がプリントされており、そのTシャツの続きのように、太い腕には、本物の刺青が彫られている。

 金のネックレスに金のブレスレット、両手の小指と薬指には、ヤクザ御用達の金の太い指輪をはめている。

 この男は、自称レスラーを名乗る、半グレ集団のボスだ。

 暴力に生きる者として、相手を威圧するために、精一杯ドスを利かせたつもりだろうが、悲しいかな、かすかに声が震えていた。

 いつもは凶暴な光を宿しているであろう目にも、わずかに怯えの色が浮かんでいる。

 ここは、大阪ミナミのアメ村から少し離れた路地裏で、深夜の二時ともなれば通る人もいない、半グレ集団の溜まり場だった。

 路上には、女を睨みつけている男に負けず劣らずの、まっとうな人種なら、絶対にお近づきになりたくない方々達が、十人ほど転がっていた。

 良い子はとっくに寝る時間だからといって寝ているわけでなく、酔っ払って、いい気もちで伸びているわけでもない。

 二人ほど、ビクビクと全身を痙攣させながら、弱々しい呻き声をあげているが、他の者は、まるで死体のようにピクリとも動かない。

 ある者は口から泡を吹き、ある者は白目を剥いて気絶していた。

「能書きはいいから、かかってくれば。それとも、逃げる? どうせ、こいつらと同じように弱いんだろうから、逃げても許してあげるわよ」

 男の眼光を退屈そうに受け流して、女が気怠げな口調で返した。

 トップモデルやハリウッド女優と言っても誰も疑わないような、とんでもなく素晴らしい容姿の、欧米系の女だ。

 身長は一六五センチくらいと、外人にしては少し小柄だが、Tシャツの胸はほどよく盛り上がり、くびれた腰に張りのあるヒップ。

 スラリと伸びた形の良い脚に、白いジーパンがぴったりとフィットしている。

まるで、ファッション雑誌から抜け出てきたような、見事に均整のとれた肢体をしている。

 深いエメラルドグリーンの大きな瞳。

 ほどよい高さで形の良い鼻。

 少し大きめの口に愛らしい唇。

 背中まである、ふわりと自然にカールした髪はあざやかなブロンドだ。

 美人といっても、近寄りがたいような冷たい印象の美人ではなく、男の言った通り、可愛らしい顔立ちをしている。

 一見して、男が守ってやりたくなるような小柄でキュートな女にそこまで言われて、男がキレた。

 さあさ、良い子のみんな寄っといで。

 ここは、世界一楽しいサーカス団だ。

 空中ブランコに、一輪車に人間ロケットにライオンの火の輪くぐり。

 像もいるし、虎もいるよ。

 お出迎えは、ピエロだよ。

 お出迎えだけではなく、ピエロはいつも笑わしてくれるよ。

 それだけでなく、手品やイリュージョンまで見せてくれるんだ。

 こんなサーカス、世界中を探してもここだけだよ。

 こんなサーカス、世界中を探してもないよ。

 良い子のみんな、見なきゃ損だよ。

 SNSで、そう呼びかけているサーカス団が、今流行っている。

 連日、チケットが取れないくらい盛況だ。

 しかし、そのサーカスを見に行って、神隠しに遭った子供が何人かいる。

 会場を出た後に消えるので、誰もサーカスを観たせいだとは思わない。

 ピエロが入り口で出迎える際、会場に来ていためぼしい子供に目をつけて、会場を出た後に人知れず攫うのだ。

 その子供は、どこかの富裕層に売られたり、長い間洗脳されて、サーカス団の一員になったりする。

 世界一楽しいサーカス団ではなく、世界一怖いサーカス団なのだ。

 なお、この物語はフィクションである。たぶん。