アデル、ブルーは熱い色 | Electronic Dolphin Eats Noise

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空論上の九龍城

アデル、ブルーは熱い色
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2014年4月。@ シネ・リーブル神戸。

『アデル、ブルーは熱い色』、今年屈指の傑作!と宣言するよか、ズドーんと自分内のど真ん中に、いつまでもいつまでも居座り続ける名作として愛でていたい。
三時間の大作などにでなく、こんな愛が三時間の尺に収まっている事にこそ慄きたい。 


兎に角アデル演じるアデル・エグザルホプロスである。
喰う・寝る・泣く・ヤる。
まぁ、ね、全身で“アデル”を活きているのだ。
富士山型の唇から零れっぱなしの暴力的な前歯と、好奇心旺盛なガン見の眼差しに燃えるし、無防備な寝姿には萌える。

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そして、エマ演じるレア・セドゥ!
元々ファンだっただけに、ここでの大熱演には慄くとこもあったのだけれど、しかし、矢張りあの透けて消えそうな肌の奥に、煮え滾る情熱感じさせる存在感は唯一無比。
品定めするかの様な眼差し。
空きっ歯最高! 


『アデル、ブルーは熱い色』、確かに色々共通項多い『私はロランス』と並べるのもありなんだけど、個人的には三時間近い尺で全く新しい時間の流れを生み出したって観点から『横道世之介』と並べてみたい。
“長回し”とは別次元のその在り方。


校舎入る前での級友達の駄弁りだったり。
親との食事や、身内のパーティ。
そして、アデルの職場。
等々、驚く程に長い尺で、その場の空気、温度、匂いを映すんだよね。


長さについての賛否は諸々あるのでしょうが、あの長さにこそ、この作品の肝はある。

例えば、あれだけ細やかなシチュエーションで、出会いを語られたあの彼氏なんて、後半すっかり忘れてたでしょ?

バスでの語らいのあんなトキメキですら脆く儚い。と言うのに、あそこ迄ジックリ描くからこそのリアリティがある。


やがて浮かび上がるアデルの立ち位置、その想い。の、その背景の細部には、それ相応の長さだからこその強さが宿る。


多分計れば一瞬なんだろうけど、あの木漏れ日の中での見つめ合いとか…“永遠”が過ったよ。

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あと、やっぱ、二人が出逢う瞬間には奇跡が宿っていたなと。

あの二人が街中で擦れ違う、その直前にアデルはあるストリートミュージシャンの演奏に遭遇する訳ですが、あの曲を憶えておくべし。
あの演奏されてる曲こそ、アデルを導く光なんだよね。
と言う事は… 


あと、会話だよなぁー

美術に哲学に、何て豊潤な談義が、何事もない日常会話として交わされるものなのか!と驚嘆した。

あの文化の豊かさは成熟した意識を持ち合わせているからこそなのだろうな。

デモへの参加だとかもね。


そーだ、ブルー・ブルー・ソーダ。
まぁ、美味しかったんですが、矢張りこの時期に三時間の映画、観ながら飲むべきではなかったのかも…?
後半涙腺以上に決壊しそうになってもた
終わってから、余韻と共に飲むのがベストやね。

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