長塚京三さんの「死生観(お葬式はやりません)」
終活Webソナエのサイトの記事より引用します。
http://sonae.sankei.co.jp/interview/article/140414/i_interview0001-n1.html
長塚 先日、僕の学校時代の先生が亡くなったんです。
それが、とてもいい具合の亡くなり方でした。年齢が86、7歳で
認知症じゃないんですが、多少ぼんやりしていて。奥様は
僕がお見舞いに行ってもわからないんじゃないかと
言っていたんですが、僕が行ったら普通に「おう」って
分かるんです。「なぜ来た?」って聞くので「ちょっと
ついでがあって来たんです」と答えました。
ふっと先生の意識が薄れてきたので「京三が来ました」
って言うと、「ああ、君が京三になったのか」って。
「面白いことを言うなあ」と思いました。
「私が京三になりました」と言うと「そうか」って。
「こうやって静かに寝ていたら、若返らないかな」って
おっしゃるんです。それもあり得るよなって思いました。
それで「また来ますから」と言って帰ったんですが、
その日のうちに亡くなったんです。
奥様は「長塚さんのことは分からないだろう」って言ったん
ですけど、そんなことはないんですよ。
一瞬、教師に戻ったんです。
教師は天職だったんですね。何十年も前の生徒である僕に
「好きなことをやっていれば、またより良くもなるよ。だから
続けなさい」っておっしゃったんです。
僕も先生みたいに、ほどよくボンヤリして、眠っているのか
死んでいるのか分からないような状況で逝きたいですね。
僕は、お葬式はやりません。「僕のためだったらいらないよ」
って思います。看取ってくれるというか、気持ちに添って
くれる人がいてくれるだけでいいです。
今は安楽な最期を想定して言っているだけで、そうじゃない
かもしれない。用意万端にして死ぬほうがいいのかなと思うことも
ありますが、大雑把に「死んだら形のあるものは(残された)
君たちの好きにしていいよ」ってことにしたいですね。
終末医療も受けないで、自分の家の一番広々とした、
眺めがよく、日当たりと風通しのいい部屋にベッドを
置いてもらって。僕は閉所恐怖症なので、たぶん病院は、
死力を振り絞って脱走するでしょうね。
みんなと歓談しながら、じゃあサヨナラってことで。
できることならね。
まあ、非業の死を遂げると思いますけどね(笑)。
=====引用終了=====
俳優 長塚京三さんの死生観がインタビューで載っていた
ので引用させて頂きました。人それぞれ死に対する考え方は
違います。あなたは、どのように死を捉えますか???
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