~完璧主義・マイナス思考・「どうせ・・・」の私。あちこちで、自信や夢をもらい、たくさんの人に愛してもらい、ついにやっとそのまんまの自分を「自分で」愛せるようになりました~
※私の人生さらけ出し!(笑)長文ですが、読んで下さり、もし何か通ずるもの・感じてくれることがあれば、本当に嬉しいです。
私の今までの人生の半分は、完璧主義的で、マイナス思考で、自分でダメと決めつける・・・といった「どこか満たされない」感覚のものだった。
両親や環境の理解もあったし、それなりにやんちゃ娘でよくあそんでいたし、学校行事も張り切って楽しんでいたし、勉強も好きだったし・・・と振り返れば不思議。
・両親にも祖母にも兄にも、愛情たっぷりでとっても大切にされているのにも関わらず、
小さい頃、両親の前で「私のことなんて、大切じゃないんでしょ?川に飛び込んでやる!(家の裏が川なので。でも、本当に飛び込む勇気はない。)とよく言っていた自分を覚えている。
・中学校時代は、「勉強はできるけど、他に取り柄ないし・・・」「親友って何?私には親友なんてできないんだ」
・高校は望んで進学校に入ってみたら、「唯一の取り柄としてきた勉強も、ここではビリ」。コンプレックスの塊。
・「自由に好きなことを学べる!」という希望を抱いて、大学に入った時にまずしたことは、あそび歩いてバカ騒ぎ。自分や周囲で決められていた枠をはずすかのように。楽しかった。
けど、やっぱりどこか満たされない。
大学4年生目前。「私、このまま、就職活動とかできない。だって何したいかわかんない」。
そこで「休学」を決断した。まっすぐに敷かれたレールから外れることは、とても勇気のいることだったけど・・・。
友達には「逃げたいんでしょ?あそびたいんでしょ?」と指摘され、反論できず、落ち込む。(今なら、あそびが人間を生かすんだよ!って堂々と言えるけど(笑))
でも、「今までしてみたいと思っていたことを、やりたい!」これだけは、揺らぎなかった。
父に「やりたいこと紙に書き出してみなさい」と言われ、書き出したことはどれも小さなこと、両親は相当不安だったことでしょう。
でも、私を信じて「いいよ。全部やってごらん」と言ってくれました。
その休学期に出会ったのが、その後愛してやまない「学童保育所」でした。(詳細は「夢を見つけた!そして・・・」のfacebook投稿に。)
そして、やりたかったことの一つ、「海外に行ってみたい」。場所はどこでもよかった。6か月滞在予定のうち、最初の2泊だけ決めて単身オーストラリアへ。
日本での「人と同じじゃなきゃ」という空気感で窮屈さを感じていたことに気づき、多人種の共生するオーストラリアでは「違いが素晴らしい。あなたはあなたでいいんだよ」という空気感に救われた。「日本の常識が世界の常識な訳じゃない!」とか、「NO Worries!」(気にしない!)の精神が、「完璧」とか「枠」に囚われていた私を救ってくれた。
さらに大きなことは、「自由である」ということは、必然的に「自分はどうしたいのか」「自分はどう行動するのか」と向き合わざるを得ない。悔しくて辛い思いもいっぱい体験した。
でも、そこで「私はついに生まれた!生きてる!」と感じれた。初めての感覚だった。
「やりたい!」と思うことをとことんやった。
そしたら、自分は何を大切にしたいのか、どんな社会を創りたいのか・・・がどんどん見えてきた。
そこから、それらをもっともっと探るため「やりたいことをとにかくやってみる」日々が続いた。
・サハリン青少年交流の船
・大学の卒論
・ピースウォーク
・夫との自転車旅や安旅
・東南アジアへのバックパッカー旅
・夫との繰り返すケンカと高め合い
・大好きな「みかん」の風景を見てみかんもぎの仕事をさせてもらう旅
・吐き気が止まらない程の精神的な不調
・子どもの時から憧れていたダンス
・障がい者支援員としての就職・・・などなど
どれもこれも、私の人生を豊かにしてくれた経験。「何を」「誰を」大切にしたいのかを見つける体験。
「生きてる!」「自分の人生を創っている!」という感覚と、ジェットコースターのような喜怒哀楽、人を愛する・愛されるということ・・・
さらに、大学休学期最初に出会えた「学童保育所」が、出会いから数年後、この私を社会に活かす機会を与えてくれた。10年間の指導員経験は、こんな私でも人の役に立つことができるんだ!と自信を与えてくれた。私は子ども心・あそび心がわかるらしい、私には悩みなど、何でも話しやすいらしい、そして、子どもたちとその親たちと向き合う時に私はイキイキできるんだ!ということを教えてくれた。壮大な夢まで与えてくれた。(詳細は、前回のfacebook投稿「夢を見つけた!そして・・・」で。)
さらに、その日々は、「母って偉大すぎて、私にはなれっこない!」と思っていた私に、「確かに、孤育て(孤立した子育て)はツライ。親子みんなで育ち合うことが、親子どちらにとっても心豊かに楽しく子育てできるコツなんだ!」ということを教えてくれ、勇気をくれた。
