イイコな女社長 ~半歩先の食探し~ -12ページ目

信用と信頼

経営者は「部下を信頼しても信用するな」

と言われているらしい。



私は逆だと思っていたが、

これは「信用」と「信頼」の意味のとらえ方だと思う。



意味をあれこれ考えていたら

気持ち悪くなってきたのでいろいろ調べてみた。





「信用」と「信頼」については

様々な考え方があるようだったが、

私なりに納得したのは・・・




信用は手に入れるもの

信頼は積み重ねるもの



信用は最低条件であり

信頼はどこまでも大きくなる



信用は経済的に裏切らない

信頼は利害関係ではなく人物全体への評価



信頼とは相手の態度がどのようなものであっても

信用することを意味するのでだまされたというものではない



信じているけれど心配なので

あとで確かめたりするのが信用


後で確かめることがないほど

信じているのが信頼





私の中で「信用しても信頼するな」

というのが一般的だと思っていたが

どうやらそうでもないらしい。



「信用」と「信頼」の違いがどうであれ

そんなことはどうでもよくて

「信じたもん勝ち」っていうのが正しい気がする。



そして信じて裏切られたって感じるのは

結局お金の問題だったりするような気がする。





私たちの仕事は現金商売なので

ある程度部下を信じないとやっていけない。



その結果、売上を持ち逃げされたり

小口現金を私的に運用されたり

家賃未払いで音信不通になったり

大なり小なりなんらかの被害はあった。



でも、命とられるわけではなし

人を信じて任せて頼ることによって

得られたものの方が大きい。



相手を責めてもどうしようもなく

信じてそういう環境を作った自分の責任なのだから。



もしかしたら

お金の問題ではなく

もっとメンタルなことで

だまされたとか裏切られたとかいう例もあったかもしれないが

それはとらえ方の違いであり

時が解決してくれる。





そんなことより

やっぱり人を信じないと

何事も始まらないような気がする。



「信用」と「信頼」の違いなんてどうでもいい。



信じたもん勝ち!



これに限る!!








始める勇気とやめる勇気

すっかり冬ですね。


冬といえば、もうすぐスノボの季節。


私は旦那さんと付き合い始めた8年ほど前から

冬はスノボ、夏はウエイクボードを

始めました。





それまでは仕事以外に何の趣味もなく

仕事してるか飲んでるか食べてるか

たまに旅をしても

仕事がらみの出張か食探しの旅だった。



ちょっと身体がなまってきたなと思ったら

近所のジムに行くくらいで

アウトドアとは程遠い生活をしていた。



正直、40歳を過ぎてから

スノボやらウエイクボードを始めるのは億劫だし

ほぼ毎日深夜まで飲んでた私は

何よりも早起きが憂鬱だった。




ところが、私の腰の重さとは関係なく

彼はウエアやらボードやら靴やら

どんどん買ってきてくれて

行かざるを得ない状況に追い込まれ

仕方なくアウトドアデビューを果たした。



今でもワクワクするわけでもなく

8年間ほとんど上達もせず

なんとなくシーズンの習慣のようになっているが

生活パターンが変わったことによって

気持ちに余裕ができたような気がする。



そして一滴もお酒が飲めない旦那さんとの

大切なコミュニケーションの一つでもある。



始めるときは憂鬱だったり

勇気がいることであっても

習慣化されてしまうと人生にメリハリを与える。





私の父は現在81歳だが

70歳くらいで楽譜も読めないのにジャズピアノを始め

昨年からパソコンスクールに通い出した。



新しいことに挑戦して人生を謳歌している父を見ていると

長生きも悪くないなと感じる。



確かに歳をとればとるほど

何かを始めるには勇気がいることかもしれない。



でも一瞬の勇気で

今後の人生がバラ色になる可能性もあるのだ。



そして同時にやめる勇気も大切だと私は思う。





2010年には流行語に選ばれたほどの「断捨離」


断=入ってくる要らない物を断つ

捨=家にずっとある要らない物を捨てる

離=物への執着から離れる



一般的に「断捨離」はモノに対するイメージが強いが

元々モノに興味のない私にとっては

「断捨離」とは「やめること」「排除すること」





ようするにモノそのものではなく

仕事や人間関係や習慣の「断捨離」もしていかないと

新しい事を受け入れたりする準備ができ辛いと考えます。



日本人は「継続は力なり」とか「石の上にも3年」とか

続けることを美学としているが

時と場合によっては

「やめること」や「排除すること」が大切だったりします。



キャパシティが無限にある超人は別として

人間のキャパシティは個々によって限界があるので

やめもしないで排除もしないで

新しいことを始めるには無理があるのです。



時にして

「やめること」や「排除すること」は

周りから非難を受けることもあります。



もしかしたら始めることより

勇気のいることかもしれません。



やめなくても排除しなくても

始めることができるのであれば

それに越したことはないのかもしれません。



でも、超人ではない限り

後で苦しくなる可能性が大ならば

「やめること」や「排除すること」も

自分へのご褒美としてとらえても

罰は当たらないのではないのでしょうか?



