遺影写真の準備は不謹慎?

終活WEB ソナエより引用

http://sonae.sankei.co.jp/life/article/140407/l_hobby0001-n1.html

 Q.遺影写真の準備は不謹慎?

 A.家族個々の記録として写しておく

 「遺影に使う写真をとアルバムをめくったんですが、

1人で写っているものがなく、町内旅行での集合写真を

引き伸ばしてもらいました。美人だった母の顔は

ぼやけて面影も何もあったものじゃなかったですね」

 こう嘆く千葉県習志野市在住の井上浩二さん(59)=仮名。

 遺影は葬儀で使った後も仏壇や欄間に置き故人をしのぶもの。

それがピンぼけでは悔いが残るのも理解できる。だが、遺影を

用意しておくのは縁起でもないと忌み嫌う人も少なくない。

それが井上さんのような後悔につながるのだ。

 写真館で撮った家族写真なら引き伸ばしても問題ない

だろうとか、若い頃のとっておきの1枚をというケースもあるが、

記念写真は表情が硬かったりしていまひとつ。

若い頃の写真にしても、弔問客によっては別人にしか見えないと

不評を買う恐れがある。

 要は考え方ひとつだ。遺影のために写真を撮るのではなく、

家族の記録写真にすれば、それはそれで楽しい記録となる。

 「友人の遺影が印象的でした。好きだったワインの

グラスを手にするご満悦顔は生前の彼をこれ以上にない

というくらいに物語っていました」

 そう話す横浜市の辻哲也さん(56)=仮名=は、

この経験をきっかけに家族で話し合い、父はゲートボール、

本人はゴルフ、妻も子供たちもそれぞれのとっておきの

写真を毎年残すことにしたという。

 1度家族で話し合ってみてはどうか。

201444日発行 夕刊フジから)

=====引用終了=====

故人の写真はどこにあるの???突然その時がきて、

写真を探す事になったら焦りますね。もし、通夜の

時間迄に写真がないとちょっとマズイと思います。

毎年写真館で、遺影写真を取る方は非常に少ないと

思いますし、写真館で一人だけで写真を撮るのは緊張

しますし・・・やはり、友人とどこかに出かけた時に

写真を撮り合ったら如何でしょうか?その方が、笑顔の

楽しい写真が撮れるのではないでしょうか(^^


人生のエンディングを安心して迎えたい方に

エンディングノートを活用した、小学生でもわかる面談で

あなたらしい人生のフィナーレを提案する、

想いの届け人 鈴木 優治 

エンディングノートを使用した終活相談を受けています。

お問い合わせはこちら  から



長塚京三さんの「死生観(お葬式はやりません)

終活Webソナエのサイトの記事より引用します。

http://sonae.sankei.co.jp/interview/article/140414/i_interview0001-n1.html


 長塚 先日、僕の学校時代の先生が亡くなったんです。

それが、とてもいい具合の亡くなり方でした。年齢が86、7歳で

認知症じゃないんですが、多少ぼんやりしていて。奥様は

僕がお見舞いに行ってもわからないんじゃないかと

言っていたんですが、僕が行ったら普通に「おう」って

分かるんです。「なぜ来た?」って聞くので「ちょっと

ついでがあって来たんです」と答えました。

 ふっと先生の意識が薄れてきたので「京三が来ました」

って言うと、「ああ、君が京三になったのか」って。

「面白いことを言うなあ」と思いました。

「私が京三になりました」と言うと「そうか」って。

 「こうやって静かに寝ていたら、若返らないかな」って

おっしゃるんです。それもあり得るよなって思いました。

それで「また来ますから」と言って帰ったんですが、

その日のうちに亡くなったんです。


 奥様は「長塚さんのことは分からないだろう」って言ったん

ですけど、そんなことはないんですよ。

一瞬、教師に戻ったんです。

教師は天職だったんですね。何十年も前の生徒である僕に

「好きなことをやっていれば、またより良くもなるよ。だから

続けなさい」っておっしゃったんです。

 僕も先生みたいに、ほどよくボンヤリして、眠っているのか

死んでいるのか分からないような状況で逝きたいですね。

 僕は、お葬式はやりません。「僕のためだったらいらないよ」

って思います。看取ってくれるというか、気持ちに添って

くれる人がいてくれるだけでいいです。


 今は安楽な最期を想定して言っているだけで、そうじゃない

かもしれない。用意万端にして死ぬほうがいいのかなと思うことも

ありますが、大雑把に「死んだら形のあるものは(残された)

君たちの好きにしていいよ」ってことにしたいですね。

 終末医療も受けないで、自分の家の一番広々とした、

眺めがよく、日当たりと風通しのいい部屋にベッドを

置いてもらって。僕は閉所恐怖症なので、たぶん病院は、

死力を振り絞って脱走するでしょうね。

 みんなと歓談しながら、じゃあサヨナラってことで。

できることならね。

まあ、非業の死を遂げると思いますけどね(笑)。

=====引用終了=====

俳優 長塚京三さんの死生観がインタビューで載っていた

ので引用させて頂きました。人それぞれ死に対する考え方は

違います。あなたは、どのように死を捉えますか???

人生のエンディングを安心して迎えたい方に

エンディングノートを活用した、小学生でもわかる面談で

あなたらしい人生のフィナーレを提案する、

想いの届け人 鈴木 優治 

エンディングノートを使用した終活相談を受けています。

お問い合わせはこちら  から

原田美枝子さんの「死生観」


終活Webソナエのサイトの記事より引用します。

http://sonae.sankei.co.jp/interview/article/140414/i_interview0001-n1.html


 原田 「死」についてはいつも考えていますよ。

きっかけとなったのは、私が30歳のときに、親しくしていた

俳優の松田優作さんが亡くなったことでした。

 〈松田優作 ドラマ『太陽にほえろ!』のジーパン役で

人気を博し、映画『蘇える金狼』『野獣死すべし』

『家族ゲーム』などに出演。1988年、病に侵されながら

映画『ブラック・レイン』に出演し、ハリウッド・デビュー

を果たした。89年死去。享年40歳〉

 優作さんのことを、先輩として尊敬していました。

 当時、優作さんが病気だということは知っていました。


でも、優作さんって、絶対に死なないイメージが

あるじゃないですか。その強い優作さんが突然、

死んでしまうとは思わなくて…。

優作さんがいなくなったことは衝撃でした。

 でも、実にきれいな亡くなり方だと思いました。

あまりに鮮やかに逝ったことにもすごい衝撃を受けました。

そういった死を目の当たりにして、

よりよく死ぬということは、


よりよく生きることなんだと感じたんです。

 優作さんの死によって私の考え方、生き方がガラッと

変わりました。自分も、いつ死んでもいいような覚悟を

した上で、仕事をするにも何をするにもそういう

気持ちで毎日を生きるようになったんです。

 死ぬということは肉体という形はなくなるけれど、

魂にとっては移行であって、新たな始まりなんだと、

自分ではそう思っています。

だから、死ぬことは全く怖くはありません。


=====引用終了=====

女優 原田美枝子さんの死生観がインタビューで載っていた

ので引用させて頂きました。人それぞれ死に対する考え方は

違います。あなたは、どのように死を捉えますか???


人生のエンディングを安心して迎えたい方に

エンディングノートを活用した、小学生でもわかる面談で

あなたらしい人生のフィナーレを提案する、

想いの届け人 鈴木 優治 

エンディングノートを使用した終活相談を受けています。

お問い合わせはこちら から