『ヒップホップの詩人たち』2~ゾーン・ザ・ダークネス~ | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…


 彼らのラップ詩を読んでいると,本当に言葉の力というものを信じたくなる。なんで彼らのラップにそんなパワーを感じるのだろう。それを解くカギは,前回も少し触れた「逸脱」という点にあるのはないだろうか。中心からの逸脱,世間からの隔絶,正しいとされている道からの脱落が,かえって言葉のリアリティや強度を生んでいるように思えてならない。逆に,娑婆という檻の中でマスコミやネットに洗脳されて生きている私たちは,記憶も怒りもなくしたミミズのような言葉しか発せられなくなった。

 そういえば,似たようなことを昔,奈良少年刑務所詩集を読んだときにも感じた。その時にも私は,閉ざされた心の殻を破り,感受性を芽生えさせる言葉の力を少年受刑者の詩の中に感じたのだった。(ちなみに,その詩集の感想はココで書いています。→「奈良少年刑務所詩集『空が青いから白を選んだのです』」)

 言葉の力に関して,新小岩のラッパー,ゾーン・ザ・ダークネスはこう言っている。

 「で,少年院で詩の発表会というのがあって,そこでかなり目の当たりにしたんですよね。言葉の力を。ほんとクズみたいな連中で,どいつもこいつも詩なんかもちろん書けないんですけど,すごく伝わってくるんです。その発表会って親も来るから,親の前で,自分の反省したこととか親に対する気持ちを詩にしてるやつとかいて。ぼろぼろ泣いちゃって,やばいんですね。くっそへたくそな言葉なんですけど……でも詩のうまさとか関係ないと思って。本気だっていうことが伝わってくるんで。
 (中略)
 僕はそれをラッパーとしても聞いてたっていうか,それは興味深くて,すごい経験でしたね。(少年院の)中ではお互いの話ができないんで。(略)そいつの中身が見えるっていうか。テクニックがないぶん,余計隠せないものがあるっていうか。半端じゃないんです。なかにはちょっとリリシストみたいなやつもいたりして,才能あるのかなみたいな(笑)。」

 (『ヒップホップの詩人たち』p.156~p.157)


 「逸脱」したがゆえにわかる痛みや悲しみ。「逸脱」したからこそ見える現実の暗黒社会。ゾーン・ザ・ダークネスのリリックは,そんな世界観を湛えている。だからだろう,リアリティのないギャングスタ・ラップよりも,プロの現代詩人よりもはるかに強く,烈しく僕らの胸を打つ...

 以下の歌詞は,ゾーン・ザ・ダークネスの「Bird In The Cage」より。

 両手には手錠,病的な血相,
 18の夜,急に降る夕立のように。
 あの日あの時あの場所で俺を
 悪魔の続きが俟っていたのさ。
 真冬の吹雪のように凍てついた
 冷酷な現実にひれ伏した
 ここはどこだ?
 分からないがこれだけは言える,
 俺は愚か者だ。
 金網のマイクロバスに乗せられ,
 監守が出発の合図を出す。
 地元を通り過ぎようとしたあの時,
 まともに見れなかった窓越し。
 既にもう夢希望も無くしてしまいそう,
 時を奪う罪の代償。
 自ら撒いた種なら無理もないと言い聞かす
 無慈悲なジーザス。
 光を見出すこともできずに,
 漂うように暗闇をさ迷う。
 そうして運命は飲み込まれた,
 さぁここだと監守が檻を開けた

 (中略)

 笑うことすら許されず
 独房の苦悩が頭を狂わせる。
 消灯は午後9時,焦燥か孤独に駆られ
 逃げるように眠りに落ちる。
 カゴの中の鳥,夢を見ていた
 だが翼はもう抜け落ちていた。
 それでも前を向く 先が暗くても
 それでも前を向く 足がフラつくけど。
 悲しみから何が学べる?
 膝をつく寸前で立ち上がらせる。
 見えない何か,手を伸ばしては
 目の前のことから目を反らしてた。
 恐る恐る心を覗くと,
 俺の中の俺がこっちを見ていた。

 錆びた鉄格子,涙で過ごし。
 夢から目を覚まし迎えるモーニング。
 一日も早く帰れるように,
 神の手の中,運命がローリング。

 戻って来ても暗黒な社会は
 番号札がつかないってだけの監獄だ。
 誰もが何かと戦っている,
 誰もがしがらみにあらがっている。

 今にも心が折れそうなその時,
 誰かに肩を叩かれ振り返ると,
 あの日の俺がそこに立っていて
 一言こう言う。
 「お前ならやれる」


 (『ヒップホップの詩人たち』p.151~p.152)


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