たとえば、仕事。

私の場合は、本当は好きなことを仕事にしたはず。
なのに、なんだかいや~な疲れ方をします。
身体は使ってないはずなのに、足が重く、頭の緊張が抜けず、なんにも考えられずできない状態になり、回復に丸一日はかかります。

そんななので、自分の自由時間も自由になりません。
好きなことやるエネルギーも、時間も、そもそも何が好きなのかを感じる心の余裕もありません。

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と私、ずーっと思ってたのよ。
よーく考えてみたら、お金のために仕事してる訳じゃないので、辞めようと思えば辞められる恵まれた環境にいるのよね。

で、辞めるならいつにするか、どういう風に辞めるか、考えてみたのね。

そこで、はたと気がついた。
やっぱり私、この仕事、好きなのかも?

個人レッスンをしてるのですが、この人をレッスンしてるのは楽しい、お別れは残念、という人が何人もいます。

休暇の後も、仕事が懐かしくなります。生徒はかわいいし。

それで、この間、仕事中に自分が何を感じるか、ちょっと観察してみました。

出だしはしごく好調。生徒と話しているのが楽しい。

それが、あるところで許容量を超え、自動運転になりつつあるのを感じました。
仕事だから無理して続けるわけですが、それが続くと
「もうイヤー!」って気持ちになるみたい。

それから、事前の準備も
「やらなきゃいけないことを先に済ませなきゃ」
という気持ちでやっていると、結局終わらず、私の時間は取れず、
「にっくき仕事め!」プンプン
というイライラが募ります。

それを、自分が仕事に行きたいという気持ちを認めた上で、
生徒さんと、こんな風に楽しい時間を過ごしたい、
そのためにはどうしようか?
という風に考えていくと、意外とスムーズに運びます。

突然やりたいことが湧いてきたら、やらなきゃいけないことを脇においてやりたいことをやります。そうすると、ものの10分くらいで気持ちは満たされ、イライラせずにやっておくべきこともはかどったりします。

楽しみな生徒と、ああめんどーだなーという生徒がいるという事実も、認めてしまいます。この子は自分にはどうもできないよな、ということも認めてしまいます。そうすると、意外と気楽に構えられるので、問題が消えてしまったりします。

責任感も、常にできるだけのことをしてあげなきゃ、という気持ちも、どこかにぶん投げました。相手にとっては、私の気負いは重荷でしかない、と気がついたからです。

そうやって負担を減らしていくと、楽しいところだけが残ります。
そういうことを心がけているこの頃、疲れかたが減ったような気がします。

「やりたくないこと」と思っていたこと、案外やり方や、取り組みの姿勢が合ってなかっただけなのかもしれません。