病気と生き方2 | カラフルな世界へ

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こんにちは、ASAKOです。

 

 

 

 

前回の続き

 

 

 

 

 

母の乳がんを通じて大切だと思ったことの一つ目は

 

 

 

 

 

病気は自分の世界のほんの一部でしかないこと、病気を人生のすべてにしてしまわないこと

 

 

 

 

 

でした。

 

 

 

 

 

 

以前、私がアトピーでドロドロになった時のことを書いたことがありますが

 

 

 

 

 

 

私もやはり、アトピー=自分自身にはしませんでした。

 

 

 

 

 

 

ないことにはできませんけど、自分の一部でしかないです。(もちろん、凹んだこともいっぱいありますよ)

 

 

 

 

 

 

そして、もっと大切なことは

 

 

 

 

 

 

どんな治療方法をとるかとか、何を食べるかといったことの選択は

 

 

 

 

 

その人自身がどう生きたいのか(あるいはどう死にたいのか)、ということで決まってくるので

 

 

 

 

 

本人が選択したことは正しいとか間違っているとかじゃなくて、それでいいんじゃないか、ということです。

 

 

 

 

 

 

もちろん、本人の希望と家族の意向が違い、家族の意思を尊重して治療法を選択してしまうこともあるでしょうし

 

 

 

 

 

 

その反対に家族が反対する治療法を本人が選択することもあるでしょう。

 

 

 

 

 

 

有益な情報を知らないから、「間違った選択」をしていると周りの人は見て取れることもあるかもしれませんが

 

 

 

 

 

家族の意思を尊重して選んだとしても、有益であるかもしれない情報に出会うことができなかったとしても、そういうこと全部含めて、その人の人生だと思います。

 

 

 

 

 

 

以前、ある事件(焼身自殺)に巻き込まれて亡くなった私の友人がいます。

 

 

 

 

 

彼女はその火災の元となった、自分に火をつけた人を助けようとして、巻き添えになって亡くなったのですが

 

 

 

 

 

それを聞いて、私ははじめ、彼女に対して腹立たしく思いました。

 

 

 

 

 

お子さんもご主人もいるのに、なんでさっさと逃げなかったの?って。

 

 

 

 

 

もし、私がその場にいたら、彼女をひっぱたいて引きずって逃げたと思います。

 

 

 

 

 

でも、しばらくしてから、あれは彼女の生き方だったんだと思いました。

 

 

 

 

 

彼女のとった行動を尊重し、彼女にとってはその生き方でよかったんだ・・・と思いました。

 

 

 

 

 

本人以外の周りの人は、あーしたらいいのにとか、こうしたらいいのにとか思うと思いますが

 

 

 

 

 

それが本人に受け入れられる場合はそうするでしょうし、そうしない場合でも

 

 

 

 

 

だからダメとか間違っているということもないと思います。

 

 

 

 

 

自分にとってどんなに間違っているとしか見えなくても、結果がどういうものであっても、本人に自分の人生を行かせてあげるのが

 

 

 

 

 

その人にとってベストな道なのだと信頼することしか、周りの人にできることはないのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

それは病気であるかどうかに限らず、子育ての中や仕事をする中など、ふだんの生活でも同じことだと思います。