『オーガストウォーズ』の不遇は、『パシフィック・リム』と公開のタイミングが合ってしまった事。
いや、『パシフィック・リム』がなければ日本での劇場公開なかったかも!?なんだけど、これ、全然内容パッケージングと違うじゃん(笑)!
巨大ロボットは確かに出てくるんだけど、どちらかと言えばデザインのモティーフは『トランスフォーマー』だろうし、そもそもそれ程“ロボット”である必然性はない。
あれは今なりの少年のファンタジーとしての形でしょう。
日本では完全『パシフィック・リム』便乗のB級作品な扱いですが、実はA級の戦争映画で、(多分)軍の全面協力で撮られたであろう戦闘シーンがほぼ全編を覆い、しかも何人か死んでるんじゃ…なトンデモ級!
元映で昨日観た『戦火のナージャ』も、絶対何人か死んでる!なエゲツなさ満載な戦闘描写でしたが、『オーガストウォーズ』は現代が舞台なだけによりリアル!
未体験の戦争映画として、これは超お勧めです!
恐るべしロシア映画界!
『戦火のナージャ』や『オーガストウォーズ』を観て感じたのは、今唐突に戦争が起きたら?な恐怖である。
日常に突如否応無しに介入するその恐怖…
そして、日常の直ぐ側にそんな可能性がある生活は何も特殊な世界の話でない事。
『オーガストウォーズ』では、唐突に戦争が始まってしまった為に、日常を放棄して皆避難してる訳ですが、それ故例えば兵士達が空き家になってる家に入ってみたら生活が一時停止されてるんですよね。
ちょっとした一時のお菓子&お茶や、雑誌なんてのがテーブルに置かれてる。
そこにギョッとする。
そして、そこに居る兵士達の会話もまた特別な物なんかじゃない。
兵士達にも日常があって、家族がいて、未来を見据えてもいる。
『オーガストウォーズ』、妄想する息子と暴走する母親の親子愛が戦場を横断して行く訳ですが、あの時に痛くさえ見えてしまう描写の数々は、平和な日常にはよくある光景で、それをあんな非日常な戦時下に置く事で際立つ違和感に僕らをフォーカスさせてるのが狙いなんだと思う。
そんな流れで、『オーガストウォーズ』と『戦火のナージャ』に近いもの感じたんだけど、もう一つ頭過ったのは、昨年元映で観た『囚われ人』ですね。
あれも何人か死んでるんじゃ…な壮絶な戦闘描写に腰抜かした作品でしたが、それ以上に、“現代の直ぐ側にある戦争”を感じさせた作品でありました。
そうそう、『オーガストウォーズ』では、ケータイが大活躍でしたが、あんだけ活用しても中々画的には映えないもんですな。
これまた近々で塚口サンサン劇場で観た『翔んだカップル』なんて、黒電話を何気なく使ってるだけなのに、今観るととてもドラマティックなんだよねー
誰から掛かって来るか判らない。
そして、番号一つにしてもあの動き。
『オーガストウォーズ』、このタイトル“八月戦争”とは2008年の8月にロシア-グルジア間での南オセチア紛争の別名。
今作はだから正真正銘の戦争映画なんだな。
勿論これはロシア側から描かれてる作品なんで、視点は一方向なれど、プロパガンダ映画との切り捨てには違和感覚える。
そこを巧みに利用した監督以下スタッフ陣の想いはそんな単純なものではない筈だ。
3Dで観た時はあの体感に呑まれて追いつかなかったとこを中心に再観。
色々注文あるものの、それは矢張りギジェルモの底力はこんなもんじゃない!な期待があるから。
ギジェルモの無邪気な愛の密度と、それの再構築の精度は、改めて観直しても恐るべき境地で、それをここ迄コントロールしたのには唯々脱帽。
故にストーリーのシンプルさをどう捉えるかが、評価の分かれ目か。
長編デビュー当初からのファンとしては、まだまだこんなもんじゃないだろ!ってのが本音。
シネマ神戸に降臨した米露巨大ロボットが新開地を揺るがした『パシフィック・リム』×『オーガストウォーズ』の二本立て。
両作、趣きも目的も異なれど、 その目指す先は一つ。
映画/映画館のダイナミズムで貴方を奮い立たせる事!
故に劇場で遭遇せよ!!!