昔の人は「もったいない」という観念から

捨てることが罪だと思っていたのに

今では「断捨離」がブームになっているように・・・


努力と成功

先日読んだ

【男と女は誤解して愛し合い理解して別れる】

の中で


「努力した者が全員成功しているとは限らないが

成功している者は全員努力している」


というシマジさんの言葉が印象的だった。




なぜ?


努力が報われることの意味を

取り違えているから成功できないのだ。




誰でも自分なりに努力しているに違いない。



その努力が自分のためではなく

親のためだったり

会社のためだったり

上司のためだったり

家族のためだったりするから

成功が遠のいてしまうのではないだろうか?





子供の頃

親に褒めてもらいたくて

勉強してクラスで一番になっても

なぜか虚しかった。



その虚しさに気づいた私は

努力することを

親のためではなく

自分のために変えた。



その分

親には迷惑も心配もかけたけれど

結果を出せば

いつか必ず理解してくれると

その頃はそんなに真剣に考えていなかったけれど

今はそう思う。





成功も努力と同じで

家族や他人が評価することではなく

自分の中にある。



ただその過程で

人の評価や協力が重要になるだけで

最終的に成功か否かは

自分だけにしかわからない。



努力を自分のために変えた私は

大学中退、

20代で9回の転職と

自分勝手に過ごしてきた。





22歳の頃、

高額ジュエリーの訪問販売の仕事をしていたのだが

この会社は売上歩合制の

女性ばかりの競争が全てというような会社だった。



高額ジュエリーを持ち歩くため

二人一組になって出張販売をするわけだが

新人の私は先輩を差し置いて出しゃばることもできず

悶々としていた。



売上を上げることが目的なのに

先輩に気を使うということの方が大切とされていて

実力が発揮できない。



でもどうしても売上目標を達成したかった。





そこで私がしたことは

支店長に頼みこんで

休日に一人で営業に出させて欲しいということだった。



前代未聞のこの申し出だったが

熱意が通じたのか

持ち出す商品は最低限ということで

許可してもらった。



しかも会社で禁止されていたのに

お客さんの耳にピアスの穴を開けまくって

高額なダイヤモンドのピアスを売りまくった。



もちろんそのことは会社には内緒。



でもそうすることによって

私の売上目標も達成できたし

会社にも利益をもたらしたわけである。



私は会社のために努力したのではなく

自分の自己満足のために努力しただけである。



たまたまの結果が

会社からの評価であっただけで

そこが目的ではないので

失敗しても何度も挑戦することができるのである。



ピアスの穴を開けまくっていたことがばれたら

即効クビだっただろう。



でもその当時の自分は

そんなことよりも

若さという勢いもあり

目的に向かって努力している自分に対して

快感を得ることの方が

重要だったのだ。





だから私は今も

会社の規則をかたくなに守るだけの社員よりも

多少破天荒でも

自分のために努力して

その結果が会社に利益をもたらしてくれている

社員を高く評価している。



法律にふれない範囲内

犯罪ではない範囲内

世間や仲間に迷惑をかけない範囲内

責任をとれる範囲内にはとどめておきたいが。




ランチ営業や深夜営業や年末年始の休み等

こちらから強制したことはない。



相談にはのるが

ほとんどのケースは

各店舗の店長が提案し、

決定し、実行している。



こんな社員を誇りに思う。



そして彼らにとって

その努力が成功に結びつく経緯を見守りたいと思う。





最後に

「成功している者は全員努力している」

という言葉には激しく賛同する。



努力を表面に出さない成功者は

たくさんいるが

努力が報われることの意味を

きちんと理解しているから

表面に出す必要がないのだ。




「努力が報われない」

とか

「努力しているのにわかってくれない」

とか

「こんなに努力しているのに褒めてくれない」

とか


ブツクサ文句を言っている暇があったら

努力と成功の意味を考え直してみよう。