鉄男 | Electronic Dolphin Eats Noise

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空論上の九龍城

2010年7月のmixiでのBlogの転載。

さて、アートビレッジセンターでの塚本晋也特集
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 その最大のお目当てはやっぱ『鉄男』のスクリーン初体験である。

最早説明も不要だし、今年は世界へ向け大胆に意訳された『鉄男 THE BULLET MAN』の公開もまだ生々しい、

鉄男
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1989年に撮られた第1作は塚本監督にとっての劇場公開デビュー作でもあり、これが世界的に高い評価(ローマ国際ファンタスティック映画祭のグランプリ)とカルト的人気を得た為に、今に連なる彼のキャリアは築かれている。ヴェネチア映画祭で審査員やったぐらいだもんね~
“鉄男”の海外での人気は私達の予想を遥かに越え、映画界だけに留まらない様々なシーンへ大きな影響を与えていたそうだ。
実際『鉄男 THE BULLET MAN』に塚本ファンであるトレント・レズナーが新曲を提供したのは大きな話題にもなった。

因みに、シリーズを通して見ていない方に注釈しておくと、鉄男シリーズ3作は連作では無い。
主人公が何の因果か(一応それぞれ理由はあるが)鉄に侵されて行く基本コンセプトを軸にしながらも、それぞれに時代を鋭く抉ったストーリーテリングと、映像感覚に貫かれている別作品である。
それぞれの英題(THE IRON MAN→BODY HAMMER→THE BULLET MAN)が如実に物語っておりますね。

で、この『鉄男 THE IRON MAN』。個人的な初見は公開から10年近く経た頃だ。
TVで放映されてたのを見た。当然その時点で既に世界での高評価もカルト的人気も知っていた。だから構えて見た。だのにぶっ飛ばされた。
塚本作品はその後どれもこれも見たし、『六月の蛇』『ヴィタール』『悪夢探偵2』なんかは無茶苦茶好きだけどさ、『鉄男』みたいな体験は後にも先にも無かった。いや、塚本監督作品だけで無く映画全般でもあそこまでの体験は稀だよ。こちらが思考する間も無く、感性を越え感覚すら巻き込んで突っ走るイマジネーション。
あまりに、あまりに強烈だったので、その後レンタルとかして見直す必要も無いぐらい身体に組み込まれてしまった。

だから、今回は約10年振りだった。

いやー、改めて面白かった!!!
これってもう20年も前の作品なのにさ、全然古びてない。
2作目の“BODY HAMMER”とか今見直したら古臭く感じるんじゃないかな?と思うし、今年の“THE BULLET MAN”も10年も経てば怪しい・・・
けど、“THE IRON MAN”は時代を超越してたぞ!

鉄男、そしてその後の90年代を通しての塚本作品には共通して“肉体感覚の消失”が描かれておりましたが(2000年代に入るとその眼差しは肉体の更に向こうへと…)、それは現代都市生活者の希薄な肉体性と過剰な自意識の軋轢と邂逅を想わせ、それは私達がよりもっと向き合い語り合わなければならなかった課題でもありました。

しかし、今回観直して感じたのは、実はこの1作目を撮ってた時点では監督自身にそこまでの目論見があった訳では無かったんじゃないかな?って事。
多分撮りながら、そして撮り終えて、作品として対象化された時点で自身の作家性、そして使命(宿命?)が見えたんだと思う。

と、言うのも一緒に観た短編電柱小僧の冒険
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これ『鉄男』を撮る前の1987年に撮られた作品で、これでぴあのグランプリを獲ったんだよね。
昔から存在自体は知ってたけど、今回初めて観ました。
非常にパワフルな作品(笑)。チープ(8mmだしね)なんだけどね。
前半こそ塚本さんにもこんな時期があったのね~なSFラヴコメって感じで微笑ましいんですが、中盤から怒涛の塚本ワールド全開で慄きます。
が、何より吃驚したのがここで既に鉄男のアイデアの数々が投入されてるんだよね。役者が共通してるってのもあるんだろうけど、あのコマ撮りとかサイバーなテイストとかスピード感とか…まんま鉄男!
でも、コンセプトとかは全然別物だし、受ける印象も別。
って事は、ここで投入したアイデアの数々は塚本監督の中にある一貫したイマジネーションの源泉であって、それをお金と時間を掛け磨き上げたのが鉄男になったって事なんだろうなー

うん。だって今回『鉄男』→『電柱小僧の冒険』と続けざまに堪能して、小難しい事無しにその怒涛の映像体験にヘトヘトになったもん。
そう、これは肉体論だとか都市論だとか文明論だとかじゃー縛り切れない“体感型映画”なんだ!
取り戻そうとしたのは身体性なんかでなく、映画の真の楽しみ方だったのだな。
スクリーンで観てやっと気付いたよ。