『ガガーリン』➡︎『インターステラー』
壮大なる浪漫で以って引力から遥か遠く飛び立ち、愛の重力に拠って引き戻された。
劇場の暗闇の中、浮かび上がるイマジネーションの宇宙二本立て。
生誕80周年記念作品なんだそうだ。
そう考えたら、まだ生きてても全然おかしくないのよね。
彼がどんな家庭に生まれ・人生を歩み、どう人類初の有人宇宙飛行を歴史に刻んだのか?
を、とても丁寧に追った良作。
人類初の有人宇宙飛行と言う偉業は、ガガーリンと言う偶像を本人ですら手に負えない程に一人歩きさせてしまうに値する巨大さですが、今作を観ると、彼が極々普通の人間であった事が描かれている。その偉業に身内ですら実感伴っていないし。
今作、どう言った経緯で製作されたのかは分からないのですが、驚く程国家権力側描かれてないんですよね。
何処にでもいる民間人が、人類史に残る偉業を成し遂げ、それに熱狂する国民達がいた。って事だけが描かれる。
この辺が不思議。
成し遂げて終わりじゃ、ガガーリンを描いていると言うより、人類初の有人宇宙飛行成功がメインに来ちゃうんだよなぁー。
その辺、矢張り中々描くのは大変なのかな?
とは言え、今作、映画としては存分面白い。
同じくシネマ神戸さんで二年前に観た『ライトスタッフ』を思わす様な選抜のドラマは見応えあったなぁ。
そもそも、彼のこの偉業がなければ、後の数々の宇宙飛行士を描いた映画、いやそれどころか数々のSF作品は生まれていなかったかも!?
『インターステラー』だってその例外でない。
35mmフィルム上映である。
イマジネーションの重力で以って、歪められるも紡がれる、時空を越え169分のフィルムに焼き付けられた愛。
東京以外では初の35mmフィルム上映となった今作。
元々クリストファー・ノーラン監督は今のこの時代であってもフィルムでの撮影に拘り続けている訳で、彼の追い求めた世界に少しでも近付く為には一度は体験せねばならない。
シネマ神戸さん的には、2013年のダークナイト三部作の35mm上映も想起しますが、矢張りノーランのあの闇のグラデーションに折り重なる想いの深度はフィルムでこそ映えるのだ。
考えたらピッカピカの洋画新作をこんな風にフィルム上映で観られる機会なんて日本ではもうこれっきりかもよ?
今後もノーラン作品には粘って貰いたいとこですが…
矢張りその色と光だ。
全く同じ環境下で上映してみないと完全な比較は無理ですが、あの宇宙の闇だとか、見上げる空や横切る畑、各惑星や五次元空間etc.そこの粒子の成分に取り囲まれる様な体感。
古い映画のフィルム上映に遭遇する事は今でも多々あって、褪色や欠落やキズの向こうに見えてくるものにグッと来る事もあるのですが、こんなピカピカの新作でのフィルムだと、デジタル上映との比較が単純に楽しくもある。
やっぱ、35mmフィルム上映は、無意識に訴えかけてくるものあるよね。
画の微細な揺らぎ、そして光の明滅。
これと眼球/瞼の運動との関係性とかね。
そこで心地好いグルーヴ生まれてる筈。
シネマ神戸さん、あのスクリーンの位置もより入り込めるんだよな。
ワームホールやブラックホール、五次元空間…最前列、ヤバかった…
あの波もね…呑まれる!
あとここならではの地響きの如き音響・音圧も特筆物。
あのハンス・ジマーの、脆くも計画が崩れて行く様を見事音像化した劇伴震えるな…
モールス信号模したピアノ曲も素敵だ。
しかし、二回目面白かった!
解ってて観る事の醍醐味。
構成の巧さ。
表情の裏側。
あぁぁ、こんな伏線が!とか。
しかし、後半は初観の様に興奮した!!!
ホント、マシュー・マコノヒー、えぇ顔するわぁ。
今作、基本歪んだ表情ばっかなんですが、そこが好いんだから不思議な役者だ。
アン・ハサウェイのパッチリな表情とのコントラストも映える。
メールのやり取り、改めて観ても泣くなぁ…
あんな風な時間の切り取られ方、繋がり方、そして向かい合う相手の見えなさ。
とても映画的であるし、相対性理論~ワームホール/ブラックホールの流れと相似している。
結構細かいとこでグッと来たのは、いやいよ旅立つ時にトラックの助手席に置いてある毛布を捲るとこ。
あれ、一回目観た時は何となく観てたんだけど、二回目はヤバかった…
改めて言及はされないけど、あっ、クーパーって名付けたんや!ってなるとことか巧いよね。
証言VTRとかも…(涙)。
『ガガーリン』観てからだと『インターステラー』で、アポロ計画が政府のでっち上げだったと全否定されるシーンが中々に味わい深くなる。
現実とフィクションの境目が朦朧となる体験だった。


