先ずはプログラム3と4からスタート!
3は1971年に撮った長編5作目『トラフィック』と、1935年の二作目の出演作でジャック・ペール監督の短編『陽気な日曜日』。
4は1974年の長編6作目にして最終作となった『パラード』と、1934年の初出演作でシャルル・パワロ監督の短編『乱暴者を求む』。
『陽気な日曜日』と『トラフィック』を組み合わせるってのに先ずニヤリとさせられますが、まぁ、その細部に至る迄神経行き届いた音と色彩の極上のハーモニーに酔いつつ、ジワジワとそのグルーヴに巻き込まれ、ついついあのメロディー口ずさんじゃった頃には心はユロさんにクラクラクラッシュ!お見事!
『トラフィック』での試みをライヴの要素を加え更に加速・拡散させた、未だ未だ!なタチの進化を感じさせつつ、彼の原点をも呑み込んだ野心作。
しかもメタな構造なんかもあって、これは手に負えない!
凄い。
『トラフィック』、そして『パラード』はタチのフィルモグラフィーの後期に当たる作品ですが、円熟の境地なんかに片足すら突っ込まない、更に先鋭を!な過激さと、時代の大きな変化の流れに対しての柔軟さが、絶妙な塩梅でタチらしさとして見事映画へと着地している。
兎に角今日笑った。
とは、言いつつも、私、タチに関しては『ぼくの伯父さん』しか見た事なくって…
でも、“アイコン”としてのタチの強さは、全然見てない私なんかでも理解出来てた程に強力で。
今日観た作品群だけでも、後々のあの人・この人への直接・間接的影響バリバリやったなぁー
ジャック・タチ映画祭パンフ(ポストカード型)と、“レモンと実験”さんとのコラボ菓子。
でも、お菓子はもうこれ一種類しかなかった…(涙)。『パレード』のスポーツネタが映え捲るしなやかな身体性と、音(楽)ネタを巧みに挟み込める抜群の音感・リズム感。
しかも、そこだけに留まらない色彩・デザインのポップさ、そんで詩的な世界の捉え方。
『トラフィック』や『パレード』はポリリズム・コメディとでも言いたい程に、それぞれがそれぞれのテンポと温度で笑の小爆弾を持ち寄ってて、それがぶつかり合ったり、時にシンクロしたり、更には連鎖したり、拡散したり…
で、その上で詩的にスクリーンに爆発の痕跡を残して行くのがスペシャルだ。
タチはポエトリー・ダンシングって感じあるよね。
無言のステップがもう詩の韻を踏んでる。
あの歪な歩き方がタチ独特のグルーヴ生んでて、そして、あれこそ彼が世界を少し外れた位置/角度から捉えられる秘訣なんだろうな。
『パラード』はしかし、どこまでが脚本で、どこからがアドリブなのだろう…
お客さんにも明らかに仕込み入ってるんだけど、勿論全員じゃないだろうし。
カメラも別撮りなとことかあったよね?
まぁ、ラストのあの子ども二人の愛らしさと来たら…
あの二人の仄かに芽生えた恋心…男の子の方の、“気になるのに気にしてない振り”がもう既に出来上がってて愛おしい。
ホント不思議な作品で、『トラフィック』と笑の狙いは近いのに、その質は遠い。
体育ネタもあるし、歌謡ショーもあるし、舞台変換もあったりで、ドリフの全員集合!?
まだ他作品観切れてないんだけど、『トラフィック』と『パラード』、同んなじネタが結構出て来てムフフとなるよね。
あの辺が他作品でも出てくるのか?楽しみ。
『トラフィック』はロードムービーでありつつもすんごく箱庭的な作りで、他方で『パラード』は舞台空間であるのに開放的。
それぞれのコントロール/暴走のバランスも違うんだよね。
『トラフィック』の箱庭感なんて、まんまウェス・アンダーソンだもんなぁ。
『トラフィック』観ると『いとしのハニーちゃん』俄然観たくなるYO!
『トラフィック』は、ロードムービーでありつつも、そのベクトルはロードムービーのそれではなくって、でもだ、ラスト“開く”ものが象徴してるのはきっとユロ氏の心そのもので、何て極上の幕切れなのだろうと。
初期の出演作『陽気な日曜日』や『乱暴者求む』に於いては、監督していないのに後々のアレやコレやが既に出来上がっているのには驚く。あと身体能力の高さね!
当然チャップリンやキートンがベースではあるんだろうけど、より優雅で、よりファニー。狂気を感じさせないんだよね。



