白井康彦「物価偽装――生活保護費削減のために何が行われたか」(『市民の意見』NO.173) | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…

 前回は,私たちがよく目にするGDPが実は思いっきりかさ上げされていたということを書いた。それはアベノミクスが大失敗なのに成功しているのだと国民全体にすり込もうという大本営発表のようなものだったが,今日は,あまり注目されない生活保護受給者を狙い撃ちにした「物価偽装」について書いておきたい。

 2012年の衆院選で「生活保護費の1割削減」を公約にした自民党が圧勝して政権に復帰し,直ちに生活保護費の大幅削減を決めた。その自民党の圧力を受けて厚労省は,生活保護制度の日常生活費に当たる「生活扶助費」を世帯単位で平均約6.5%削減した。生活保護費の国予算は年間約670億円も圧縮された。

 生活保護受給者にとって柱とも言える「生活扶助費」がどうして6.5%も削減されたのか。そのカラクリを掲題の記事が詳しく分析しているのだが,ポイントは「デフレ調整」という点にある。つまり物価変動率に連動させて生活扶助費も増減する物価スライド制を採用しているのだが,その仕組みを政府与党・厚労省は悪用したのである。

 物価スライド制では当然,物価が下落すれば,その分,生活扶助費も削られることになる。だから,物価指数の変化率の計算の正確さが何より大切であるわけだが,政府与党はそれを踏みにじった。自民党の指示で厚労省は,物価指数に手を出してしまったのである。しかも社会的弱者を追いつめるために。政府与党・厚労省はやってはいけないことをやった。

 簡単に言うと,厚労省は自ら開発した「生活扶助相当CPI」という独自の消費者物価指数を使って,2008年~2010年に約4.78%物価が下がったと計算したのである。それに基づいて,生活扶助費を大幅に削減した。厚労省が勝手に作った「生活扶助相当CPI」とは,生活保護世帯が生活扶助費で購入する商品やサービスを対象にした消費者物価指数といった意味である。

 それにしても,約4.78%の物価下落率とはものすごいデフレである。どうして生活保護世帯が買うものだけが,こんなに強烈なデフレになるのか。その時期がいくらデフレだったとはいえ,普通に考えておかしいだろう。全品目で計算した消費者物価指数(CPI)総合指数の下落率は2%をちょっと超えたぐらいである。全体のCPIと2%以上もの乖離があるのは異常としか言いようがない。

 消費者物価指数を担当する総務省統計局の計算方法で,この期の「生活扶助相当CPI」を計算してみると,その下落率は約1.8%に留まる。筆者・白井さんが,生活保護世帯の支出額割合の数字をもとに計算すると,その下落率は0.64である。厚労省の計算では,生活保護世帯の支出ではあまり比重の高くないテレビやパソコンの価格下落の影響が過大に見積もられていたのである。

 下のグラフは,厚労省の計算による消費者物価指数(「生活扶助相当CPI」)の推移と,他の総務省統計局や筆者の計算方式で計算した物価指数の変化を比較したものである(『市民の意見』NO.173,p.12)。



 これを見れば,厚労省が計算した物価下落率だけが異常に大きいことが一目瞭然である。生活扶助費を削るために,意図的に物価下落率を思いっきり膨らませたとしか思えない。こんなことが許されていいのか。物価は一国の経済状況や景気を判断する上で欠かせない基礎データである。それが権力者によって恣意的にゆがめられている。何より許し難いのが,弱者を攻撃するために,その公的な資料をねつ造しているという点である。いくら政府与党からの要求とはいえ,厚労省の役人たちは公僕,全体の奉仕者としての自覚や矜持を欠片も持ち合わせていないのだろうか。CPIの担当部署である総務省統計局や物価指数に精通した経済学者らは,こうした物価指数の濫用・悪用に対して一言も文句を言わないのか。筆者の白井さんは大きな組織や公的機関には属さないフリーのライターである。政府与党はもちろん,政治家も役人も学者も,公文書も統計資料も,誰も何も信用できない,頼りにできない社会になった。

 国や政府が統計をイジりだしたら終わりだ。この国は完全に末期症状を呈している。ファシズムはもう始まっているということである...。