そんな夢と自信を得、子育てのコツまで学び、夫婦での生活も思いっきり自由に楽しんだ私は、「私も母になれそうだ。そろそろ子育てを!」と、自信満々に妊娠を望み、新しい命に恵まれた。
が!!思い通りにいかない子育て、さらに仕事と家庭との両立なんて、まったく思い通りに行かず・・・。
どれもこれも大切で、夢もあり、待ち望んでいた状況だったにも関わらず、私はどんどん自信を失っていった。
新しく子育てを始めたんだから、物理的に(生活時間のほとんどが仕事で夢中だったという)妊娠前と同じ働き方は、無理っしょ!ということは、自分で気づくことができ、時間の使い方や仕事量を整理し、とってもラクにはなった。が、挫折感がハンパなかった。そうして、心身ともに動かなくなってしまった。
今までの私ならここで「私はどうせ・・・」とあきらめていただろう。でも私を「母」にしてくれた娘のおかげで、「このままじゃダメだ!何とかしなきゃ!元気にならなきゃ!この子にとっての母は、私しかいないんだから!」と、這い上がる方法を探り始めた。
健康のこと、子育てのこと、ありたい人間像、両立の仕方、夢へのとりかかり方・・・学び、考えた。学んだうちの一つが、この文の最後に紹介するセミナーで、自分を知る大きな大きなきっかけをくれた。
待ち望んで授かったかわいい娘もいる、愛する尊敬する夫もいる、希望のある仕事があって、夢もある、周りも信頼し応援してくれる・・・。
そんな私が、なぜ自分を追い詰めてしまったのか?
たった一つの一番大切なことができていなかったことを気付かせてもらうことができました。
それは・・・
「今の自分を愛すること」
つまり、言い換えると「今の自分を認めること」「今の自分を受け入れること」「今の自分がここにあれることの幸せとありがたさを感じること」「誰もが生きているだけで尊いんだと実感すること」ができていなかったのだ。
今までの人生、これが「自分で」できなかったから、愛してくれること、認めてもらうことを、ずっと「家族に・周りに」、求め続けてきたのだ。
気付かせてもらったのだから、あとは訓練。今までずっとできなかったことなんだから、ゼロから訓練するしかない!
1年位、仲間の力も借りながら訓練したら、もう前の自分に戻ることはない!って確信できるようになった。
自分に足りないところ、苦手なところを知る・そこに向き合う、ということと、今の自分の存在を「否定する」、というのは、全く別のこと、と気付いた。
ついでに、物事の良い側面を見る・人の愛を受け取る・様々な可能性を考えることが下手くそだったのだなぁということにも気付き、物事の考え方・捉え方についても、訓練することができた。
今まで学んできた心理学や福祉、学童保育の指導員としての実践や学びの中で、「「自己肯定感」~これが、一番大切」って当たり前に知っていて、周りに・子どもたちに、そこを感じてもらいたい、と一生懸命な自分こそが、「自己肯定感」を持てていなかったのだ!!
この気付きを得るには、「きっかけ」と「仲間」、気付いたら「訓練」が必要なのだと改めて学び、私は学童保育の子どもたちにはその環境を用意しているにも関わらず、私自身にはできていなかったことを知って驚いた。
もしかしたら、福祉・教育で、身を粉にして頑張る献身的な人たちの中に、ここに苦労している人も多いかもしれない。「なんで、自分はこんなに疲れるんだろう?どうしてツライって感じるのだろう?」って・・・。
子どもの自己肯定感の低さも、わが国が群を抜いてる、ということも、周知の事実。身近に子どもたちの姿を見ていても、親御さんたちと接していても、よく感じることです。「ありのままの自分・弱さももった自分」を愛せなくて、頑張り続けている子どもたち・大人たち・・・。
こうして私の人生をさらけ出すことが、これを読んでくれる誰かの、「自分に必要な何か」に気付く「きっかけ」や「仲間」を得られる“きっかけ”となれたら、この上なく幸せです。
最後に。
私が「きっかけ」をもらった学びの一つをご紹介しておきます。北海道では、最初で最後かもしれない!と言われる貴重な機会なので・・・。
私の仲間たちが、ボランティアで、講演会を企画し走り回ってくれています。
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http://道産子魂.com/
私の場合は、「自己肯定感」でしたが、きっと、いや必ず、あなたにとって「今必要な何か」に気付ける「きっかけ」となることと思います。そして、それを得る(訓練する)「方法」まで学べるはず。「ただ聞くだけ」の講演会とは全く違う、わくわく楽しく、しかも、自分や人とじっくり向き合う・・・そんな感動の数時間です。
少しでも気になった方は、個人的にメッセージ下さいね☆
長文、読んでくれて、本当にありがとうございました。
