エドガー・アラン・ポー・・・ | 歳、取ってしまった・・・

歳、取ってしまった・・・

19匹の猫をなんとかしてよ・・・

1本90円で買ったミニトマトの苗、上等。

とても元気でトマトも甘い。

 

東京創元新社のポオ全集。

買ってから読まないままなので開いてみる。

ポオ全集第1巻「ベレニス」


禍はさまざまだ。この世の悲惨はさまざまな形を取る

虹のように広い地平にまたがり、虹のように色さまざまだ

---はっきりと見えるのである。しっくりと互いに

まじり合っている。虹のように、広い地平にまたがって

---この美しさから、私が一つの醜さの型を取り出すのは、
どういうわけなのか。平和の前兆から、悲哀のたとえを

引き出すなんて?しかし論理学の見地においても、
悪は善の結果にほかならない。事実、悲しみはよろこびから

生まれる。過ぎし日のよろこびの思い出は、

今日の悲しみであり、いまある苦悩は、前にあったかも

しれない歓喜に源を持っている。
 

ポオ小説全集第4巻「ベレニス」


災厄はさまざまにある。この世の不幸は、かずかぎりない

形をしている。広い地平線に虹のようにひろがって、

その色も虹のように多様で、また、そのようにはっきりとして、
しかも互いにまじり合っている。広い地平線に虹のように

ひろがって!美しいものの中からいとわしいものの型を

私が引き出したのは、平和の誓約から悲哀の直喩を引き出したのは、
どういうわけだろうか?だが、倫理学において悪が善の結果で

あるように、事実においては歓喜から悲哀が生まれる。

過去の幸福の記憶が、今日の苦悩であるし、あるいは

現在の苦悩はかつてあったであろう歓喜に由来しているのである。

 

角川文庫、ポー傑作選第2巻、「ベレニス」


悲惨さというものは一様でない。この世の惨めさはさまざまだ。

それは虹のように広大な地平線を覆い、その色合いは虹の

ごとく多様であって---虹さながらにはっきりと色は

分けられながらも混じり合う。悲惨さが虹のように広大な

地平線を覆うとはよくも言ったものだ!美から醜を

引き出すとは如何に?---平和を表す虹を、悲しみの
譬えにしようとは?しかし倫理に於いて善のゆきつく果てに

悪があるように、現実に於いても喜びの末に悲しみが

生まれるものだ。ありし日の至福の記憶は今日の苦悩ではないか。

あるいは、今感じている苦悩は感じてみたかった

恍惚ゆえではないか。

 

手持ちの①を読み始めてまぁ、読みにくいんだわ。

かなり疲れる、歳のせいか?

図書館に行って②と③を借りてみる。

②の訳者は谷崎精二という人で谷崎潤一郎の弟らしい。

文学者としてはダメダメで、大学の教授としては

出世した人らしい。

①よりは②の方が読み易い文章だと思った。

③を読むと流石に時代が違うんだなぁ~と感心した。

新潮文庫にはこの短編は収められてないみたい。

 

あ~、高かったのに、読む気が全くなくなってしまった。