ある在日韓国人被爆者の「伝言」 | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…

 

 最近、ジャーナリストの安田菜津紀さんが、中日新聞・夕刊に月1回掲載される「社会時評」の担当になって、毎回良い論説記事を寄せている。上に掲げたのは今月の記事で、これもとても良かった。今回なんでわざわざこの記事を取り上げたかというと、私が最近ここで書いてきたこととピッタリ重なったからだ。

 

 私は前回記事で、歴史に埋没した人たちの声をすくい上げ、語り継ぐことの大切さを書いた。安田さんは上の記事で、在日韓国人被爆者の李鐘根さんの声を届けてくれている。壮絶な被爆体験や悔しかった被差別体験など、李さんの「伝言」を胸に刻み、未来に繋げていきたいと思う。そして何より忘れてはならないのは、李さんのような朝鮮半島出身者が「万」という単位で広島に来ていて、その身の上に途轍もない大きな犠牲があったという事実である。あまりにも膨大な日本人の犠牲によって,その事実が私たちの記憶の中で上塗りされ、忘れ去られていないか、いま一度確認・反省する必要があるだろう。

 

 安田さんは上の記事で,こう書いている。

 

韓国原爆被害者協会の推計では、広島と長崎で被爆した朝鮮半島出身者は約七万人にのぼるという。忘れてはならないのは、彼らが被害に遭うまでの歴史とその後だ。植民地支配下、多くの朝鮮半島出身者がさまざまな事情での渡日を余儀なくされ、軍都だった広島にも多くの労働者たち、生活者たちがいた。さらに戦後、在外被爆者が日本にいる被爆者と同水準の援護を受けられるようになったのは、二〇一六年になってからだ。

 

  さらに付け加えるなら、広島原爆の犠牲になった外国人は、朝鮮半島出身者だけではない。当時の広島には、多くの教育機関が置かれていて、それらの学校に留学していた中国、モンゴル、インドネシア、ビルマ、マレーシアなどアジア各国の多くの学生たちが犠牲になった。

 

 広島の原爆で亡くなったのは日本人だけではない――当たり前の事実だが、それが私たちの認識では当たり前になっていない。そのことを如実に示すのが,広島の原爆死者数である。約14万人という公式発表には、朝鮮半島出身者の死者数は含まれていないのだ。

 

 ところで、上の記事で安田さんは、原爆供養塔のことに触れている。「土饅頭」とも呼ばれる、その供養塔には、引き取り手のない遺骨約七万柱が眠っている。そのうち、納骨名簿に記載がある遺骨は800あまり。その名簿を手がかりに遺骨の謎を追ったノンフィクションが、以前このブログでも紹介した堀川惠子さんの『原爆供養塔』(文春文庫)である。

 

 名簿の名前一つ一つに、それぞれ異なる出自や背景を持った人の人生が隠されていた。それは当たり前のことなのだが、私たちは知らないうちに遺骨七万、名簿800という数字で死者を語ってしまう。だが、そうした一括りの数字の中に一人一人の生を埋もれさせてはならない。本書を読んで、そのことを思い知らされた。その数字の中には、日本人だけでなく、その外側にいたさまざまな人たちも含まれているのである。

 

 私たちは、日ごろからの思考習慣で、私たちの社会・共同体(commonwealth)の外部にいる他者=異者のことに思いが至らない。そういう異者の存在自体に気づかない。いくら「共生社会」とか「多様性」とかが叫ばれても、同一の共同体に帰属する他者を前提に語られているにすぎない。だから私たちの社会は、なかなか異者=異端者を受け容れられない。差別し排除してしまう傾向が強いのである。在日コリアンが日本のさまざまな補償制度から排除されているのは、その典型例である。

 

朝鮮半島から来た万という数の人たちは、本来であれば生まれた土地で生を全うし、見知らぬ土地で原爆にあうこともなかった。日本への移住に国家による強制があろうとなかろうと、戦争が作り出した悲劇であることに変わりはない。死者は広島の原爆死没者の概数からもはじき出され、生き残った者は生き残った者で、戦後は韓国人つまり外国人とみなされ、日本国民には与えられたあらゆる補償制度からはじき出された。

(堀川惠子『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』文春文庫p.307)

 

 異者=外部者を受容する社会的・精神的土壌がないから、改正入管法やLGBT理解増進法といった差別主義立法がまかり通るのだ。本当にこの国は、100年前の関東大震災の時に朝鮮人をはじめ多くの外国人や社会主義者を虐殺したときから何も変わっていない。腐ったままである。

 

 何度も書いて恐縮だが、この国は歴史とちゃんと向き合うことから始めるしかないと私は思っている。そのためにも、歴史の闇に葬られた人たちの声をしっかりと聞くことが必要だ。堀川さんもまた、私たちがどこに立ち戻るべきかを、次のようにはっきりと指摘してくれている。

 

 歴史は生き残った者たちの言葉で語られる。しかし戦争の最大の犠牲者は,言葉を持たぬ死者たちだ。あらゆる戦場において,家族への最期の言葉も,一言の文句も哀しみも,何も言い残すことすら許されず殺されていった人たちの存在こそ,今,私たちが立ち戻るべき原点である

(同書p.404)

 

 

 この指摘の通り、言葉を持たぬ死者たちの語りに耳をすまし続けたいと思う。それなくして歴史の実像は見えてこないし、多様性も共生社会もあり得ない・・・