『イーダ』は、ポーランドを飛び出して映画を撮り続けて来たパヴェウ・パヴリコフスキ監督が、初めて母国で撮った作品。
これが、まぁ、ホント良く出来ている。
監督が母国の暗部を巧みに編み込んだモノクロームのタペストリーは、目を凝らさなければ掛け替えなき青春譚として胸に迫るのだ。
しかし、その編み込みを解けば…
イーダの失われた青春=ポーランドの奪われてしまった時代。とすると、この作品のモノクロームが途端色付き・息付く。
外の世界を知ってしまった彼女が修道院に戻って感じる違和感に思わず笑ってしまうとこのあのリアリティ。
貪るかの様に俗世に塗れてしまう姿に眉を顰める方もいるかもですが、その奪われてしまった時間は、僕らには想像にも及ばない。
それでも戻らざるを得ない=取り戻す事が出来ない時間がある。
演技経験ないアガタ・チュシェブホフスカのつたなさ・たどたどしさが、俗世に放り出されたイーダの胸の鼓動を皮膚感覚で以って感じさせる。
徐々に色付く彼女の表情の只事でなさ!
