「緑が綺麗ね」

 公演の木々を見渡しながら、妻の詩織が言う。

 日曜日の、晴れた日だ。

 詩織とは、結婚して1年になる。

 俺は小さな工場に勤めており、毎日油にまみれながら働いている。

 詩織は、そこそこ大きな会社の社長令嬢だ。

 そんな二人が結婚したきっかけは、詩織が工場視察に訪れたとき、俺が案内したことからだった。

 その頃の詩織は、父親の勤める会社で働いていた。

 あるプロジェクトが立ち上がり、部品発注をどこにしようか選択するために、幾つかの工場視察を行っていた。そのひとつが、俺の勤める工場だった。

 規模は小さいが、ある分野においてはそれなりの技術力がある。

 プロジェクトの部品発注先に、俺の勤める工場が選ばれた。

 俺の態度と説明に、社長も詩織も好感を持ってくれたらしい。

 いつしか二人はデートをする仲になり、そして結婚した。

 詩織の父親は、反対することなく二人の結婚を認めてくれた。

「私、あなたと結婚してよかった。今、とても幸せよ」

 詩織が、俺の肩に頭をもたせかけてくる。

 勤めている会社や稼ぎや家柄、そんなものに捉われず、俺という人間を見て向き合っていてくれる。俺は幸せに胸が詰まりながら、強く詩織の肩を抱いた。

 朝から、雨が降っている。

 雨が嫌いだという人もいるが、私は好きだ。

 それに、雨が降らないと水不足に悩まされることになり生活に影響がでるし、作物も育たない。

 雨は、人類にとっての恵みなのだ。

 土砂降りはさすがに苦手だが、今日のようにしとしとと降る雨は好きだ。

 青々と茂る草花に、雨のしずく。

 雨にけむる街並み。

 そんな景色は心が和む。

 こんな日は、街中を歩きたくなる。

 知人からは変わっていると言われるが、人それぞれだろう。

 子供の頃は、よく水溜りに足を突っ込んでばしゃばしゃ撥ねて遊んだものだ。

 舗装もされていなかったので、撥ねた水で服が泥だらけになり、家に帰って母親に怒られたものだ。

 洗濯機など普及していなかった時代だから、洗うのが大変だったのだ。

 最近はどこでも舗装されているので、そんな水溜りも見かけなくなった。

 またあったとしても、そんな遊びをする子供は少ないだろう。

 そして、洗うのが大変というより、衛生上の問題として怒られるだろう。

 時代は変わった。

 まあ、そんなことはどうでもいい。この雨を楽しもう。

 町は静かだ、静かすぎる。

 誰も歩いていない。

 こんな夜は初めてだ。いくら郊外だとはいえ住宅街なので、夜の8時に誰も歩いていないなんてことはない。

 いったい、どうしたんだろう。

 家々の明かりは灯っている。

 だが、なにか空虚さを感じる。

 今日は休みだった。

 なにか食べようと思って冷蔵庫を漁ったがなにも買い置きがなかったので、コンビニへと向かった。

 家からコンビニまでは歩いて5分くらいだ。

 その途中、誰も見ていない。

 コンビニにも明かりが点いている。

 中へ入る。

 客は誰もいない、店員もいない。

 しばらく待ったが、店員が出てくる気配はない。

 大きな声で店員を呼んでみたが、誰も出てこない。

 なにかがおかしい。

 もう一度店員を呼んだが、やはり誰も出てこない。

 いったい、この町はどうしたというのか。