ここまで明確にデータ上でGDPの偽装を告発したのは明石氏が初めてではないか。だが,「景気拡大」という大本営発表を多くの人が怪しいと思っていたはずだ。なのに経済学者はどうしてもっと早く指摘しなかったのだろうか。前回も書いたが明石氏は弁護士である。エコノミストや経済学者はわかっていても,政権に忖度して自粛していたのか。それとも政権からの圧力が実際にあったのか。いずれにしても情けない話である。
だが,こういう経済学者の体たらくは今に始まったことではない。2008年の金融危機でも,ほんの一部(金子勝氏など)を除いてほとんどの経済学者がそれを予測できなかったし,サブプライム問題が顕在化してもなお経済学者の間では楽観論が主流だった。ネズミ講と博打を組み合わせたようなアメリカの金融システムを賞賛し,新自由主義経済を理論化したアメリカの経済学を信奉していた日本の経済学者には,まさかあのような巨大な金融崩壊が起こるとは予想できなかったのだろう。その代表が竹中平蔵や伊藤元重や野口悠紀雄らのお偉い経済学者たちだったわけだが,彼らは住宅ローンの〈証券化〉がいかに危険なものであるかをこれっぽっちも認識していなかった。証券化という金融技術を弁護し,住宅バブルを肯定する見当違いな発言ばかりしていたのである。アメリカ発の世界金融危機に関して,その責任をウォール街の強欲資本主義だけに負わせるだけでいいのだろうか。アメリカ型の金融システムを崇め奉った日本のエコノミストたちも共犯関係にあったと言っていいのではないか,と私は思うのである。
話がちょっと逸れてしまった。アベノミクスの話に戻ろう。アベノミクスが一体どういうものだったのか,その失敗の中身については,明石氏の本の第4・5章にわかりやすく書かれているので是非読んでみてほしい。その内容は私たちの生活実感に見合うもので,きっと納得できるはずだ。すなわち,実質賃金の低下や個人消費の落ち込みなど,アベノミクスは私たちの生活を苦しくしただけなのである。
だが,そのことを覆い隠すために,GDPの算出方法を変えてアベノミクス開始以降のGDPをかさ上げし,あたかも景気は良くなっているかのような印象操作を図ったのである。国民はバカだから「お上」・政府の発表するものは何でも信じるに違いない。間違っているのは自分たちの実感の方だと,国民に思わせようとしたのである。
舐められたものだが,しかしながら,こんな隠蔽工作なら,中学生や高校生レベルの計算力・読解力で見破れるだろう。明石氏の本がそのことを示してくれている。実際,本書で出てくる図表はほとんどが中高生でも読み取れるものばかりである。
下の画像は本書p.164~p.165のコピーだが,ここにある3つの図をよく見てもらいたい。政府は2016年12月にGDPの算出方法を変更し,それに伴い1994年以降のGDP値を改定して発表した。図5-2は改定前の平成17年基準,図5-3は改定後の平成23年基準で表した名目GDPの推移である。詳しい解説は省くが,アベノミクスが始まった2013年以降のGDPがかなりかさ上げされているのが見て取れるだろう。そこで,平成17年基準と平成23年基準の差額を抜き出したのが図5-4だが,これを見ると,2013年以降のかさ上げ額が急に大きくなっているのが一目瞭然である。これはどう見ても異常だろう。ここに何らかの作為があると考えるのが自然ではないか。

さらに,かさ上げの要因は大きく分けて,①2008SNA対応部分と②「その他もろもろ」の2つがあるが,そのうちでも,比較にならないくらい②の「その他もろもろ」がGDPのかさ上げに関与しているという。だから明石氏は,アベノミクス期のGDP偽装を「ソノタノミクス」と呼んでいる。なお,2008SNAとは,GDPの国際基準のことである。
では,「その他」でどれくらいかさ上げされているかというと,本書p.170~p.171に載っている下の2つの図に示されている。図5-8は「その他」のかさ上げ額を示している。アベノミクス以降だけプラスになっている。これだけでも,図5-2~図5-4で示された名目GDPのかさ上げについて大体説明がつく。また図5-9は,平成23年基準GDPから「その他」を引いた額である。これと図5-3を比較して見れば,「その他」で1990年代を押し下げ,その代わりにアベノミクス以降を思いっきりかさ上げしていることが読み取れるだろう。これらは,先に書いたように中高生でも読み取れるグラフだろう。ちなみに,グラフには出ていないが,2016年度以降の名目GDPは,めでたく史上最高を更新し続けている。

平成17年基準だと,アベノミクス以降の経済成長率は年1.8%程度だったんだが,改定後は年2.5%になった。このペースを維持できれば,ちょうど2020年度に名目GDPが600兆円に到達する。(本書p.172)
そういえば安倍首相は「2020年に名目GDPを600兆円にする」と豪語していた。それを何としても達成するために,そこから逆算してGDP値を改定したわけだ。よくできたストーリーである。これもひとえに成長幻想のなせる技であろう。もはやGDPは客観的な指標であることをやめて,一種のファンタジーになったと言っていい。経済成長は何より素晴らしいことだというGDPカルトに取りつかれて,こんな成長物語を描いてしまった。その創作意欲は評価するが,ところでこんな表現の自由,あっていいんですかね?
私には,確信犯というか,組織ぐるみの意図的,計画的犯行としか思えない。そして,そこに官邸からの「鶴の一声」があったことは間違いない。だが「その他」の中身がはっきりしないから,明確な証拠がつかめない。内閣府は「その他」の内訳表のようなものを後日公表しているが,これもかなり怪しい工作が行われていることが本書で指摘されている。特にGDPの約6割を占める家計最終消費支出が大きく操作されているようだ。
そもそも,「その他」という人があまり注目しないところでドサクサに紛れてかさ上げするというやり方に,私は現政権の小賢しさというか卑劣さを感じる。物語なら余白や余韻を大切にするというのはわかるが,経済データでそんなもの要りますか

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