いきなり新築に挑戦!その2

いきなり新築に挑戦!の続きです。
ところが、この賃貸併用住宅計画、弟から反対意見が出て、いきなり暗礁に乗り上げました。老母とずっと一緒に暮らしていた弟によると、老母が二階のアパートの住人の生活にいろいろと干渉するので、問題にならないまでも細かなトラブルが絶えなかったとのこと。
さらに、老母が住みたいと言う建物を作ると、昭和一桁とは言わないまでも、なんと昭和時代前半の設備とクオリティーの住宅になってしまい、現代では借り手がつかないものになってしまうのではないかという難題も浮上。
老母が、いつも夢中になって話すのは、未だに東京大空襲の時のことです。さすがに東京なので、この前の戦争といっても、応仁の乱ではありませんが。
弟と協議した結果、止むを得ず心を鬼にして、老母には計画会議から退いてもらうことになりました。老母の反対意見は、老母の兄にあたる伯父に力を貸してもらいなんとか説得し、計画を前に進めることができました。(その伯父も今年亡くなりました。世の中タイミングが重要ですね。)
(つづく)
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いきなり新築に挑戦!

21世紀の賃貸経営の続きです。
いきなり新築に挑戦!
帰国して実家に戻ると、幼いころにはとても立派に見えた家なのに、主の老父もとうに亡くなり、建物が老朽化していました。例えば湯殿の柱などは、根本が腐って無くなっていました。これでは、地震が来たら倒壊するかも知れないから、取り壊して新築しようかという話しになりました。
先日、バブル時代の象徴のような赤プリ(赤坂プリンスホテル、1955年開業)が、建設されてから58年で取り壊されましたが、建物の寿命って人間よりも短いものなのですね。(2013年7月6日に解体作業が完了)
不思議なことにオーストラリアでは、木造の住宅でも100年以上経つ家が珍しくありません。特別な建築物でもない、普通の個人の家なのに、古くなっても取り壊すのではなく、修理してはずっと使い続けます。それどころか、家を買うというときに、文字通り建物だけ買って、ジャッキアップして大きなトレーラーで運んでいくことすらあります。
日本では家と言っても、実は、大事なのは土地の方で、建物はまるで使い捨てになっているみたいです。
さて、その大切な土地を活用するにあたり、まず最初に考えたのは賃貸併用住宅でした。昭和30年代に建てられた古い実家も、二階はアパートになっていました。六畳一間に一間の押入れ、4畳半の台所に和式トイレ、風呂無しという部屋が3つでした。歩いて3分ほどのところに銭湯があります。今はなんと温泉が出るゴージャスなお風呂屋さんになっています。
(続く)
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21世紀の賃貸経営

今は昔、前世紀の話しですが、まだ子供の頃に、オーストラリアは地球の下半分(南半球)にあり、カンガルーやコアラがいて、石炭や鉄鉱石を掘って輸出していると教わりました。
いわゆる発展途上国なので、先進工業国の日本から教えてあげることは沢山あるけれども、教わることなんか何もないだろうと言われていました。
時は過ぎて21世紀、そんなオーストラリアで先進的なIT(情報処理技術)の仕事をやっていました。気がついたら、いつのまにか10年もオーストラリアで暮らしていました。
リーマンショックの後、オーストラリアから帰国し、賃貸経営を始めました。
若い時は、北半球で先進工業国である日本とアメリカを往復して、モノ作りの仕事をしていました。平成不況の時に転職した後、海外の生活に憧れて40歳の時に南半球にあるオーストラリアにプチ移住。50歳を過ぎて帰国する前はIT運用管理部門の技術マネジメントの仕事をしていました。
帰国して第三の人生?として再出発を行なうにあたり、経済的にも万全ではない50歳過ぎの中高年が、まず最初に思いついたのが賃貸経営でした。
(続く)
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