『ヴィオレッタ』
待望だった『ヴィオレッタ』、爆音の余韻醒めやらぬKAVCにて。
事件の渦中の少女が、34年の時を経て自らを描く、その思惑は如何に…
イザベル・ユペール演じる母親が、娘を生贄に撮る事で自らのトラウマと対峙し始めた様に、ここに来て監督のエバはあんなに憎悪した母親と同じ道を主人公演じたアナマリア・バルトロメイを生贄に辿ってしまった。
撮影の美しさ、相変わらずのユペールの安定感、色を増す毎に光が失せてく様を見事体現したアナマリア・バルトロメイ…
音楽もユニーク。
特に母親の箱庭の闇から一時逃げ出したヴィオレッタが自然の中駆けるシーンはどれも鮮烈だ。
しかし、『ヴィオレッタ』、“あれ?そこは描かないの?”“うん?そこは写しちゃうの?”な選択や、後半の編集等々に生々しい混乱を感じる。
現実と映画の狭間。
そこにこそ、我々は注視せねばならないのかもしれない。
『ヴィオレッタ』、爆音去ったKAVCに居残ったオスカーが紛れ込んで来たのが面白かった(笑)。
特にあの会食シーンからの墓場なんて、いつゴジラのテーマ曲流れるのか!?と気が気でなくなるし!
そうか、だからセリーヌ待機してるのか!とアホな想像してしまった新開地の夜(笑)。
オスカー(ことドニ・ラヴァン)法被着てたね!
ヴィオレッタは着物着てたし。
スキャンダルなテーマ故、思わず構えて観てしまいそうですが、これはとても普遍的な母と娘の物語だ。
そして、ここでも男達は蚊帳の外であるものの、そんな風に蚊帳の外へと追いやってしまったのは、自分達自身であると、我々も対峙せねばならない。
