『郊遊〈ピクニック〉』、そっか、ここ迄やっちゃいましたかー。ってのが真っ先な感想。
ツァイ・ミンリャンをずーっと追っ掛けて来た人にはニヤリな要素満載でありつつも、流石のディープなファンでも驚くんじゃない?な迄に全開で挑み掛かってくる。
その異様な迄に執拗な長回し(ってか、長撮り?)の起こす時間感覚の麻痺、そしてスクリーンから浮き出る役者の肉体感覚。
タルコフスキーの『ストーカー』を思わす廃墟(と言うより、都市化から漏れてしまった街の澱み)群と、癒すのか?呑み込むのか?な、染み入る水回り。
まるで宇宙船の中の様な巨大ショッピングモールで無機質に繰り返される人の営み。
状況や関係性の説明もほぼないままに、次から次へと繰り広げられる驚異的な映像詩。と言いたいところだけど、映されているのは何ら奇異な事象ではない。
仕事、生活、戯れ、孤独。
それがこうも詩的な映像として、我々に様々な物語を想起さすとは…
そもそも、あの“ピクニック”な壁画描かれた空間は何なのか?なんだけど、どっからあんな建物見付けて来たのだ!?
直ぐ側を鉄道走ってる訳だし、外の喧騒も聞こえたもんなぁー
あの野良犬は???
オープニングの寝室や、後半出てくるハイセンス過ぎる(笑)マンションの部屋とか…
壁(紙?)が異様過ぎて…
あの空間そのものの息遣いに息が詰まる。
